それはまるで呪縛のように

おや、と疑問の声を上げられ、俺は逸らしていた視線を博士の方に戻した。

「キミはセンリのところのシズクくんじゃないか!すっかり大きくなったなぁ!
ふむ、こんなところではなんだから、ちょっと研究所まできておくれ」

「え、あ、はあ」

朗らかに笑った博士は、ミシロにある自分の研究所を目指して走りだした。俺もそのあとを小走りで追いかける。
研究所に辿りつけば、博士は奥の方へと進んで俺に話しかけてきた。

「さて、シズクくん!キミのことはお父さんからいつも聞かされていたよ!
キミはまだ自分のポケモンを持ったことがないんだって?それにしてはさっきの戦いぶり、中々見事だったよ!やっぱりキミにはお父さんの血が流れているんだな!」

「そうだ…ですね。そう言ってもらえると光栄です」

「ああ!
そうそう、助けてくれたお礼にさっきのポケモンは私からキミへのプレゼントにしよう!」

は?
博士は一体何を言っているんだ、アチャモを俺に渡す?アチャモはあいつの…ハルカの使うポケモンだ。俺じゃなくて、あの女の子が使うべきじゃないのか?

思考が同じところをぐるぐると回っている間に、博士はモンスターボールからアチャモを出した。先ほどポチエナを追い払ったアチャモだ。
胡散臭そうに警戒しつつ近寄ってくるそいつをよく見れば、なんとそいつはメスじゃないか。

「俺、できればミズゴロウがいいです」

考える前に言葉が出た。一瞬の間が空き、次に俺の頭に強い衝撃が走る。

「い"っ!?」
「ちゃも!ちゃああも!」

アチャモが俺の頭を思いきり蹴飛ばしたらしい。脳が揺れる感覚と、蹴られた証拠である鈍い痛みが残っている。
なんだこいつ、折角俺がハルカの元へ行くよう手引きしてるっていうのに。ああでもこいつも記憶がないのか。それじゃあ理不尽に断られただけだと思ってもおかしくない。

でも仕方がないじゃないか、アチャモはハルカのためのポケモン。俺はあの日と同じようにミズゴロウを選ぶべきで、だから目の前にいるアチャモを受け入れることは出来ようはずもないのだ。

尚も憤慨しているアチャモを抱き上げ、博士が困ったように頬を掻いた。早速問題を起こした俺とアチャモをどうするか悩んでいるらしい。いいぞ、そのままハルカのところにアチャモを送ってしまえ。
どうせアチャモも俺のことをよくは思っていないだろう。さっきの言葉に加えて、ポチエナのときのあの態度だ。

「シズクくん、アチャモが嫌いなのかい?」

博士が俺に尋ねた。

「別に、嫌いってわけじゃないんですけど」

嫌いなわけじゃない、ただ「アチャモはハルカのポケモン」という意識が強いだけで。
ハルカの部分を昔の知り合い、と適当に誤魔化して説明した。別に過去の失態を話しているわけでもないのにバツが悪い気持ちに襲われた。

博士はそれを聞いて、アチャモにも尋ねる。

「アチャモは、シズクくんと行きたい?」

まさか。俺の頭の中で警報が打ち鳴らされる。
オダマキ博士はまさか、アチャモの意志を尊重しようとしているのか。そんなの、ダメだ。ダメに決まっている。

アチャモ、行きたくないって言ってくれ。お前俺が嫌いだろ?一緒に来たくないだろ?その気持ちがちょっとでもあるならその首を横に振って俺から距離をとるんだ、さあ早く。

「ちゃも」
「…アチャモはシズクくんと行きたがっているようだ。どうかパートナーにしてやってくれ」

アチャモは予想と希望に反し、首を上下に激しく振り続けた。こいつ、まさか新手の嫌がらせじゃないだろうな?
項垂れる俺に、申し訳なさそうに「お願い」をしてくるオダマキ博士だったが、前世での知識を持っている俺には何となくわかっていることがある。

博士はこの「お願い」を無理矢理にでも通すつもりだ。

アチャモに聞く前に俺のアチャモに対する拒絶の度合いを聞いたのはこの為でもある。
流石にアチャモも相手…この場合でいう俺も得をしないという状況に持っていきたいわけじゃないだろう、それほど嫌がっているわけでもないからアチャモを尊重するのだ。

さっきの問いかけに全力の嫌悪感を乗せておけばよかったと思っても時既に遅し、というわけだ。

渋々アチャモのものであるモンスターボールを受け取り、腰のベルトに装着してみた。懐かしい重みが今はひどく煩わしくなる。
アチャモを受け取ってしまった。ハルカが受け取るはずだったアチャモを。これでなにかわけのわからない出来事が起きたらどうしてくれよう。

この世界でもミズゴロウを使うものだと思っていたので、アチャモに対する愛情を注げるものかが一番の不安要素な気もするが。

「折角だし、そのアチャモにニックネームでもつけてみるかい?」
「あー…はい、考えときます」

博士の様子は安堵がにじみ出ているみたいだったが、俺としては一気に人生のデッドラインの前に立たされた気分だ。アチャモなんて使ったことがない。
もう諦めるべきなのかと半ば投げやりになった思考回路が告げる。あーあ、リセットボタンさえあればあの時ミズゴロウに選び直せたのに。

アチャモに名前をつけることになったので、何かいい響きの音はないかと頭を回す。
ちゃも、はそのまんまだし。そもそも進化したらしゃもになるから、なんだかししゃもを思い出して腹が減る。だからっていい名前があるかといえば…

アチャモ、ひっかく、ひのこ、炎…ああ、安直でいいならフレアとか。いいな、フレア。けどメスに付けるのもなあ。
他にもいろんな名前を考えてはみたが、全然いい名前が思いつかない。いっそのことアチャモのままっていうのはどうか。

「なあアチャモ。お前、ニックネームが付いてるほうがいい?」
「ちゃ」

聞いてみたが、名前を付けなければまた頭を攻撃すると言わんばかりに肯定された。このアチャモ、かなり強情なのは気のせいか。まさかなまいきだとか言わないよな。
しょうがない、メスにつけるのは忍びないが、フレアにしておこう。反論は受け付けないでおく。

フレア、と呼んだらアチャモが足を突っついてきた。地味どころかかなり痛いからやめてくれ。
このアチャモ、絶対俺のこと嫌ってるだろ。なんでパートナーになったんだよ。

「うん、これから更に経験を積んでいけばいいコンビになれそうだな!」

俺たちの様子を見ていたオダマキ博士に「どこが!」と反論しそうになったことをここに記述しておく。