やはり通販が一番である
「メガネはかけなくていいのか?」
家から出る際、佐久間さんから賜った言葉である。
「必要に駆られたら付けますよ」
念のために持ち歩いている。
キャスケットを被りつつメガネケースを見せてやると、佐久間さんだけでなく小田切や神永も少し驚く素振りを見せた。そうか、D課じゃずっとメガネをかけていたんだった。
俺が元々裸眼であることを知っているのは結城さんと甘利だけだったということか。三好はこちらにも仕事を回すので、メガネをかけている時間の方が長い。知らないこともあるかもしれない。
甘利は先日の泊まりで伊達メガネに触れていたため、勝手にいじって悟ったことを何となく察している。
「今日は完全なオフ日ですし、メガネくらいは見逃してください」
「あ…ああ、そうだな。少し違和感があったんだ、すまない」
「俺も付け慣れてて癖が出るんですよね。いっそ逆にしたほうが楽なくらい」
「そっちの方がいいと思うぞ。ずっと外していたらどうだ?」
「機会があればそうします」
一生来る事が無さそうな機会だ。
全員が準備を終えたことを確認し、自家用車に乗り込む。神永が車内を見渡して一言「レンタカー?」とだけ聞いてきた。
「自家用車」
「向こうじゃレンタカーばっかだったのに」
「仕事じゃ使わない。徒歩通勤できたんでな」
自家用車とはD課に入る前からの付き合いだが、仕事で使わないポリシーがあるので、基本はレンタカーしか使わないことを公言している。仕事用の車を用意すべきかはわからないが。
というのも、車種やプレートナンバーを覚えられるのは困るからだ。追跡されるなんてたまったものじゃない。
神永は特に感心するそぶりも見せずにライターを取り出す。ああ、タバコの臭いが車についてしまう。
窓を開けるよう注意してカーナビを起動させると、後ろに乗った連中から気の抜けた返事が聞こえる…わけもなく、窓を開ける音が静かに響いたのだった。
───
────
土産と言ってもどんなものを買うのかよくわからないときは多い。
小田切が熊の彫像を真剣に見ているさまを横で眺めていると強くそう思う。どこの土産として買っていくつもりなんだろうか。
『三好への土産はこれで決定だな』
「喜ぶのか、それ」
『かなりクオリティが高い。そういうの好きだと思って』
「…そうか」
本人がそういうのなら何も言わないが、三好ってそういうのは既に持っていそうな気がする。渡したら「今持ってるもののほうがよほど綺麗な彫りだ」とか、ああ、言いそうで一人納得してしまった。
小田切が三好への土産をカゴに放り入れるのと同時に神永と福本がそれなりの量が入ったレジ袋を手に戻ってきた。中身は無難な土産菓子だ。
「田崎には鳩サブレじゃないんだな」と適当なことをつぶやくと、神永が頬を掻きながら口を開いた。
「あいつ、"それを食べるなんて虐待に等しい"っていって食べないんだよ」
「は?」
「俺たちが食べててもひどい顔してるし」
ずいぶん面倒な性格してないか、あいつ。
D課は個性的な面子が揃うのは既にわかりきっていたことだった。渡瀬と名乗っていたときに普通に見えていたのはカバーを被っていたからか。なんにしても、もう少し理性で考えてほしい。それは鳩の形を模した卵と小麦粉の塊だ。
もう鳩サブレじゃなければなんでもいいんじゃないか?田崎以外好き嫌いはないし。
神永と福本がさらっと決めてきたのに対し、ずっと鶏のぬいぐるみとにらめっこしている佐久間さんを見やる。田崎が飼ってるのは鶏じゃなくて鳩ですよ。大の大人がそれをもらっても喜ぶことは少ないのでやめておいたほうがいいと思います。
なんとなく言えずに物色している佐久間さんから視線を外すと、ちょうど視界の真ん中に覚えのある顔が映り込んだ。仕事に関わりがある人間だ。
自然に目線を外し、佐久間さんの隣に並ぶ。被ったままのキャスケットを脱ぎ、ケースにしまっていたメガネをかければ、自然と仕事のスイッチが入った。キャスケットは鞄にしまい込む。
「鏑木?」
「バレたときに面倒なので」
不思議に思ったらしい、にらめっこをやめた佐久間さんが首を横に倒す。視界の端でそれを確認して、自分の口に指を当てれば頷くのが見えた。
福本と神永は少し離れたところで置物を見ている。小田切はどうやら会計に行ったらしい、近くに気配がない。
「ところでその鶏、誰にあげるつもりなんですか?まさか三好?」
「む…波多野の土産をどうしようかと思ってな」
「…流石にやめておいた方がいいかと」
波多野が喜びそうなものはプロテインや筋力増強グッズではないだろうか。
皮肉を込めてネズミの置物を推してやるとさすがに苦い顔をされた。うん、もし送ったら相当睨まれるに違いない。俺は普通にもらうが、波多野はD課の中でも一番小柄だから、と、そういうことを気にしているらしい。
平気なフリをしていれば何も言ってこないだろうに、律儀に怒っているから毎回からかわれるのだ。彼なりのコミュニケーションでもあるので何も言わないが。
それに、波多野より高いとはいえ、自分も平均を下回る身長だ。生まれ持った遺伝子は本当にどうしようもないから仕方ない。理想と現実というのはどうにも埋められないものも存在している。
顔も相まって偽装しやすいところは気に入っているので、別に気にすることでもないと思うが。
「鏑木ハンやないか」
甘利にはロールケーキなんかいいんじゃないかと適当に勧めていれば、聞き覚えのある声が後ろから降ってきた。
振り向くと見える色黒の肌。自分よりも高い身長、引き締まった体を適度に隠したラフな格好、ポケットから覗くお守り。少し驚いたような表情を作ってやると、してやったりとでもいうような顔で笑った。
「平次くん」
「奇遇やなあ、こんなところで会うと思っとらんかったわ」
「確かに、休日で会うのは初めてですね」
「スーツやない鏑木ハンを見るのも初めてや。なんや新鮮っちゅーか…随分幼う見えんで」
幼く見える服を選んでいるんだから当然、というか顔に合う服がこういった服装なのだから仕方がない。警察の鏑木という人間は童顔を気にする性格をしている。
禁句だと知らしめるように睨みつける。少年、服部平次はごまかすように両手を振った。
「あ、えーとやな、そう!隣におるんは!? 随分ガタイええみたいやけど!」
「こっちに来る前に世話になった人ですよ。で、弁解を聞く時間が減っただけになりますが、申し開きは?」
「あかん、マジギレしとる」
別に怒っていないし、平次くんのせいでレジのときに年齢確認されたことを思い出してなんかいない。実井に一時期童顔をからかわれたことだって…
いや、実井も童顔だから、ふたり揃って甘利や神永に言われたことは相当腹が立ったのは思い出したが。
ひとしきり怒っている演技を続けたところで、佐久間さんが気まずそうにこちらを見ていることに気づいた。
「…知り合いか」
「大阪本部長の息子さんです。俺がお守りを任されている、」
「服部平次言います。お守りやのうて付き人やってもろてますわ」
「ああ、キミが鏑木からよく聞く高校生か!俺は佐久間、警視庁に所属している」
「名刺おおきに!…って、佐久間ハン、鏑木ハンより年下やったんか」
「悪かったですね、童顔で」
「す、すまんかったって。なんか奢ったるさかい」
福本の作ったクッキーがあるから奢らなくていい。俺の機嫌をとるよか幼馴染の機嫌を窺ってやれ。
佐久間さんも名刺に年齢を書かないほうがいいとあれほど言ったのに。個人情報がダダ漏れだ、また結城さんにどやされる未来が見える。
呆れ顔を隠さず前面に押し出すと、佐久間さんの目が僅かに泳いだ。どうやら自覚済みらしいが、おそらく情状酌量の余地はない。
「せや、俺のライバルの親戚が遊びに来とるから、鏑木ハンにも紹介せんと…って、どこにもおらん」
「ほぼ他人じゃないですか。それ、遊んでも楽しいんです?」
「ダチや、ダチ!」
自分の後ろを振り返って探す平次くんとすれ違いに神永が近づいてくる。
「佐久間さん、ちょっと忘れ物を取りに行ってもらえますか?」
「ん、ああ」
カゴと引き換えで車の鍵を渡すと同時に鞄を少し開く。
未だうろうろと視線をさまよわせる平次くんの隙を見てキャスケットを取り出し、無言で同じく佐久間さんに押し付けた。
彼が立ち去って少しすれば、平次くんが素早くこちらの変化に気づいて騒ぎ立てる。
「あの人は?」
「財布を車に忘れてきた、って今気づいたそうです」
「なんや、意外と抜けとんなあ」
「本当に。俺が預かってるんですけど」
「って、それ伝えたらええんとちゃうかったか」
「記憶力を試しました」
「アンタ鬼かいな」
実際は俺の忘れ物を取りに行っているわけだが、嘘をついておいたほうがいいと判断してホラを吹いているだけである。真実がバレたところで佐久間さんに責任が行くわけでもない。
やいのやいのと騒がしい平次くんの小言を右から左に流していたそのとき、ガラスケースが甲高く割れる音がフロア一帯に響き渡ったのだった。