裏切りデートと断り文句

カタン、ソーサーにカップを載せる。
伸びてきた手から角砂糖がこぼれ落ちて紅茶に波紋を作る。向かいに座った男が待ち合わせ相手だという証拠だ。

「遅かったな」

持っていた本のページをめくり、しおりを挟んだ。男…小田切が何やら複雑そうな顔をして砂糖を入れなかったティーカップを手に取る。
自分ももう片方の紅茶に口をつけた。甘い。少し合わない味だと思いつつも、平静を装い半分ほどまで減らす。人工的な甘さは気に食わないが、紅茶の淹れ方はうまい店だ。

「随分と女性的な服じゃないか。珍しい」
「ご要望とあらば着替えるが」
「似合っている。だが、普段のほうが見慣れていて好きだな」
「それはどうも」

女性的な、というより、ボディラインをぼかすような服装にしているだけだ。胸に詰め物をしているわけでもない。…薄く化粧はしているが。
というのも、今回は擬態をしたほうがいいと判断したからだ。元より中性的な顔立ちをしているので、女性と間違われるような服を着ても大惨事にはならない。声もさほど低くはない。

甘利や福本にはほぼ使えない技だよなあと考えつつも、こういうときばかりは自分の体に感謝している。勘違いさせる意図で着ていても男物だ、開き直れば楽なものである。
普段使っているものとは違う、女性向けのメガネを外す。

「入る以前から交流があったそうだ。面白いこともわかった」
「面白い?」
「整形をしている。普通の医師にかかるわけでもなく、裏でこっそりとな」
「そんなに自分の顔が嫌いだったか」
「さあ。だが、整形前から随分と美男だったことは確かだ」

へえ、と頷けば、懐から取り出された一枚の紙がテーブルの上を滑った。どうやら整形前の写真を手に入れたらしい。
手に取ることなく目をやる。なるほど、こちらの顔は見覚えがある。僅かに残っていた癖を見て懐かしいと感じたようだと結論を出したことにしよう。

「一度話を聞いたことがあるな」
「どんな話を?」
「…「久しぶり、お前も変わったな」と話しかけられた。知らない名前の人間の所在も尋ねられたな」

記憶が確かならば、警察学校に入る少し前くらいだったろうか。受験も終わって溜めていたゲームを消化しようと考えていた。
久しぶりだと言われても、生憎そのときが初対面だった。見覚えはなかったし、幼少時代の写真を漁っても男が出てくることはなかった。勝手にペラペラと話を進めていって不快だったのが印象に残っている。

「当時はそいつも俺と同じ道を進もうとしていたと聞いている」
「…色々と、妙な疑問が残るな。人違いでもされたか?」
「ああ、聞いたら驚いた顔をしていた。「覚えてないのか」と大声で言ったかと思ったら、ぶつぶつと何かをつぶやきながら去っていったが」

世の中には変な人間がいるものだ。今回もその類である可能性が非常に高いが、人違いをされたとしても恨まれる理由にはなりえない。俺は何もした記憶がない。
覚えているほうが珍しいというのに、なぜ俺はこの男を警戒しているのか…向こうだって俺のことを覚えているなんて確証はない。

だが、自分の中で警鐘が鳴っているのも事実だ。
この男は俺のことを知っている、狙っているのだ、と。

「この男が何を目的としているかはわからんが、複数の組織に入った形跡は見つかった。これ以上は足がつくから調べていない」
「充分だ。それで、どうする?」
「俺がつけよう。そっちは適当に動き回ってくれればいい」
「わかった」

なんにしても、川端が一番怪しいことには違いない。俺たちと同じニオイがする人間なんてろくなやつがいないことを知っている。
渡瀬、いや、田崎のように、元々D課にいた人間だったというのなら話は別だが…それならば神永や福本が知らないはずがない。疑ってかかる俺に何も言わないということは、そういうことなのだ。

俺たちは何も味方同士で潰し合いをしたいわけじゃないのだから、味方であればこちらに「不干渉」を促すメッセージが送られる。今回はそれが通達されていない。
だからこそ、俺個人を狙っていると判断できる部分があるのは事実だ。まったくもって嬉しくない。

小田切と別れて帰路につく。たまに見知らぬ男からナンパを受けるのだが、今日はそういったことはないまま家にたどり着きたいものである。

「、コナンくん?」
「…その声は、もしかして鏑木さん?」

幸いにも残した仕事はない。直帰しようと足を動かしていると、なぜかコナンくん一人が道端でうずくまっていた。足音に気づいたのか顔をあげて俺の名前を呼ぶ。
彼に近づく。手に持っていたのは一枚の紙で、何やら小さく文字が書かれているのがわかった。

「何をしている」
「あなたに伝言を頼まれたんだ!知らない人だったけど…」

知らない人?

「その紙、見せてくれ」
「うん」

コナンくんが知らない人間。神永と福本?いや、他にもっと伝達方法があったはず。受け取った紙に書かれた言葉は「気をつけろ」というその一言だけだ。わざわざ他人に接触を頼む意図が汲めない。
気をつけろ。
何に気をつけろというのか。首をひねっていると、不意にコナンくんの顔が驚きに染まっていく瞬間を見た。

「鏑木さっ」

ばち、音とともに意識が暗闇に叩き落とされた。


―――
――――
目を覚ます。

頬を擦る小石の痛みに、半年前も似たようなことがあったぞ、と思考を巡らせた。あの時は確か、田崎に睡眠薬入りの紅茶を飲まされて昏倒したんだったか。
今回は音から察するにスタンガンだろう。かなり法的に気になるほどの音が鳴っていたが気にしないことにする。

ゴム製のものでも身につけておけばよかったか。後悔しても遅い。

「っ」

手足は縛られていない。が、持っていた荷物は見当たらない。携帯以外は重要なものも入っていないので気にしていないが、携帯だけは警察からの借り物のため返してもらわなければならない。
手を握って開く。スタンガンの影響は思いの外受けていないらしい、不幸中の幸いといったところだ。

一緒にいたコナンくんは無事だろうか。辺りはいくつか大きな機材が整合性もなく置かれている。一つの機材の裏を覗くと、青ざめて気絶しているコナンくんが見つかった。
ざっと見る限り、命に別状はない。傷等もかすり傷があるくらいでほっと息をついた。

「空調設備はある。ドアは一つ…パスコードつき。まんまと嵌められた」

コナンくんに伝言を頼んだ人間はおそらく川端だ。彼には写真を見せていなかったから知らない男だったろう。
なぜ俺とコナンくんが既知の仲ということを知っているのかはさておき。川端は小田切につけられる前にコナンくんに接触して、コナンくんを辿って俺に接触しようとしたのだ。
コナンくんが一緒ならば、というより一般人が一緒であれば、俺は迂闊にD課の面々と連絡が取れない。そこを狙ってきた。

最悪な気分である。なぜ殺さなかったのか、そもそも俺が狙われる原因はなんなのか。わからないことだらけだ。
とにかく、目下の目標は一つである。

「さっさと部屋を出るしかない」