デートは違う人

「で、それから進展はあったの?」

コーヒーに砂糖を入れた男がスプーンを手に取る。混ぜるんだろうなと約束された出来事のようなことを考えたが、予想外にも男はそのスプーンをこちらに向けてきた。行儀が悪い。
砂糖を入れてもコーヒーは飲めないので、別で頼んだメロンソーダを口にしてスプーンを指さした。「行儀悪いよ、赤葦」

「進展なんてあるわけないじゃん。相手から見たら痴女だし、私」
「あの人だからすぐ忘れるよ」
「それはそれで複雑」

痴女を一日で忘れていいのか、木兎光太郎。
しゅわしゅわした感覚に顔を顰めつつ下げられないスプーンをつつく。頼んだはいいけれど、強い炭酸も長くは飲めない。

炭酸はたまに飲むのが一番おいしい。コーヒーを口にした男…赤葦京治の顔がゆがむ。「あっま」
そういえばコイツ、コーヒーはブラックで飲むタイプだったな。なんで砂糖を入れたんだろうか。
あいにくメロンソーダと交換してやるつもりはないので発言はスルー。

赤葦は私と同じ大学、同じ学部に通う男である。
隣人である木兎光太郎とは高校からの知り合いで、今でも付き合いがあるらしく私に愚痴を言ってくることがある。おかげで私は木兎光太郎と付き合いがなくても彼のことをある程度知っていた。
ちなみに赤葦は今もバレー部に所属している。今日は週に一度の休日だそうだ。

「水道は直った」
「それは…よかったね」
「うん」
「なんで破裂したの?」
「わかんない」

一日で直ったのはいいけど、結構な費用はかかっただろうなと思った。大家さんに連絡して専門家に直してもらったから値段は聞いてない。
この前エアコンも壊れたので、もしかして結構な不良物件に住んでいるのでは…?と考えてしまったのはまた別の話。住めば都、生きていけるだけまだマシだ。なお親にそのことは話していない。苦い顔をされるのはごめんである。

「話は戻るけど」
「うん?」
「木兎さんのこと気になるって言ってたでしょ。なんで進展しなかったの?」

痛いところをつくなあ。

「水道壊れたじゃん」
「うん」
「お風呂借りようと思ったら拒否されて」
「あー」
「さすがにこれはやっちゃったと思って」
「…」

肩に手を置かれた。同情は要らない。
さすがに知り合ったばかりで、かつ私が知っていたとしても相手は全く私のことを知らない状況で、しかも異性間で風呂の貸し借りはないよな。私も面倒だからって考えなしがすぎたと思っている。

真っ赤になった木兎光太郎を見て「やっぱりやめときます」となったのは当然の結果とも言えた。

「次、気をつければいいよ」

赤葦からの同情の眼差しに拳を握り締めたが、優しい私は殴らなかった。次なんてあるもんか、隣だからっていつも会うわけじゃないし。
ストローでグラスの中身をかき混ぜる。からんからんと大きな氷が音を立てて、私の機嫌は下降していくばかりだ。赤葦を殴っても自分が痴女らしい動きをしたという事実は変わらないし、過去にタイムスリップできるわけでもない。

あまりにも無心でかき混ぜ続けているからか、赤葦は呆れたように顔を逸らしてコーヒーを飲んだ。好きじゃない味のくせによく飲むよ、本当に。
炭酸の抜けたメロンソーダはただの砂糖水と同じ。強い炭酸は嫌いだが、砂糖水をそのまま飲むことも気が引けてストローの動きを止めた。

「本気で言ってるの、赤葦」
「俺はいつでも本気のつもりだけど。木兎さん優しいし、頭は悪くないし」
「でもバカなんじゃないの」
「あー、うん、否定はできない」

先輩のフォローくらいしてやればいいのに。
でも、全然接点のない私より、高校からずっと連絡を取り合っているこいつのほうが、木兎光太郎のことはわかるんだろうなあ。

からん、冷たい音を立てて氷が崩れる。グラスに触れた手が随分と冷えていた。暖かい飲み物はまだ需要が少ないけれど、思い切ってそちらを頼んだほうが良かったかもしれない。
暑さが未だアスファルトを焼いているのに、私の指先は真冬のときと同じくらい冷たい気がした。

――「それから進展はあったの?」

あるわけないじゃないか、…そんなもの。