既視感はスマッシュ
どうしてこうなったのかと問いかけたい。
「どうした?」
通い慣れたカフェ、今日は珍しくテーブル席。俺の向かいに座って紅茶を口にしているのは私服の三好だ。Tシャツには不細工な猫が描かれている。
三好だけでなく、その隣では佐久間さんがパンケーキを頬張っているし、俺の隣では神永が街を行き交う女性を見て鼻を伸ばしている。自重しろという意味を込めて睨んでみれば肩を竦められた。
「お前らを誘ったつもりはなかったが」
「え、だって聞いちゃったし、これは行くって選択肢しかないでしょ」
「僕を差し置いて食事なんて、いい度胸をしているな、と」
小田切と福本、甘利はいない。どうやら甘利は長期出張から帰ってきていないようだ。佐久間さんに劣るとはいえ、それなりに気軽に話しかけられる人間だ。来られないのは少し残念だ。
三好と神永に話したやつは誰かと問いたい所だが…十中八九佐久間さんだろう。迂闊に口を開く癖があるから納得できる。小田切は福本に誘われたと断りを入れてきたので何も口添えをしていないはずだ。
溜息をつきたい気持ちをぐっとこらえていると、横から手が伸びてきて前に皿を置いた。褐色の肌、降谷かとあたりをつける。
「随分と仲がいいんですね。態度もいつもと違うようですし」
「ああ、先日の犯人捕獲に一役買ってくれた人たちなんです。いつの間にか連絡を取り合うようになってしまって」
「今日はこの人の奢りだって聞いたもんだからさあ」
「おい、お前らの分まで奢るなんて一度も言っていない。俺は佐久間さんを労わるつもりで連れてきたんだからな」
「そうなのか」
「佐久間さんは奢りますよ。この前のお詫びもかねて」
佐久間さんずるい!と声を上げる神永を無視して運ばれてきたドーナツを口にする。甘さが控えめなそれが好みだということは降谷も知っていることだ。
俺の発言にぶーたれている神永とは反対に、三好は俺の言葉を想定していたのか特に動じた様子もなく紅茶をソーサーに置いている。
「持ってきていない」
「…は?」
「財布」
「あ、俺も俺も」
「は?」
信じられるか、こいつら、これでも警察官だぞ。
どう考えたって財布を忘れたなんて嘘に決まっている。ここに来るまでは電車を乗り継がねばならないが、二人は俺や佐久間さんと一緒に来たのだ。というか普通に切符を買っていた。財布を持っていなければおかしい。
なるほど、遠回しに俺に支払えと言っているのだ、この二人は。
「…合計で万を超えたら取りに帰れ」
「よっ、太っ腹!そんじゃあ次は何にしよっかなー」
「いいか、ツケだぞ。後でそろえて払ってもらうからな」
「店員さんのオススメを聞いても?」
「お前もだ」
念のためと多めに持ってきてよかった。後で払ってもらえるとはまったくもって思っていないが、釘を刺しておかなければ本当に何でも頼みそうなやつらだから困る。
オススメ商品の写真を取りに行く降谷を見送り、机に福沢諭吉が印刷された紙切れを一枚置いておく。もう少しカモフラージュで会話をしてもいいのだが、あいにく少し席を外さなくてはいけない仕事がある。
すぐに帰ってこられるとは思うが…まあ、あんまり長くなるようなら各人の判断で警察庁にでも戻るだろう。
三好のダサいTシャツからさり気なく目を逸らしつつ席を立つと、後ろからのんきな声が問いかけてくる。
「ん?どこに行くつもりだ?」
「、買い出しですよ。すぐ戻ってくるつもりですけど、先に帰るときは連絡してくださいね」
「ここに来て買い出しってオカンか」
「特売が近くにありましたね」
「やれ餅が食いたいだの、闇鍋がしたいだの、いったのはお前らだそうじゃないか」
俺が参加しない会合の買い出しをさせるなよ、と言いたいところだが、言える立場でもないので黙っておく。どうせ福本があとで集金して支払うことになっているんだろう。
ケチだ守銭奴だなんだと文句をつけられそうな気がするが、善意での金貸しなんて損はあっても得がないのだ。自分の金銭くらいは自分の好きなように使いたいと思ってもバチは当たるまい。
ああ、でも。
こうやって話ができること自体初めてだが、実は歩み寄ることもできるんじゃないかと、少しうぬぼれてしまいそうだ。カモられてるのは否定しないけれど。
カランカラン、陽気なドアベルを鳴らして外へ出る。春の太陽が穏やかにコンクリートを焼いていた。
―――
――――
「おかげで随分楽にことが運びました。個人的に感謝の言葉を言いたいくらいだ」
「そんな大層なことをしたつもりはありませんよ」
隣で困ったように笑っている青年にこちらも笑顔を返す。まさか買い出しの帰り道に引ったくりを捕まえることになろうとは…俺の財布が守られてよかった。
ちなみに引ったくりを追いかけるために買い物袋を道路へ投げてしまったのだが、そのせいで中に入っていた卵が見るも無残な姿に変貌していた。個別に分けておいたのでほかの食材は無事だったが、卵は別のスーパーで買い直す未来が確定した。
暴れる犯人に苦戦していたところで、気絶するほどの蹴りを入れたのがこの青年だった。携帯を片手にやる気のない表情、だのにやすやすと鋭い蹴りを入れたのは素直に感服の一言しか出ない。身長は俺より少し小さいくらいだが、おそらく何かしらの格闘術を嗜んでいるんだろう。
二課の刑事として対処を済ませ、青年の通報でやってきた警察に引き渡したあと、ちょうど向かう方向が一緒だとかで共に向かうことにしたのだ。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。自分は鏑木と言います」
「ああ、ご丁寧にどうも。俺は、」
ハタノといいます。
「…ハタノ?」
「はい」
どくり、嫌な予感がする。
そう何度も聞いたことがない名前だ。だが俺は知っている。日本、いや、世界にどれほど「ハタノ」というネームが使われているのかは知る由もないが、自分の中の何かが警鐘を鳴らしていることだけははっきりとわかった。
カフェがすぐそばに迫ってきた。ガラス越しに見える三好と神永、佐久間さんが何かを口にして笑っている。俺はその中にいない。
暖かな日差しが毒のように俺の神経を蝕んだ。はくはくと口が動きそうになるのをぐっと抑えて、いつの間にか前を行っていた青年に微笑んだ。「素敵な名前ですね」、と。
「そういえば、知人の探し人もハタノというそうなんです。あなたがそうだったりして」
「はは、探されるような真似をした記憶はないんですが」
「…お時間がよろしければ、一度会ってくださいませんか?さほどお時間は取らせませんので」
「十分ほどでしたら」
「それはよかった」
言われた瞬間、カフェ・ポアロの中に飛び込んだ。店内にいた三人と、豆を挽いているらしい降谷が不思議そうにこちらを見る。
「鏑木、どうした?」
二課で使っている名前を声に出されても気にしている暇はない。
息を整える時間も惜しく、神永と三好に視線をやって「お前らに客だ」とドア向こうのハタノに向けて親指を突き出した。訝しげな視線を隠さないままに出て行った二人を見送り、余っているサンドイッチを頬張る佐久間さんにも席を立つよう促す。
幸いにも残っているのはサンドイッチやクッキーといったものだけで、飲み物は頼んでいないようだった。さすがにコーヒーなんかは持って帰るのに不向きだ。
持ち帰りの許可をもらい、もらった袋に手早く詰めて会計を頼んだ。支払いは一万円きっかり、とぼけられないようレシートも受け取る。
外に出ると、少し離れたところで神永と三好、そして今日知り合ったハタノが仲良く話していた。
三好がこちらに気づいて手を振る。佐久間さんが手を振り返すと三好が面白そうに笑った。
予感は的中、そして疎外感。今日は枕を濡らすことが確定する。
探していた「ハタノ」は三好たちが探していた人間で、そして佐久間さんとも俺とも違う。神永たちと同じ人種なんだということがまざまざと見せつけられた。
"そいつ"を俺の手で見つけてしまったことが、なんともやるせなかった。