送り出すたび
家に帰ると、朝食をテーブルに並べていたらしい母さんが僕に気づいた。
「おかえり!随分と遅かったのね、お隣さんと何かしてたの?」
挨拶の前に呼び出されました、とは言いにくかった。ポケモン持ってるのに、さらにポケモンをもらえたとは言えない。いや、言わなきゃいけないことはわかってるんだけど。
思わずリマが入っているボールを服で隠した。さりげないように見せかけてる、はずだ。
しかしそれに母さんは気づいてしまった。さすが母親、目ざとい。
「あら、そのボール…そっか!コトア、ポケモントレーナーになるのね!」
「…ハリマロンの、リマだよ」
渋々リマをボールから出し、今まで入れっぱなしにしていたセイとコウも出した。二匹ともが清々しい表情をしている。何回もボールに入れているけれど、いつもこの表情を見せるほどボールの中は好きでないらしい。
リマはそんな素振りも見せないあたりが少し不思議だ。
「もうそんな年になるのねー、早いわぁ」
「はい、母さん宛に。プラターヌ博士から」
「え?手紙?」
子の心親知らず。僕は母さんに手紙を押し付け、湯気のたつコーンスープが置かれているテーブルへと向かった。
立ったまま手紙を読み始めた母さんを待つべきか考えたけれど、並べられた食事は僕のものしかない。流し台には同じお皿があったあたり、多分母さんは先に食べたんだろう。
悲鳴を上げたお腹を抑えるためにスプーンを引っ掴んだ。そのままスープをすくい、口元へ運ぶ。軽く熱を逃がしていざ、食事開始のゴングが鳴り響いた。
「ちょっと、コトア!はやく旅の準備しなさい!」
開始の合図とともに終了の合図。あと少しで口の中に広がっていたであろうコーンスープの味は、ほかでもない母さんの攻撃によって吹っ飛んだ。後ろから肘でダイレクトアタック。
僕の手から離れたスプーンが宙を舞い、中身をまき散らしながら床に落ちた。気づかずにヤヤコマが踏んだ。
ショックですぐに動けなかったが、やられたことを理解した僕は母さんをジト目で睨む。今から食べようと思ってたコーンスープをどうしてくれる。
しかし母さんはそんな僕の訴えをものともせず、興奮した目を輝かせながら握りこぶしを作っていた。いったいプラターヌ博士はどんなことを書いたんだろう。
「ご近所の子供たちと旅に出るんでしょ!待たせちゃいけないよ!」
「…母さん、僕は別に、」
「ほらほら早く!コトアもポケモントレーナーになるのは夢だったでしょ!」
「昔の話だよ。今はブリーダーになりたい」
「それならこの機会に、もっとたくさんのポケモンを学んできなさい!」
話を聞いているのかいないのか、母さんは僕が旅に行くと決め付けている。ブリーダーになるために旅はいらない。なんで引越ししたばかりで旅に出なきゃいけないんだ…
何とも言えない顔をしているだろう僕を放置し、母さんは旅に必要なものを揃え始めた。
「いつまでも家に篭ってるようじゃ、母さんも将来が心配なのよ。新しい世界を見てらっしゃいな」
「…旅の前にせめてコーンスープくらいは食べさせてもらってもいいんじゃないの?」
「一食抜いたところで死にゃしないわ」
いや、確かに人間の体は水さえ摂取してたら二週間くらいは保つらしいけど。目の前にあっておあずけ状態はさすがにないと思う。
何でもかんでも詰め込んだ大きなカバンを見て更に旅立つ気力がなくなる。必要最低限でいいよ別に。流石に旅行カバンを持って旅に出るのは…みんな軽装備だったし。折りたたみのエコバックを持っていけばなんとかなるだろう。
カバンから着替えと携帯食料、治療道具だけを取り出す。いつも携えてあるカバンに放り込み、肩からかける。空のモンスターボールも幾つか押し込んだ。
「あら、そんなので大丈夫なの?随分と軽装じゃない」
「そんなに大きい鞄だと移動が難しいんだよ。小旅行にはもってこいだろうけど」
「へー、さすがはトレーナーの卵ね!でもこれは持って行ったほうがいいわよ!」
「…ありがと」
母さんに渡されたのは地図だった。カロスに詳しくない僕にはありがたい。
いつの間に用意されていたのか、ラップに包まれたサンドウィッチを左手に持たされる。コウとセイが頭と肩に乗って来た。
「いつでも帰ってらっしゃい。どこにいても、あなたは私の子供なんだから」
「…うん」
できることなら、旅になんて出たくはないけど。母さんが言うなら旅に出たほうがいいんだろう。
いつもどおりの僕の中に、柔らかく送り出す声が反響した。