聞き分けの良さは天下一品
「こいつ、」
睨みつけていた男の写真を覗き込まれる気配がする。ふわりと香る嫌味でない香水は見た目にそぐわず甘いもので、おそらく他人からプレゼントされたものだろうことが察せられた。
後ろに見えやすいように掲げる。
「見覚えは?」
「いや。だが、お前は見たことがあるんだろう」
「、ええ」
さほど力を加えるわけでもなく肩に手を置いた男、佐久間さんは、昨日の体調を引きずってはいないらしかった。顔色は普通、態度も変わりない。頭痛は一時的なものか。
体調はよくなったものの、どうやら遊園地には乗り気じゃなくなったようで、わざわざこちらの捜査に関わることにしてくれたらしい。俺としてはD課のペースに慣れているから、佐久間さんが手伝ってくれるだけで十分ありがたい。
佐久間さんが遊園地に行かないとなると当然他の三人も遊園地を諦めたらしかった。小田切も警察関係者という体で通したため、佐久間さんと共に捜査を手伝っている。神永と福本は自宅待機だ。
見せていた写真を机に戻す。
「川端陽一、会社員。人柄がよく仕事も丁寧、周りからの評判はすこぶるいい。独身だが恋人が一人…随分と仲がいいようだ、公私は使い分けるタイプか」
「随分といい人間が容疑に紛れ込んだな」
「それ、遠まわしの嫌味ですか?面白い言い回しをしますね」
「あ、いや、そういう意味で言ったわけでは」
「冗談です。佐久間さんはそういうことをいう人じゃないって知ってますから」
三好なら100%嫌味で言っていたと思うが。
佐久間さんは「容疑者の中に随分と珍しいものが紛れ込んだ」と考えての発言だろうが、三好は「鏑木の交友関係にしてはまともな人間がいる」の意を込めてくるに違いない。発言者が違えば意味合いがガラリと変わる。
しかし、この写真の男。随分と懐かしい感情を抱いた気がするのだが、生憎名前や経歴に覚えがない。D課の面々に劣らない美男だということはわかっているし、その顔に見覚えがあることは確かなんだが…
いったいどこで見たものか。仕事上で関係を持った相手は多からず記憶に残っているし、その立ち振る舞いも真似ようと思えばできるくらいには把握している。
プライベートでの交友はほぼ絶っているため、親しくもないこいつと会うことはなかったはずだ。そもそも人生でこいつに会った記憶がない。本当に、川端というこの男…なぜ見覚えがあるんだ?
「鏑木さん、怖いカオ」
下から聞こえてきた声に視線を移す。空と同じ色の目がこちらを見ていた。
今日は平次くんに用事があるからといきなり任されたことを忘れていた。賢いし場馴れしているから粗相はしない、なんて言いながら預けられたのはどうにも納得がいかないが…ここは決して育児の場ではないのだ。
コナンくんの頭に手を置く。勝手にどこかへ行かれても困る。
「この男、直接の接触は見直したほうがいいかもしれません」
「ならばどうする?」
「いつもどおり仕事が一番効くと思うんですけどね。見るからにプライドが高そうな顔だ」
「そんな性格はしていないようだが?」
「字面だけで見ればな」
写真からは同族の臭いを感じられる。小田切に写真を見せれば、一目で理解したらしく「なるほど」と笑われた。
「しかし、これはかなりの時間を要するんじゃないか?直接接触したほうが…」
「悪くありませんが、下手を打てば言いくるめられて終わりますよ」
「命を奪われたらエンド、現状おとなしく調査をするフリが一番かと。それとも、これみよがしに俺の働きをアピールします?」
「なんだそれは」
「物語なんかでよくあるじゃないですか。自分の無事と人気を大々的に発表して敵を釣る方法。いわゆる囮捜査みたいな…特筆して人望があるわけでもないし、やりませんけど」
やるにしても時期も立地も悪すぎる。仕事をこれ以上増やされることも嫌だ。
コナンくんには悪いが捜査のほうが優先される。余談になるが、佐久間さんと小田切は今回の事件以外は関わることをしないと誓っているので、俺がほかの案件に取り掛かった場合コナンくんの身柄は二人預かりになる。
それにしても、同族の臭いがするのはいいが、この男はなぜ俺を狙うのか。課の特質として怨恨を買うことは多々あるものの、顔をばらすようなヘマはしていないはずだ。
なにか個人的な恨みか。覚えはない、自分の無意識下でどこかミスを残していたか。可能性は限りなく高い。
『朗報をくれてやる』
尻ポケットに突っ込んでいたスマホが震える。D課のグループ、発言したのは波多野。
『潜り込んでいた組織で見たことがある。しばらくして見なくなったが、クロなのは確実だ』
二人に視線をよこすと、黙ったままに頷くのがわかった。
言い方から察するに、波多野が潜入した任務は既に終了している。確か先日全員ですり合わせを行ったとき、あいつが終了したと言っていた仕事の組織は…
「一度そっちに接触したほうがいい」
「伝手があるが、使うか?」
「頼みます。小田切、明日はどうだ」
「どうせ休日だ。好きに使って構わない」
「…付き合わせて悪い。佐久間さんも」
「気にするな。さっさと終わらせれば気分がいいだろう」
D課の二大お人よしめ、甘えている側からいうセリフではないのだろうが。
波多野が潜入していた組織は暴力団だ。名前はカミクイ、それほど大きな集まりでもない。もちろん小さくもないわけで、D課が有せば有利になる情報も大なり小なり存在していたと聞く。
佐久間さんが今回使おうとしているのは中に侵入しているスリーパーだろう。波多野は標的に近づいて入り込んだため使うことはなかった人物。
ちょうどいい、使わせてもらうことにしよう。
「三人とも、どうしていきなり明日なの?捜査のフリをするんでしょ?」
「他の容疑者と接触することにした。捜査のフリを始めるんだよ」
「へー!それ、ボクも行っちゃダメ?遠くからとか、ずっと大人しくしてるから…」
「人質に取られたら不利になる。留守番だ」
「…はぁい」
今回はちゃんと聞いてくれてよかった。元々聞き分けがいい子供らしいが、昨日もその素振りを見せてくれれば態度は軟化させたのにな。
どこかに連絡をとっている佐久間さんの背中を見つめつつ、コナンくんの頭を撫でて俺は内心ため息をついた。仕事はまだこれからだ、気を緩めてはいけないのがつらい。