おぼえていないみらい
コナンくんを起こそうと伸ばした手を止める。
人質にされるからと距離をとらせたはずなのに、結局は巻き込んでしまったことが悔やまれる。子供ならば泣いたって仕方のない状況だ、起こすのはあまり得策とは思えない。
改めてロックされたままの扉を見る。
パスコードは四桁、指紋認証や生体認証は確認していない。約一万通りを試すには時間が足りないが、決して突破できないものではない。トラップが仕掛けられている気配もない。
と、いうことは。
「向こう側に何かある、か…」
川端が俺のことをきちんと把握しているのなら、この程度のロックは簡単に破れることくらい知っている。だのにこうして簡易なものしか置いていない、ということは、向こう側に何かがあることと同義に思える。
向こう側がどうなっているか…その前に、ドアを開けるヒントを探さなくては。あの男はこういった局面をエンターテイメントとして捉える節がある。
コナンくんを見つけたところとは違う場所に置かれた機材を見て回る。解体すれば使えなくもない、が、工具は手元にない。鞄の中だ。
工具があればロックも無効化できるのだが、ないものは欲しても無駄だろう。
ふと地面に視線が行く。
小さな木箱が存在を隠すように隠れていた。つるりとした表面に爆弾らしきものも見当たらない。
「レコーダーか」
再生ボタンを押すと流れるのはリート、魔王。随分とメジャーな曲に意表を突かれた心地になる。
木箱に入っていたのはレコーダーだけで、随分と音質が悪いそれに思わず顔をしかめた。
ざざ、ざざ、時折入る音が耳障りで、時折歌の一部分が聞こえなくなる。会話や声が入っていなかったのは特定を防ぐためだろう。
これが作曲された年、あるいはもう一つの番号がパスコードになっているに違いない。
「…ドイッチュ番号だな」
二分の一の確率だ。四桁の数字を入力して開くのだとしても、頭の文字が「0」でない保証はどこにもない。おそらく俺と同じ考え方をするやつならば、尚更。
0328、数字の後にenterキーに触れると、軽い電子音が鳴って扉が薄く開いた。アタリを引いたようだ。
ドイッチュ番号。シューベルトが作曲した作品につけられた番号だ。ドイツ歌曲で大きな功績を残しているシューベルトの"初めて出版された曲"がこの魔王なのだが、それ以前にも様々な曲を完成させている。作品番号は1でも特に意味はない。
一番を狙う男らしい問題だ。
ドアを薄く開けて向こうの様子を窺う。部屋だ。見える限り、今いる部屋と大して変わりはない。危険な臭いも感じないので安全と判断する。
コナンくんを背負って次の部屋に移動すれば、開けていたはずのドアが一気に閉まって動かなくなった。自動ロックがかけられたようだ。
レコーダーは手元にある。コナンくんも、念のためと背負ってきたのが幸いした。焦ることはない。
次に待ち構えていたドアロックには絵が描かれていた。いや、絵というより…写真、そう、どこかの風景の写真だ。少し薄暗い建物の中、大きな丸テーブルの奥に小さな台所が見える。
コナンくんを壁際に降ろし、機材の周りを歩き回ってみる。今回は木箱が見つからない。
しかし、一際大きいものの表面をなぞると、不自然な穴があることがわかった。裏ポケットに入れておいた綿棒を突っ込むと硬い感触、球体のようだ。
覗き込めということだろうか。そろりと穴に目を近づけると、何かが映し出されているのが見えた。ドアロックと同じ写真だ。
いや、違う。ドアロックに使われている写真と同じ場所で撮られたものだが、少しずつ椅子の配置やテーブルの上のものが違っている。一定時間になると小さく音を立て、また似ているが違う配置になった写真を見せ付けられる。
とりあえずと一通り見たところで思考を巡らせる。一巡した結果、写真それぞれで変化があるものの個数が違っていることはわかった。たったの五枚、変化は合計十五。
一つしか変化していないものから順番に押していけということか。
ドアロックに近づく最中で、コナンくんがあげたうめき声が耳に届いた。
「起きたか?」
映し出された写真をタッチしながら声をかける。ピッ、軽い電子音を立てて押した場所が赤くなった。罠が作動する気配はない。
どうやら目が覚めたらしい子供は、起き上がろうとしてまた息を詰めて倒れた。体が痛むらしい。…成長痛、ってやつか。絶対に違う可能性が高い言葉を頭で呟く。
「無理はしなくていい。寝ておけ」
「っ、鏑木さん、ここは一体どこなの?」
「さあ。俺にもわからない」
ピッ、ピッ、順番に押していく事に赤い点が増えていく。
「わからないって」
「俺の事情に巻き込まれたんだ。今はここを抜け出そうとしている、できれば騒がしくすることは避けてほしい」
「う、うん…ボク大人しくできるよ」
ピッ
「いい子だ」
最後にOKボタンを押してやれば、扉はまたしても呆気なく開かれた。
今度はコナンくんを横抱きにして次へ進む。三番目の部屋もまた同じような造りになっていたが、今度はドアロックの部分に明確な問いが書かれていた。
『ゲームの名前』
「ゲームって、どこにゲームがあるのかな」
「隠されているから探すんだ」
ゆっくり子供を下に降ろす。大分体が動くようになったらしい、コナンくんは慎重に立ち上がって足の感触を確かめていた。なるほど、平次くんの言うとおり聡い子だ。
機材の裏側を覗き込む。先ほどの部屋と同じならば、どこかに穴が空いている。
「鏑木さん」
探し始めてしばらく、コナンくんが俺を呼んだ。
手招きされて寄っていけば、彼は小さな穴を指して無言で頷いた。どうやらもう覗いた後らしいことが窺える。
覗き込むと、それは一つのテーブルで行われているトランプゲームだった。音はない。が、カードの並びからどうやらポーカーをしているらしいことが分かる。
コナンくんが横で「ポーカーだよね」と声をあげた。しかし、川端という男がこんなところでこんなに単純な問題を出してくるだろうか。
コナンくんには言ってないが、この部屋は三部屋目なのだ。
確かに最初の部屋、二部屋目、どちらも俺にとっては簡単な問題だった。しかし本当にほんの少し、ひねくれたものだったのは確かである。ポーカーと簡単に答えてしまうのは納得がいかない。
ポーカーといえば何か。
そういえば、佐久間さんがこの前遊びの席でD課の面々からカモられたと言っていた。あの時も…そうだ、あの時もポーカーをしていたと聞いている。イカサマありで、周りに不参加の奴らが各々過ごしていて、そう、あの風景。
「――ジョーカーゲーム」
便宜上の名前、三好たちの間でしか通じないその名称が、なぜかしっくりきてしまった。
頭を押さえながらもドアロックに向き合った。心臓が大きく高鳴って痛みを発しているが知ったことではない。いつの間にか鼓動に合わせて頭に違和感が走っている。
ぴっ、無機質な電子音が部屋中に響き渡る。コナンくんがこちらを窺っていた。それもそうだろう、ジョーカーゲームは"身内だけで通じるゲーム"なのだから。
痛くてうるさい心臓の音の合間に、enterキーを押されたロックは確かに解除を示して、命の終わりを表すかのごとく長く音を発し続けていた。