見てはいけない星の裏側

どうにもこうにも、佐久間さんの様子がおかしい。
時折何もないところを見て体をびくつかせたり、突然顔を伏せて噴き出したりと、なんだか忙しないのだ。いつものしっかりした様子もなりを潜め、ただの挙動不審な…ごほん、失礼なことを考えてしまった。

「それで、三好が消えたのは怪盗キッドが関わっている可能性がある、と?」
「はい」

仕事の話で声をかければ、佐久間さんはいつもどおりの真面目な態度なんだが…三好の幻覚でも見ているんだろうか。お祓いの専門を呼ぶべきか真剣に悩んでいる。

そのことに関しては横に置いといて、だ。
三好、もといカバー名「マキカツヒコ」はジュエリーデザイナーを生業としている。年齢は27、住居と職場は江古田。過去に何かしらの問題も抱えていない一般人だ。

人当たりもよく、センスもあれば職人としての腕前も高い。下手な本業の人間よりも才能があるようで、時には顧客から指名が入ったりもしていたようだ。
その消息が途絶えたのは小田切たちが大阪に来る直前。ビルの屋上に凶器だろう銃の弾痕が残っており、決して少なくはない血液が川まで続いていたという。

「血液はほぼ間違いなく三好のものだったそうです」
「なぜ怪盗キッドと繋がる?」
「彼が狙うだろうものがそばにあったので」
「…ビッグジュエルか」

ここまで言えばさすがにわかってしまうか。
怪盗キッドは大きな宝石、いわゆるビッグジュエルを狙うことで有名な泥棒だ。盗んだ宝石は数日後にカードと共に返却されるものの、盗むときに派手な演出をやらかすので毎度話題になる。
もちろん俺たちD課がそんな有名人を知らないはずがないのだが。

今回マキが居たジュエリーショップには、マキが失踪する数日前にビッグジュエルが搬入された形跡がある。キッドが犯行予告を送ったという報告は聞いていないが、マキが消えてからその宝石がなくなっているらしいのだ。
もちろん、キッドではなくマキが盗んでいる可能性もある。しかしマキが盗むにしてはいささか不自然な点がある。

「アレが宝石を盗むのなら、もっとうまくやれるはずです」
「なんだと?」
「今回のビッグジュエルはさほど価値が高いわけでも…ああ、いや、そもそも宝石自体の価値は高いわけですが。けれど身の危険に比べれば随分安い。盗むに値しませんよ」

目立つビッグジュエル、それをわざわざ盗み出す必要があるとは思えない。何かしらの組織に潜入しているというのなら、目立つ血痕も残しはしないだろう。
"マキが盗んだのでは"という疑いを向けるような真似はまずしない。それこそ仕事のうちでない限りは。

「何かしら、予想外の事件に巻き込まれたと考えたほうが妥当でしょう」
「ふむ…しかし、あいつならその予想外の事態も加味した上での立ち振る舞いをするんじゃないか?」

確かに、佐久間さんの言うことにも一理ある。自分の仕事は自分で対処する、仲間を過剰に頼らない。それが暗黙の了解だ。
もしもミスをしたのであれば見捨て、切り捨て、それを受け入れる覚悟が必要とされる。
それが普通だ。下手な仲間意識は周りにも被害を及ぼす危険性がある。だから俺たちは情を持たないことも求められるのだ。

だが、どこにでも例外はある。今回はその例外に当たるものになるのだろう、課長直々の命令なのだから、何かしらの意図が含まれていない方がおかしい。
今の俺が思いつくものとして、一番確率が高い理由としては…

「…」

今は考えても無駄か。

「ま、なにか意味があるんでしょうね。報告は終わりました、佐久間さんも準備をしてください」
「…いったい何の準備だ?」
「?何言ってるんですか」

江古田に行くんですよ。


―――
――――
そもそも情報は鮮度がウリであり、そしてその情報は地道に歩いて集めたほうが確実性が高いのだ。たとえ量が少なくなったとしても。
もちろんIT社会の今、歩かずとも情報を集めることなんて簡単に済む。が、身内的なものなどといった、電子情報として記録されていないものも数多く存在しているのもまた事実である。

「まずは揃いの指輪を買いに行きましょうか」
「なんでそうなる!?」

マキがいた店に一番入りやすい理由だからだが。
佐久間さんが必要事項を熟読している間に、少しばかり中性的な服装に着替えさせてもらった。もちろん資料はシュレッダーにかけてある。

佐久間さんは通常通り警視庁の人間を名乗る。俺は佐久間さんのフィアンセのような立ち振る舞いを心がける。もちろん女性的な振る舞いも忘れない。
結婚指輪、というのはありがちな買い物だ。よほど安くない限り怪しまれることはないだろう。買った指輪はどうするのか?そもそも買うまでに至るかさえ疑問である。買うならそのときに考えるしかない。

電車の椅子に座ってうんうんと唸る佐久間さんを見やり、内心でため息を一つ。まさかここまで堅物とは思わなかった。

「指輪ってわかりやすい所有印ですよね」
「っ」
「"私"が佐久間さんのモノになるかも…って思ったら、ちょっと楽しみなんですよ」

幸いにも人が少ない時間帯、聞いている人間もほぼいない。あまつさえ恋人に囁くように告げた甘い言葉なんて耳に届く前に消えるだろう。そういう打算も込めた言葉である。
顔を真っ赤にしている佐久間さんに気分が良くなる。ま、D課の演技力を舐めてもらっては困るということくらいはわかっただろう。

薄手のカーディガンで口を隠しながら、方向性を絞った声で話を続ける。

「嘘ですけどね」

佐久間さんが頭を抱えた。「お前はそういうやつだったな」。失礼な。
なんにしても、こちらとしても佐久間さんが大根役者では困るのだ。D課であることを自覚して、多少マシになった演技を見せてもらわなくては。

それに、俺には世良ちゃんという想い人がいることを忘れないでいただきたい。これからまったく会えないだろうけど。