パラダイムシフトにご注意を

「ねえ、鏑木さん」

今までと同じく、危険がないことを粗く確認してから完全に開けきる。今度はコンテナなどは置かれておらず、ただ電子ロックのかかったドアが真正面にあるだけだ。
コナンくんの言葉が聞こえなかったというには、周りは静か過ぎた。

「川端さん…って、どんな人なの?」

この子供は一度川端の名前を聞いている。佐久間さんのことを覚えていたのなら、今回の事件の首謀者も覚えていたって何ら不思議ではない。

「優しい人だそうだ。俺は一度しか会ったことがないからわからない」
「会ったこと、あるの?」
「ああ、ただの野暮用でな。今回には関係ない」

言っておきながら、それはどうだろうと考える。本当に、昔の邂逅には何の意味もなかったんだろうか。
川端がジョーカーゲームを知っているのもおかしい話だ。あれは本当に身内向けの名前で、知らない人間はただカモとして金を取られるだけ。詳細は教えないし、それに何より、俺が見た限り、ゲームを外で行ったことはない。

俺の知らないところで何かが動いている。確信するのに時間はかからない。
ちりちりと頭の奥が音を立てて何かを訴えてくる。川端を見て以来拭えない違和感が脳内を占拠して騒がしくしていた。

だが、俺は何も知らない。結城中佐は何も言わなかったし、誰かから伝えられたわけでもない。
この事件に巻き込まれた意味だって、川端の本当の考えだって、理解できるわけがない。きっと俺以外の面々も誰も察することはできないだろう。
…本当に?

ドアロックに向き合う。そこには一文、前の部屋と変わらない味気ない文字が踊っていた。

「ひび割れた窓の数…?」

どこの窓だ。大阪府警か?いや、さすがに府警の中を全て回れるわけはないし、そもそも窓が割れていた場所なんてのはなかった。普通に考えると当たり前に割れた窓なんて放置するはずがない。
では、府警でない。そして川端に覚えがある場所…ダメだ。男は旅行が趣味だとかで日本中を回っている。特筆した心当たりがある場所はなかった。

ちりちりとした違和感がいつの間にか頭痛に変わっている。(…――8枚だ)

「――鏑木さん?」
「っ、ああ、なんだ」
「…大丈夫?ちょっと休む?」

はっと顔を下ろすと、不安げな表情のコナンくんが目に入った。しまった、呆けていたのか。突然動かなくなったら彼も心配になるだろう。
大丈夫だということを告げて、何も入力されていないタッチパネルに触れる。8枚、合っている確証はない。だが、それ以外に入力できるものは何もない。

ぴっ、と、軽い音が鳴る。
Clearと味気ない文字がパネルの上部で踊り始めた。それと同時に上から何かが…少量の紙吹雪が降り注いでくる。慌てて服から叩き落とした。

「あっ」

なんで紙吹雪なんかを降らせたのか。しかも適当に破いたのか、紙の破れ方がまちまちだ。何か濃さの違う灰色が見えているが…まさか使い古しは使っていないだろう。
紙吹雪を全て集めていると、コナンくんが声を上げて画面を指さした。

「仲間外れは誰だ?」

文言が変わっている。仲間外れ、仲間外れとは?
タッチパネルの部分は文言が変わってから四角の白い画面がチカチカと光り始めただけで、それ以外におかしいところは見当たらない。部屋の様子も、紙吹雪が降ってきたことを除けば何もない。

まさか、まさかとは思うが。

集めていた紙吹雪を灰色の面が上に来るよう並べ直す。想像していたとおりの展開に頭を抱えた。

「写真のパズルか…」

苦手ではないが、それなりの時間を要するのは違いない。なんて面倒くさいものを用意してくれたのか。
彩が鮮やかな現代の写真は色落ちが激しい。かつて主流となっていたモノクロ写真は、色彩こそ地味だが長期間保存するのに向いている。ぼやけて中々分かりにくいが、それだけ古いものを引っ張ってきたという証拠だろう。

歪な形に破れている破片を苦心して当てはめていく。払ったときに折り曲げてしまった分戻すのも一苦労といったところだ。
ここまでして、川端は俺を閉じ込める意味はあったんだろうか。

床に写真の破片を並べて唸っている俺をコナンくんも手伝い、何とか写真が元の形に復元される。仲間外れということもあってか、写っていたのは複数人の男たちだった。
しかしどうにもぼやけているし、顔もどこか似通っていて、なんというか、判別がつきにくい。まるでD課の面々を彷彿とさせる。

「仲間外れ、って言われても、これじゃあ区別がつかないんじゃ――、鏑木さん?」

見覚えがない人間ばかりが撮された写真の中、俺はある一人に視線が釘付けにされた。
俺が、いる。

「なんで」

モノクロの写真なんか撮った覚えはない。俺が成人したときには既にカラー写真が主流だったし、モノクロを好む友人なんかもいなかった。それにそもそも、見知らぬ人間と写真を取る趣味はない。

問題なのはそれだけじゃない。
"わかる"のだ。見たこともない男たちの名前が、ぼやけたやつらがどんな性格だったのか。どんな言葉遣いや生活をしていたのかさえ。

「鏑木さん、本当に大丈夫?さっきからずっと青ざめたままだよ」

知らない情報、いや、知らないはずの何かが脳内をぐらぐらと揺らしている。頭が痛い。さっきの窓ガラスの数といい、一体俺は何を知っている?何を知らないままなんだ?
セロハンテープもなく、ただ床に置かれて並べられただけの写真を見つめた。写真に写っているやつらは例外なく微笑んでいる。もちろんそれは俺も同じで、まるで不気味でぞっとするような、何を考えているかわからない笑顔が…――

「鏑木さん!鏑木さんってば!」
「っは、」

俺より高い声が現実に引き戻す。

「知らない人ばっかりの写真ばっかり見てもわからないよ。それとも、誰か知ってる人が居るの?」

コナンくんが怒っていた。ああ、そうだ。一瞬で頭の片隅に追いやってしまったが、コナンくんもここにいたんだ。先程からずっと心配ばかりかけさせている。
僅かに苛立ちを滲ませた瞳の色に苦笑いをこぼした。D課としてはありえない失態を見せてしまったが、彼のおかげで少し落ち着いたからよしとする。

「俺としては、そうだな、少しばかり見たことがあるやつらばかりだ。川端と…それに俺も、この写真に写っている」
「…鏑木さんも写ってるの?」
「ああ」
「どこに?」
「どこに、って、」

ど真ん中を陣取っている屈強な男だが。

指をさして教えてやると、子供は写真に写った俺を見て、そしてこちらを向く。途端に顰められた眉に不信の色を表した表情を見せた。
何かあったのかと首をかしげたら、彼の口から思いがけない言葉が飛び出す。「整形したの?」

「鏑木さんと写真の男の人、骨格も顔も、全然違うじゃない」