楔を結んで

「えっと…大丈夫?」

その日、助けられたそのポケモンは決意した。
何が何でも自分を助けてくれたこの人についていこう、そばでお仕えしよう、どこまでもいつまでも、自分はこの人の力になるのだと。

ポケモンはゆっくりと遠ざかる背中を必死で追いかけた。助けたポケモンを置いていくつもりらしかった。それでもポケモンは走って、その背中を逃がさないように捕まえた。


―――
――――
ピナの機嫌がすこぶる悪い。原因はわかっているものの、それを取り除くことができるかと言われると答えは否だ。これは僕個人でどうこうできる問題じゃない。
服が引っ張られる感覚があって、僕は恐る恐る後ろを向いた。キラキラした目が僕を見つめている。

このリオル、いつまで僕についてくるつもりなんだろう。まさかこの先ずっと?

「あれ?コト、今からジム戦だって言ってなかったっけ?」

ポケモンセンターで傷ついたヤヤコマを回復していると、不思議そうにティエルノくんが話しかけてきた。その表情にはわずかばかりの驚きが含まれている。
もちろん、彼に言ったからにはきちんとジム戦をこなしてくるつもりだった。ヤヤコマも鍛えたし、リマは岩タイプの技も使えるようになってるし、いざとなればセイもいるし。

けれどそれをせずに一度戻ってきた理由は、後ろについてきているリオルだったりする。

実はこのリオル、かなり臆病な性格だったのか、周りのポケモンからいじめを受けていたのだ。一昨日から僕がひたすら草むらへ突っ込んでいたので沈静化していたみたいだけれど。
で、ジムに向かう前にホルビーでも捕まえてこようかと悩んでいたときにその現場に遭遇してしまった。

一応言っておくけど、僕はいじめられているポケモンを見捨てられるほど非道というわけじゃないと信じている。もちろん僕はそのリオルを助けた。
逃げていくポケモンたちの中で、このリオルは一匹で震えていた。トレーナーがよほど怖かったらしいけれど、逃げなければ意味はない。

カロスでは22番道路でしか出ないらしいリオル。リオルは怯えてはいるものの逃げられない、そんな好条件。
僕がバトルを仕掛けずにその場を去ったのは、ひとえにこのリオルが僕の好みじゃなかった。それだけのことだ。

「このリオル、ちょっと預かっててもらえないかな」

「え?いいけど、…ボールは?」

「ないよ」

「へ」

「この子、捕まえてないんだ。野生のポケモン」

ティエルノくんが呆気にとられた顔をしている。それもそうだ、普通街中で堂々とトレーナーの後ろをついてくる野生のポケモンはいない。街中には様々な人間がいるから、いつ捕まえられてもおかしくない。
リオルを抱き上げてティエルノくんに渡す。生憎、ジム戦に連れて行くつもりはない。

「それじゃあ行ってくる」

「えっ、ちょ、ちょっとまってコト!あ、暴れないでよー!」

ティエルノくんの悲鳴が聞こえてすぐ、また服が引っ張られる感覚があった。後ろを向く。
そこにはティエルノくんに預けたはずのリオルがいた。

これは、強敵だ。周りの意見はあまり聞かず、自分で決めたことならそれをやり通す。リオルやルカリオにたまに見られる性格だ。
けれど僕だって一応ポリシーというものがある。ジムに挑戦できる時間だって限られているし、このリオルは連れて行こうとは思っていない。

「…あのね、リオル。僕はキミについて来て欲しくて助けたんじゃないんだ、今すぐ自分の住処に帰ったほうがいい」

「りお…」

「そんな顔してもダメ」

「り…りおっ!りおり!」

「ダーメ」

必死についてこようとしてくれているのは嬉しいけど、このリオルは野生にかえす。たしかに昨日は格闘タイプが欲しいとは言った。でもこんなにすぐに欲しかったわけじゃない。
項垂れる小さい体を抱き上げ、ティエルノくんにもう一度手渡した。暴れる様子はない。

ちょうど運ばれてきたヤヤコマのボールを手に取り、ポケモンセンターの入口に向かって歩き出した。想定外のことは起きたけど、まだ予定が大幅にずれるということはなかった。

「セイ、リマ、ヤヤコマ、今日は頑張ろう」

か、と言い終わる前に背中に大きな衝撃が走った。背骨から悲鳴が上がった気さえする。
痛みをこらえつつ後ろに引っ付いているものを見ると、ティエルノくんの腕から抜け出したらしいリオルが僕の腰に抱きついてきていた。力加減がされていないので内蔵が悲鳴をあげている。

少し離れたところでは、ティエルノくんが「ごめん、コト!」と謝っているところが見えた。ティエルノくんはちょっと傷付いていた。
どれだけ聞き分けがないんだ、このリオル。段々むかっ腹が立ってきた。

なんとか腰からリオルを引き剥がし、青と黒に彩られた頬を両手で挟む。驚いたようにこちらを見てくるリオルを睨みつけた。

「人を困らせて楽しい?」

「り…」

「僕はキミを使うことはない、だからキミは野生に帰って自由に過ごすべきだと思ってる。
何度だって言うよ、僕はキミに野生にかえってほしい。それが僕のためであり、キミのためでもある」

だから、と続けたところで、リオルの目が潤んでいることに気づいた。間違いなく僕が原因だ。
けど僕は撤回する気はなかった。リオルのその気持ちは善意だろうけど、僕にはその善意がありがたいものには思えない。

リオルから手を離し、足早にポケモンセンターから出る。追いつけないようにローラーシューズを履いて走り出した。
次にハクダンのポケモンセンターに来たとき、リオルがここで泣いていませんように。