笑う門にも福がない

「この日に歓迎会を開くんだけど。鏑木は空いてる?」

人好きする笑顔を浮かべて甘利が聞いてきた。
歓迎会なんて名前があまりにも短絡的なネーミングなのでは、と、一瞬考えたが、俺に伝わりやすいよう適当に名付けた会なのだろう。Welcome toなんか使われてるほうが面倒だわな。

歓迎会は俺が見つけてきたハタノ…もとい、波多野と、新しく配属された渡瀬という人間に対してのものだろう。
波多野に関しては、どこをどうしたのか、半月も経たないうちにD課に配属が決まり、まるで初対面とでも言いたげに挨拶してきたのは記憶に新しい。そのときに改めて「波多野」と名乗られたのである。
つまり、波多野は俺に接触したときから偽名を使っていたことになるのだが、その辺りは多分警察に追われるのが面倒だとかいう理由があるのだろう。咎めるつもりもない。

渡瀬という人間を入れてきたのも謎だったが、まあ、去年に引き続いて誰か諜報のできる人間を配属してやろうという、いわゆる上の策略だろうことは想像できた。ちなみに去年は佐久間さんが配属された。
二人の教育係はそろって俺である。

「行かない」

日付をまともに見ることもなく言ってやれば、甘利が「えっ」と声を上げた。

「空いてない?」
「参加しなくても支障はないだろう」
「えー」

日程が空いているとか空いていないとか、俺の中ではそういう問題ではないのだ。
波多野と出会った後の疎外感は尋常じゃなかった。佐久間さんもあまりついていけない様子を見せたが、波多野は佐久間さんのことを"知っていた"のだ。
反対に、当然のことながら、俺のことは知らない人間として扱った。

俺だけ除け者にされることが不服かと問われれば、もちろん不服である。あの日は四人を置いて警察庁に帰ってきてしまったくらいだ。
その後ずるずると気まずさを引きずって、未だ佐久間さんとさえまともに話していない。波多野も最低限のことくらい。三好と神永は元から遭遇すら稀なのはこの際言っておくことにする。

そんな状況で歓迎会ならぬ親睦会、なんて出られる筈がない。一人部署に残って報告書を書き上げていたほうがはるかにマシだ。
行く意思を見せない俺を見て甘利がため息をつく。「残念だな、」

「渡瀬が楽しみにしてたのに」
「うっ」
「あんなに目を輝かせてた渡瀬は初めてだったのにな」
「うぐっ」
「自分の歓迎会に来ないなんて、渡瀬もがっかりしちゃうだろうなー」

わざとらしい言い方をする。D課で一番断りにくい人物を引き合いに出してまで参加させたいか。
渡瀬という人間は、確かに上層部からのスパイなんだろうが、どうしてか俺に懐いた素振りを度々見せてくる。犬というか、なんというか…とにかく、好意を寄せる相手は無碍にできない。

「…わかった、わかったから、日付を見せろ。予定を空ける」
「やった。はいこれ…って、日付も見ないままだったの?さすがにびっくりなんだけど」
「神永と三好と波多野に会いたくない」
「半分じゃん、結構な人数に会いたくないなんて珍しいね」
「うるさい」

本当なら佐久間さんもそこに追加されてるんだぞ。
三年の間、不定期に人に会いたくないと考えて避ける日があったからか、甘利は俺の態度にも慣れたものだ。今回も同じ症状の延長線上なのは火を見るより明らかだから仕方ない。

日付を確認し、渡してきた携帯を返すと、甘利はいつもの通り甘くとろける笑みを浮かべて口を開く。

「ま、悩みがあるなら相談してよ。俺で良かったら力になるし」
「…ん」

頭を軽く叩かれ、甘利はそのまま反対方向に行ってしまった。童顔だからって年下扱いされるのは納得いかない。絶対甘利より年上だっていうのに、身長と顔のせいか。
そういえば、と、ふと考える。

甘利からも誘いを受けるのは初めてだ。佐久間さんと小田切の歓迎会は呼ばれすらしなかったし、何回かやった誘いは全部俺からだったし。
珍しいもんだなと思う反面、何をいまさらと思ってしまうのは、十中八九俺のひねくれた性格のせいだろう。


―――
――――
肉の焼ける音が聞こえる。

「どうした」

歓迎会という名の焼肉パーティーとは思わず、呆然と野菜を口に運んでいる俺に、福本が話しかけてきた。皿には焼けていない肉が乗っている。
向こう側では波多野や甘利、渡瀬が焼けた肉を頬張っていた。三好は…佐久間さんに肉を山積みにされている。野菜しか食べてなかったのがばれたか。ガードが甘いなと思った。神永と小田切も少し離れたところで野菜を焼いている。

俺の隣には福本しかいない。福本と二人きりになるのは随分と久しぶりだと気づいて、どことなく距離をとってしまった。気づかれてないことを祈るばかりだ。

「場違いな気がしている」
「そうでもないだろう。ほら、肉も食べるといい」
「ありがとう。…福本も何か食べろ」
「俺は食べているからいい」

嘘つけ、さっきから焼いてばっかりのくせに。
目の前には肉が焼かれているプレート。汁が溢れて美味しそうだと思う反面、これを食べてもいいのかと少しばかりためらいが生まれる。野菜よりは肉を好んでいるからこその思考なのかもしれない。
箸を伸ばしては引っ込め、美味しそうな肉が焦げていく様をただ見続ける。やっぱり俺は場違いにしか思えない。

皿に入れられた肉も福本専用の皿に移し、小田切たちが焼いていた野菜をもらってくる。とうもろこしが美味いと思った。

「肉が嫌いになったか?」
「は」
「前に言っていたじゃないか。肉は好きだと」

やや焦げ気味の肉が福本の皿に盛られていく。福本自身はそれに手をつけないが、背後から神永や波多野が取っていくのが見えた。
俺と福本の間には肉が焼ける音しか存在していなかった。昔は心地よかった沈黙が、今では少し苦しく感じる。

福本に話した記憶はあった。
だが、それをまさか覚えているとは考えてもいなかったし、ここで話題に出されるということも予測していなかった。だって福本に話したのは二年は前になる。

「肉は好きだが」
「なら食べてくれ。俺だけじゃ消費しきれない」
「さっきから取られているぞ」
「俺は自分で食べるより他人に食べてもらうほうが好きだ」
「いや、他のやつらが食べてるんだが」
「鏑木さん、俺レバー苦手なのであげます」
「あ、おい、渡瀬いつの間に」

いつの間にか背後に立っていた渡瀬がレバーを山積みにしてくる。野菜が埋まって肉の山が出来上がった。どんだけレバー持ってきたんだ、こいつ。
渋い顔をしていると、うっすら笑みを浮かべたままの渡瀬は首をかしげた。くっ、俺が渡瀬に弱いことを知っての所業か。鬼だ。
仕方なしにレバーを口に運ぶ。渡瀬が目を輝かせて「さすが鏑木さん!」というものだから、まあ、悪い気はしない。ただ、そんなに褒めちぎるところかと言われたら微妙なところだが。

「鏑木の食べっぷりは見ていて気持ちがいいな」
「んぐ、久方ぶりだからがっついているだけだ。毎回こうじゃない」
「そうか」
「…小田切のほうが、いいリアクションをしてくれるんじゃないか」
「小田切と鏑木は別だろう」

そうか、そうだろうな。お前にとって小田切は特別だもんな。俺と比べるなんてバカのすることだったな。
去年は佐久間さんが来た。三年前は俺、なら一昨年は誰かと言ったら小田切だ。状況もわからないまま配属されたらしい新人だったのを覚えている。

それまでは福本と共に行動することが多かった俺は、福本が小田切につくのを見て絶望した。疎外感を覚えたのはその頃だ。
福本は、お世話係としての仕事を果たした。つまりは甲斐甲斐しく面倒を見てやった。俺の時と同じ、もしくはそれ以上に親身になって。

食事に誘わなくなったのも、福本と二人きりにならなくなったのも、小田切が来てからだ。福本が裏切ったと感じたわけじゃない。俺がD課の面々にとっての一番になれることはないと気づいただけだ。
そのときから、俺は確実に、D課の面々に依存していた。

スパイとしてはあるまじき思考、誰かの中に自分を遺すことなどあってはならない。だのに遺したいと考えてしまったということは、俺はスパイ失格の人間なのだ。
腐った林檎は周りのものも腐敗させる。羨望の感情が浮かぶと同時に覚えたのは焦りだった。

これ以上失敗作になってはいけない。何がなんでも隠し通さなくては。個人的な感情に振り回されないよう、振り回されても最小限に済むよう、常に気を配らなくてはいけない、と。
それが鏑木としての生き方なのだ。周りを腐らせるわけにもいかないのだから。

結局、その二の舞のようなできごとが先日起きてしまったのだけれど。

レバーが苦い。少し焦げているからかもしれないと無理やり胃に詰め込む。
喉の奥を、どろり、レバーが滑り落ちていくのを感じる。それがどうにも気持ち悪くて、俺はしばらく笑えそうにもなかった。
数秒後、許容量を超えたレバーが我さきにと喉を焼いて出てくることになる。