名も知らぬ友情

空中に投げ出された僕はなんとか二匹をキャッチし、地面を転がり落ちた。木の枝が折れる音が鼓膜をつんざき、デコボコの石が体の至る所を抉る。
逆さまの格好のところで地面が擦れて止まった。どうやら一番下に着いたらしい。

「い…ったぁあ…」

ひどい痛みが節々を襲う。起き上がるのも億劫だ。
しかしここで起きなければリマが心配するだろうから、なんとしてでも起きなければ。力の抜けた腕からピカチュウが這い出る。リマもピカチュウも草だらけではあるが、大きな怪我はなさそうだ。

「りまー?」

「ああ…うん、だ、いじょぶ…」

二匹を抱えて踞ったまま転がったから、胸に痛みはない。詰まりながらだけど話すこともできるし、息もまともに吸える。
なんとか腕に力を入れて立ち上がる。落ちてきた崖を見上げると、なんともまあ…意外に高いところから落ちたみたいだった。コウとセイはもしかしなくとも崖上だろうか。
こんな時にはヤナップあたりを捕まえてたらなあ…多分すぐに登って二匹を連れてきてもらうんだけど、と思ったところでベルトが揺れた。

腰につけていたモンスターボールの二つが原因だった。どうやら飛び降りる前にボールに戻ったらしく、そこではコウとセイが並んで中を叩き続けている。
不思議そうにこちらを見てくるリマもボールに戻し、一息ついた。

「どうしようか…戻り方わかんないし…」

まさか一番最初のリタイアか。サナちゃんにすぐ戻るって言ってきたんだけど…
通信できるものはサナちゃんに渡しておいた荷物の中だから連絡も取れない。葉の間から見た空は茜色だったことからして、急いで戻っても夜になることは間違いないし。

うーん、本当にどうしよう。周りも僕たちが進んだ部分は見当たらない。暗い風景が夜に向かって更に暗くなってるので、あたりも見渡しにくくなっている。
サナちゃんたちはセレナちゃんがいるからまだ安心として、当面の問題としては僕か。

森に入り浸っていた時期もあり、勘を頼りに突き進めば一週間ほどで抜けられることはわかっている。けど一番の問題は食料だ。
そう、モンスターボールとポケモンを連れてはいるけれど、それ以外は全てサナちゃんに渡しているカバンの中にインしているのである。食べ物は一週間ほどなら大丈夫だけど、水は飲めなければすぐに死んでしまう。

これは最短ルートを探すしかないか。できたら今日中に。
夜がふける前にできるだけ歩いておこう、と右足を浮かせたとき、いきなり左足にダイレクトアタックをくらった。バランスを崩した。

「え、あの、わっ!」

後ろに倒れかけたところで横にあった木を掴んだ。嫌な音を立てて軋んだけれど気にしない。
打撃による痛みを訴える左足を軽く振りながら振り向くと、そこには不満そうな顔をしたピカチュウがいた。まだいたのか。

「逃げてると思ってた」

思わずそうつぶやいたら、不満気にもう一度足を攻撃された。これは相当お怒りだ。
しゃがんで頭を撫でてやればだいぶおとなしくなったけど、モンスターボールを見せると首を振った。捕まる気はないらしい。

じゃあなんだと思ったのだけれど、それはピカチュウがズボンの裾を引っ張ろうとしていたところで納得がいった。
多分、崖から落ちたときにクッション代わりになったお礼をしたいんだろう。で、そのお礼が済み次第野生に帰る…ということみたいだ。体はズキズキするしポケモンに無茶させすぎたし、仕方ない諦めるかと思っていたのに…いい子だ。

「ありがと、ピカチュウ」

お礼を言っておかなければと重い、ピカチュウにそう告げる。ピカチュウはハート型の尻尾を振り、少し間を置いて「ぴぃか」と鳴いた。


―――
――――
両手に荷物を持ちながら、なんとか元いたところに戻ってくると、そこには心配そうな顔をしたサナちゃんたちがいた。
傷だらけの僕に驚いて腰を抜かした三人に苦い笑みをこぼす。そんなに大げさなリアクションはいらないと思うんだけど…

「コト、随分とボロボロね」

セレナちゃんが呆れたように言ったけれど、歩きすぎで立っていることすら難しくなっていた僕はそれに反論することをしなかった。事実だし。
崖から落ちて大怪我じゃないっていうのは奇跡的だ。これで命を落としてたら洒落にもならなかった。

「てっ、手当てしないと!ほら腕出して!」

「え?いや、治療は後でいい…」

「おとなしく観念してください!しみますよ!」

「いっ…痛いよトロバくん」

「当然です!痛くしてるんですから!」

わざとってひどい。トロバくんの鬼、と呟いたらサナちゃんが怒ってきた。
というか僕のバッグ返してくれないかな。バッグ、とサナちゃんに目線を向けながら問いかけるように言うと、サナちゃんが手元に置いてくれた。…なんか、中散乱してない?気のせい?

「ところでコト、このピカチュウは?」

ティエルノくんが不思議そうに聞いてきた。まだ逃げずにいたらしい。見つけた時とは大きな違いだ。