Mr.ボマーは夢の中

「さすがにクるものがあった」とは、佐久間さんの言である。

「降りかかる火の粉は払えというでしょう、明日から俺も捜査に加わります」

ショッピングモールでの立てこもり事件、それを追った場所で起きた爆破事件。もちろんのことながら俺たち全員も事情聴取をされて、終わったのは少し夜が更けてきたところだった。
府警が自分の職場で良かった。休みに顔を出したことで驚かれたが、自分の車が爆発したと事情を話せば警察の車を貸出してくれることになった。覆面のときに使う車だ。

「あー、鏑木、明日は休暇じゃないのか」
「今日は案内のために有給取りましたけど…なにかありましたか?」
「その…だな、てっきり俺は、お前も遊園地に行くものだと」

俺はそんな予定を組み立てちゃいない。一言も聞いていないし、そもそもこの状況で遊びに行けるわけがないだろう。
椅子に座っていた小田切に目を向ける。相手はといえば、平次くんからの視線に居心地が悪そうな顔をして、こちらの訴えには答えるつもりもないようだ。

「お誘いは嬉しいんですが、今回は遠慮しておきます。大人数を巻き込むわけにもいかないですから」
「そうか…」

い、犬耳が見える。気のせいだろうが犬耳と尻尾が佐久間さんについているように見える。なんでだ。しかも少し下向き…しょ、しょげている。

「遊園地なんて、後からいくらでもいけますよ。死ななければね」

どう考えたって事件解決が先になるのは佐久間さんだってわかっているはずだ。わざわざ優先順位をほのめかすような発言をしなくたって、D課に所属する人間ならば誰でもわかる話。
苦笑を混じらせた俺の言葉。佐久間さんはなぜか表情を固くさせて、信じられないと言いたげにこちらを見ていた。

なにかまずいことでも言っただろうか。
首をかしげる俺と、何も言わない佐久間さん。何とも言えない雰囲気が間を取り囲んでいる。

「…本気でそれを言っているのか」

意識の合間を縫うように発された言葉に理解が遅れた。"それ"の部分がどこに当たるのかわからず、何が彼の琴線に触れてしまったのか訊ねようと、口を開こうとして、

「あーっ!鏑木さんの言ってたおじさんだ!」

子供の声が空気を壊した。
聞き覚えがある声に視線を下に向けると、やはりそこには見覚えのある顔。メガネをかけた小学生…確か、そう。江戸川コナンという名前の少年がそこにいた。

コナンくんは世良ちゃんの友達で、居住地は大阪ではなく米花町。時折大人ぶった言動を見せつつ中身は相応(?)に子供らしい部分も多い。
こちらに駆け寄ってくるコナンくんに佐久間さんが驚いている。確かに、見知らぬ子供が自分のことを知っていたら驚くだろう。軽く口にしていた俺でも子供の記憶力に口を開けたのだから。

どうしてここにいるのだろうとさえ思ったが、平次くんがこちらを見ているのに気付いて平静を取り繕う。しまったと言わんばかりの彼の表情でなんとなく悟ったからだ。

「平次くんと知り合いだったのか」
「うん!鏑木さんは久しぶりだね!」
「ああ。コナンくんも今日は災難だったな…泊まりか?平次くんにちゃんと送ってもらえよ」
「えぇー、折角おじさんに会えたのに…」

おじさんは十中八九佐久間さんのことだろう。なぜこんな子供がこの人に執着するのかわからないが、もしかすると人柄というやつかもしれない。図体こそでかいが人好きする性格をしているのはもうわかりきったことだ。
呆然とこちらを見ている平次くんの横で小田切が鋭い視線を送ってくる。携帯も一度だけ通知の音がしたから、小言の類が送られてきたと考えたほうが妥当だろう。

「そうだ!じゃあ、遊園地に連れてって!」
「…なんでそうなる」
「だって、明日おじさんが行くって…ボクも遊園地に行きたい!ねぇいいでしょ?」
「理由になっていない。大体、保護者は平次くんだろう、おじさんと行動して事故に巻き込まれたら責任を取れない」
「やだ!おじさんと一緒にいる!」

お願いだから妥協をしてくれ。
どんどん小田切からの視線が鋭さを増していく。ぐだぐだと話し込んで帰るのが遅れたら福本も怒る。佐久間さんも疲れているし、神永も苦笑しつつも忠告を飛ばしてくるだろう。今日は厄日か…

遊園地は小田切はもちろん、神永と福本も行くと聞いている。一度しか見せていない佐久間さんの顔を覚えるほど記憶力のいい子供とかち合わせるわけにはいかない。スパイは顔を覚えられたら終わりだ。
本来ならば小田切とも会わせようなんて思っていなかったのだから、これ以上腹を探られるのは御免こうむる。

駄々をこねて動かないコナンくんにため息をつきそうになっていると、ふと佐久間さんの様子がおかしいことに気づいた。

「大丈夫ですか?…顔、青いですよ」
「え、あ…」
「ホンマやな。佐久間ハン、無理せんと帰っとき!く…ボウズもはよ帰るで!」
「色々ありましたし、いくらなんでも疲れが出たんですよ。遊園地は延期しましょうか」

これ幸いと遊園地に行くことを延期させる。明日、佐久間さんの体調が戻らなければ"自宅療養"を強いられるので、コナンくんとは会わせることができない。
コナンくんも佐久間さんの体調が悪いことで諦めがついたのか、平次くんの言葉でおとなしく引き下がっていった。本当に助かった。

とはいえ、佐久間さんの症状は本物である。
吐き気はまだ催していないようなので、左手を軽く引いて出入り口に向かうことにした。もう知り合いだとバレているので佐久間さんの後ろには小田切、その後ろに平次とコナンくんがついてくる。
駐車場で車に佐久間さんと小田切が後部座席に乗ったことを確認し、外で平次くんとコナンくんがバイクで帰るところを見送った。

「本当に大丈夫ですか?」
「んん…いや、青くなるほどでもないんだが…爆発を間近で見てから、頭痛がしている」
「、そういうことはちゃんと報告してください。本当に明日の遊園地は無しになりますよ」
「残念だ…」

まだ遊園地にいけないと決まったわけじゃないから、そんなに落ち込まなくても。運転席でシートベルトを閉めながら思う。
小田切にもたれかかって眠るように告げて車のエンジンをかけた。

「目星は?」

勢いよく車体が震える一瞬に聞こえた問いに、特に驚くことなく伝える。

「粗方」

話題が出されたということは、盗聴器の心配はしていない。大方俺が入ってくるまでに車内を軽くチェックしたんだろう。俺の答えにも特に動じた様子はない。

犯人の目星はついている。
どうにもショッピングモールの強盗の動作が引っかかっていた。それに加え、今回俺の車に爆弾を仕掛けていたのが偶然でなかったとしたら、本当に俺は誰かから狙われていることになる。偶然で犯罪の場所と時間がかぶるとは考えにくい。
ならば、強盗事件と爆弾事件の犯人は繋がっていると考えたほうがいい。

犯人は強盗たちに俺のいるショッピングモールを狙わせて無茶な要求をさせる。そこで俺の命が散ればそれでよし、万が一でも助かった場合は…爆弾であの世へ行かせるつもりだったのだろう。
一人ずつ殺していくという脅し文句もある意味フェイクだ。最後まで犯人を残しておけば、誰が殺されてないかなんてわかりはしない。"犯人以外は"。

つまり、ショッピングモールにいた人間が黒に近い。特にあの三階で俺と共に閉じ込められていた中の誰かが、犯人の可能性が高いのである。
声を小田切に向ける。

「写真、あとで寄越してくれ」

小田切がこっそり周りの人間を隠し撮りしていたのは知っている。小田切も俺と同じ答えにたどり着くことを最初から知っていたように。
俺の言葉を聞いた小田切は、バックミラー越しに少し悩む素振りを見せて携帯をいじった。

『もう送ってある』

毎度思うが、運転中くらいは口頭で喋ってもらえるとありがたい。
そんなことを思いながら礼を言った。