嵐に飲まれた真意の在処

マキがいたというジュエリーショップでいくつか指輪を見ていれば、当然店員はこちらを気にして声をかけてくる。ガラス越しに輝く光が眩しくてうんざりしていたのだが、そんなことはおくびにも出さない。

「指輪をお探しですか?」
「あ、…その…」

にこやかにこちらに尋ねてきた女性店員にうろたえたフリをして、ついでに佐久間さんの様子を見るため視線を後ろに向ける。佐久間さんはぎこちなく「ペアリングを探しているんです」と言った。
声とついでに腰に回った手を気にせずこくこくと頷いてやれば、店員が微笑ましい目でこちらを見てくる。

「2人のご関係は?」
「今度婚約するんです。この人は贈るだけでいい、って言ってくれたんですけど、私がつけてほしくって」
「そうなんですか!わかりました、納得のいくような素敵な指輪を私もお探ししますね!」
「お願いします」

控えめに笑いかけ、再びアクセサリーが詰められたガラスケースを見る。やはり指輪にはめられた宝石はダイヤが多い。
確か今回マキが担当していた宝石もダイヤモンドだったはず。大きさは確か90カラット前後…前回鈴木次郎吉という財閥の相談役が用意していたものより小さい。もちろん、値段は一般市民では届かないような代物なのは間違いない。

どんな指輪がいいかと説明してくれる店員の言葉を軽く流して眺めるも、やはり似たような大きさの宝石は見当たらなかった。当たり前か、90カラットのダイヤなんて欲しがる輩なんてそういない。
悩む素振りを見せて佐久間さんの腕を引く。

「あー、その、この店は指輪のデザインや加工とか、頼めたりするんでしょうか?」
「えっ」

佐久間さんの言葉に店員が困惑したような声を出す。

「知人から聞いたんですが、ここには腕のいいデザイナーがいらっしゃるとかで」
「そ…それはその、ええと」
「デザイナーとも直接お話ができると…」

佐久間さんの問いかけにたじろぐ店員に、とあることを確信する。聞いてくる客なんてものはほとんどいないのだろうが、余計な火の粉を撒き散らさないためにも口止めをされているのだろう。
しかし、わざわざ店員全てに事情を話すなんてことも無駄なものだ。人の口に戸は立てられない。新人などなら尚更、隠すことが難しくなる。

つまり事件の関係者と重役の人間しか事情を知らない。知らない人間ならこんなにうろたえることもない。素振りからして、店員はさほど高い立場にいるとは考えにくい。
少し離れた場所のものを見てくると告げて離れる直前、佐久間さんの腰に手を回し、人差し指の腹で二回叩く。

「…デザイナーさんに、何かあったんですか?」

それなりに離れたところで別の店員から話を聞きつつ、ガラスケースに写った2人の様子を見る。想像と変わっているところはない。何度もシュミレーションをしてきたものとほぼ同じだ。
佐久間さんと対峙した店員が不審な動作をしていた。さも今気づきましたと言わんばかりに顔を上げてそっちを見れば、様子見していたらしい佐久間さんも控えめに笑って手を振ってくる。こちらも手を振り返した。

声はほぼ聞こえない。俺がほかの店員と話しているということを印象付けた彼は、そのまま少し音量を落とした声で言葉を紡ぐ。

「自分は探偵です。よろしければ、話を聞きますよ」
「!け…警察じゃ、ない?」
「ええ、といっても今日はプライベートですが…彼女にも話しませんよ」

どうやら警察ではなく、探偵と名乗ることにしたようだ。
しかし、私用で来ているという設定は大いに活かすらしい。こちらとしても大声で吹聴して回るわけにもいかないので、言わないということを確信づけておいたほうがいいのだが。
佐久間さんの言にほっとしたようで、店員の表情が少し和らいだ。

「…一時間ほどで休憩に入ります」

かかった、と、笑ったのは俺だったのか。それとも、


―――
――――
テレビの脇に置かれている椅子に荷物を置くと、佐久間さんは疲れたと言わんばかりにベッドへ倒れ込んだ。

「なぜこんなところを予約したんだ…」

なぜと言われても、結城さんから指示を受けたからだが。
聞き込みに行ったジュエリーショップとは程遠い場所にあるホテルだ。場所は江古田だが、もう一度ショップに行くとなると少しばかり時間がかかる。

結城さんがこの場所を選んだ理由は考えるまでもなかった。ホテルはかつての大東亞文化協會が存在していた住所に建っている、それだけのことだ。
もちろん内装は変わっているし、ホテルとだけあって他の客がいないわけではないのだが、記憶を取り戻した今、ここを拠点にしたほうが幾分か落ち着くだろうという配慮である。

木造の鳩舎だった建物はもう存在していなかった。コンクリートで固められた建物が縦長に空を切り裂いていて、何十年と前に存在していた景色はまったく見る影もなくなっていた。
それでも感じる旧懐の念は、ここに俺たちが過ごしていた建物があったことを示している。

「あまり真新しい情報はありませんでしたけど、どうします?」

佐久間さんほどではないが、立つことが億劫になりベッドに腰掛ける。ぎっ、ぎっ、とスプリングの悲鳴が聞こえたが気にしないことにしよう。

ショップの店員は、俺たちが握っていた情報を握っていた。しかしそれだけだった。
マキ…真木と呼ばれる人間がいなくなった日、血痕を見つけたのはたまたま屋上に用があった店員だったという。慌てて店長に伝えれば、殺人事件かと青ざめ、とにかく職員の安否を確認。すると、綺麗に真木だけが電話にでなかったのだとか。

大量の血がところかまわず付着しているので、大事にしたくないと思いつつも警察に調査を依頼。血液検査の結果、あちこちに散らばった血液は真木のものと判断されたらしい。
犯人を突き止めようとする警察だったが、数日でポンと見つかるはずもなく。また内密にと頼んだ店長に対し、警察の対応はあまりにもひどすぎたようで。

「店長がまさか警察不信になっているとは」
「佐久間さんの勘は外れませんね」

もし警察と名乗っていれば、ショップから追い出されていたところだった。とはいえ、探偵も中々グレーゾーンな立ち位置にいるようで、店員からは話したことを黙っておくように頼まれた。
探偵とそのフィアンセという建前で調査しなくてはいけなくなったと考えると、少し矛盾点が生じることになる。調整が必要だ。

気を取り直し、情報を洗う。
店員は真木がいなくなる前日、男の荷物を盗み見てしまったのだという。そしてその中に、白いカードが入っていたのだと。

「キッドからの予告状…という確証はない。店員も半信半疑で、店長に話していない」
「予告状にしても変ですね。今回は展覧会があったわけじゃない」
「いや、展覧会の有無ではなく、宝石の知名度も関係してくるはずだ。今回狙われた宝石はどんなものだった?」
「資産家の持ち物だったそうです。娘に託すために加工を依頼したんだとか…特に目立った話はありませんでしたよ」
「そうか…」

キッドに接触するべきか、否か。
真木がキッドの模倣犯に撃たれたのであれば、キッド本人に接触しても意味がない。犯人は既に警察の目を欺いている、多少は頭が回るのは確認済みだ。

そもそもキッドの模倣犯ではなく、ただの窃盗犯である可能性だってゼロではない。持ち物を確認しようにも、川に流されてしまったのか見つからないままだ。
これはかなり前途多難だ。本来死ぬ予定ではなかったはずなのに、なぜ命を狙われたのか。わからなければ犯人を密告もできないし、今後課の為す調査にも大なり小なり支障が出てしまう。

「宝石が返ってこないということは模倣犯の、…」
「…佐久間さん?」

喋っている途中で止まった佐久間さんに顔を向ける。宙を凝視していた。
いきなり何をしているのか。しばらく動かない彼を呆れた心地で見ていると、佐久間さんが不意にこちらを見て言葉を紡ぐ。

「キッドを釣るぞ」

いきなり何を言い出すんだ、この人。