もへよしあはせ

音を立てて激しく燃えている炎に一枚ずつ燃料を投下していく。
燃えろ、俺の黒歴史。あいつらの頭には残ったかもしれないが、他のやつらには絶対見せてたまるか。こっちとしては笑い事じゃないのだ。

「燃えろ…灰になるまで燃えろ…」

呪詛のように同じ言葉を繰り返している俺は、はたから見るとかなりおかしい人間だろう。ちなみに大家さんから焚き火の許可はもらっているので安心していい。
焚き火を作るついでにと庭の掃除をしていたら、庭が随分こざっぱりとしたものに変化してしまった。ちょっと淋しい。

寒くもないのに焚き火をしているのでとても熱い。こんなことになるなら灰皿で一枚ずつ処理すべきだったろうか、いや、それも火災報知機が鳴る。自宅のシュレッダーは壊れていて信用できない。早く直さなくては。
額に浮かんだ汗を拭っていると、いきなり足に衝撃。いって。

「お兄さん、こんな時期に焚き火してるなんて怪しい!」
「…は?」
「きっと殺人の証拠を燃やしてるんですよ!急いでいるようでしたが、残念でしたね!ボクたちが見つけましたよ!」
「さあ観念しろ!」
「は!?」

なんでいきなり殺人罪を被せられてるんだ。俺はD課の教えを忠実に守ってるはずだし、そもそも普通に考えて殺人はしない。焚き火は怪しいけど。それでも殺人に直結しないでほしい。
後ろに居たのはいさんでいる子供が三人、呆れ顔の子供が二人。俺の足を叩いたのは一番図体がでかい子供だろう。木の枝持ってるし。

「あのな、いきなり濡れ衣を着せるのはやめてくれないか。燃やしてるのは黒歴史だが」
「くろれきし?」
「なかったことにしたい、もしくはなかったことになっている過去の事象のことですよ」
「じゃあやっぱり、ショーコインメツってやつじゃねーか!」
「ああ、やっぱり証拠隠滅には燃やすのが…って、違う。そう簡単に殺人罪を着せてくるのはやめろ」

いわれのない罪で逮捕とか笑えない。しかも子供の突然のdisり…心が折れそう。
そもそも、子供だけでどう捕まえようっていうのかは知らないが、殺人の疑いがある人間に直接そうと告げるのは危険きわまりないのでやめておいたほうがいい。D課の面々でも…普通に倒せる。そういえば格闘術も体得していた。

なんにしても、子供だけで大人と対峙するのは危ない。危機感の欠如かどうか知らないが、至って悪い傾向である。今回は俺だったからよかったものの、佐久間さんにそんなことを言ったら(主に三好の)後が怖い。

「俺が燃やしてるのは焼肉のときの写真だ。気分が悪くなって倒れたときに爆笑して何枚も撮られた」
「えーっ!歩美はそれでも燃やさないよ!」
「大事な思い出ですからね!」
「自分が吐いたあとの写真は残したくないだろう。思い出なんてものは頭にあればいいんだ、わざわざ紙面に印刷する意味もわからない」
「…なんか、変なにーちゃんだな」
「人には好き嫌いがある。俺は写真が気に入らないだけの話さ。…ほら、まだ燃やしてない写真」

下品な話、自分の吐瀉物が映った写真なんて抹消したいものランキング上位を走るのは当たり前じゃないか?ちなみに子供に見せたのは、真っ青になって佐久間さんに膝枕をされている俺の写真である。撮影したのは小田切だ。
鍛え上げられた太ももは適度な弾力があったが、正直床に転がして欲しかった。膝枕をされて以降、福本からの視線がとても痛い。せっかく焼いたレバーをダメにしたからだろうな…

写真を何枚か渡すと、興味を示していなかった二人も近寄ってくる。そんなに俺の写真が気になるのか。
まあ、さすがに人に見せられないほど悲惨なものは全部火にくべてあるけど。

「あっ、これポアロじゃない?」
「ホントだ!さっき膝枕してたお兄さんもいる!」

子供達のはしゃぐ声を聞いて覗き込んでみると、青い顔の中に一枚だけ風景が違うものがある。俺と佐久間さんがポアロの食べ物を袋に包んでいるときのものだ。

「安室さんが…って、わかるか?その店員さんがこっそり撮ったものだろうな」
「すっげー!うまそう!」
「元太くんはすぐ食べ物のことに気を取られるんですから…」

どうやら一人は相当食い意地が張っているらしい。子供は色んなものを食べてでかくなる、が、いささか横にでか…こほん。
写真は総じて俺と佐久間さん以外は写っていないものばかりだ。映っていても手や足くらいで、服や靴も量販店で買ったものなので特定もできないだろう。D課の面々らしい潜み方だ。

「ねえ、この人とはどういう関係なの?友達?」

特に違和感もないだろうと思っていたら、メガネをかけていた子供が佐久間さんを指差した。これだけ一緒に写っていれば確かに気になるか。

「いつも世話になってる人だ。歳も違うし、どちらかといえば尊敬できる上司って感覚だな」
「へえ、そうなんだ」
「っていうことは、あなたは警察の人なんだね」
「そうだな、しがない警察官…は?」

誰だ今の声。

子供を前に話しているのだから、後ろから声がかかるはずもない。しかも聞こえてきた声は高かったが、五人の声や口の動きからして誰もそんな言葉を発していないのだ。
どこかで聞き覚えのあるそれに慌てて振り返ると、そこには見覚えのありすぎる女子高生の姿。

「なん、え、は?」

名前も知らない、一目で陥落させられた女子高生。なんで俺のアパートにいる。まったくすれ違わなかったはずだっていうのに。
思わず子供たちと見比べるも、やつらは俺の顔を見て首をかしげている。え、この状況、なんでこうなってるんだ。

「ほら、ここ。警察手帳が写ってるから、この人はおまわりさんってわかるんだよ」
「なるほど、佐久間さん午前仕事だったから…そうじゃなく、なんでこの人がこんなところに」
「世良のねーちゃんのこと?ボクたちが来る前からいたよ」
「うそだろ」

じゃあ俺の怪しいひとり言とか聞かれてたんじゃないか。
今なら羞恥で死ねる。そう確信できる程度には恥ずかしい。高校生の前でポカやらかしまくりじゃないか。

それにしても、この子、世良って名前なのか…ルックスに似合ういい名前だ、って違う。そんなことを考えてたらいつまたやらかすかわからないぞ。
何とか顔の赤みを抑えて、「気づかなくてすみません」と頭を下げる。いたならもう少し早く言ってくれ。
世良さんは俺の謝罪に慌てて手を振った。火のそばにいたようで少し顔が赤らんでいる。使ってないハンカチを差し出したら子供達からブーイングが上がった。

「ボクたちには渡さなかったくせに!」
「ずるーい!」
「不公平だぞ!」
「いきなり殺人犯に仕立て上げたやつらに渡すものはない」

濡れ衣を着せるな、濡れ衣を。
「何か言うべきことは?」と問いかけると、子供達のそれぞれから「ごめんなさい」という声が聞こえる。声は小さいが、仕方ない、この際許してやることにする。三好なら三年は根に持ってるから気をつけろよ。
バケツに汲んでいた水で炎を鎮火し、飲み物でも出してやろうかと部屋に誘う。少し散らかっているが書類はなかったはずだ。

「自己紹介が遅れたね。ボクは世良真純!よろしく頼むよ、おまわりさん!」

意気揚々と部屋に向かう子供達の前を歩きながら改めて自己紹介された。笑顔が眩しい世良さんだった。誰か救急車を余分だ。
息も絶え絶えな俺を見てか、メガネの子や静かな女の子が呆れた目をしていた。格好がつかないことは最初からわかっていただろう、そっとしておいてくれ。
名前を口にしたことだって、きっとしばらく癒されていなかった反動なのだ。

「ええと、鏑木、警視庁捜査二課に所属しています。以後お見知りおきを」