うるさいですよ黙ってください

ここまで追いかけてくるとか。
最初に浮かんだ言葉はそれで、こわばってしまった体はどうにも動きそうもなく、私はただひたすら見下ろしてくるその人間を見上げることしかできなかった。

「●●●、●●●●●」

その人はリオルにまたよくわからない言葉で話しかける。リオルが大人しく「はぁい」と返事をしていたので、先ほどの拳骨も相まって叱られたということはなんとなくわかった。
このリオルと話しているってことは、追いかけては来たけど、もしかして悪い人ではない…とか?

思えば最初に会ったときも無理矢理なんてこともなかったし、一定の距離は保たれていた気がする。逃げたのも周囲から好奇の視線を受けていたからで、別段目の前の人が何かしてくるということはなかった。
もしかして:私の勘違い?
勘違いで振り回してしまっていたようで大変申し訳ない。けど顔が怖いこの人だって悪い。うん、勝手にお互い様にしておくことにしよう。

とりあえず前の人が(こういってはなんだけど)無害であることはわかったので、肩の力を抜いてリオルに改めて向き直ろうとした、ら。

「●●●●●●●?」

増えただと…?

リオルに拳骨を落とした白いコートの人とは違う、最初に見た黒いコートを纏った人が入口の向こうから顔を出した。
一見服装が同じだからドッペルゲンガーかと思ってしまった、なんて言葉は顔を見て黙殺される。顔の造形も口が笑顔かへの字かということ以外は何もかも一緒だった。

なんだこの二人、量産型ロボットか。見分けがつきにくいから口の形とコートの色を変えましたっていう設定でもあるのか。
割と科学が発達しているはずの日本でもこれほど完璧なロボットは見たことはない、が、既に私自身の体が変化している。何が来てもファンタジーで片付けてやる意気込みだ。

「●●、●●●●●●…」
「●●●●●?」
「●●。●●●●●●●●●●●●●●」

つまり、さっき私が見たと勘違いしていた人は全くの初対面。今ここで初めて会った人。
逃げてきた人はこの黒いコートの人か、また別に量産型ロボットがいるのかという可能性の方が高いわけだ。

「●●●●●●●●●●?」

量産型ロボットたちは私にはわからない言語で会話をしたかと思うと、いきなりこちらに顔を向けて何かを言った。言語が通じないということはまったく頭にないのか、それとも通じないからこその何か言葉を告げたのかはわからない。
しかし、先ほどの言葉に何かを返すわけでもなく、二つ…リオルをいれて三つの顔がこちらを向いているので、私に何かを訊ねていたのかもしれない。

生憎、何を聞かれたのかさえわからないので答えようもない。二人の言葉がわかっているらしいリオルに視線を向けても、こちらの意図を全く汲み取ってくれず、相手は「どうしたの?」と首をかしげるばかりだ。

『あの、この人は何ていってるんですか、』
『?あなたは迷子ですか、だって。聞き取れなかった?』

聞き取れないに決まっている。目の前の彼は慣れてなんとなくわかるのかもしれないが、私はここにくるのは初めてなんだから当然だ。
次はちゃんと聞こう!元気よく放たれた言葉に泣きそうになる。聞こえていても意味が理解できないんだってば。

「●●●●●●?」

一つ目の質問に首肯すれば、次はもう少し短い音声が私の耳を通り過ぎる。注意深く聞いていても意味がわからない。言語の基礎がまだわかっていないからだろう、早めに習得する必要がありそうだ。
助けを求めてリオルに目を向けると、今度は呆れたように息を吐かれて「ちゃんと聞かないと」といわれた。

『きみのトレーナーは?いる?』
『とれーなー?』

耳慣れない、というか日常ではさほど使わないような言葉に首をかしげる。トレーナー、とは。何かを鍛える職のようにも思えるが、詳しいことはわからない。
私の反応を見てか、二人と一匹はトレーナーがいないと判断したらしい。多分いなくてもいい何かなんだろう。

それに伴い、ロボット二人はいくつか言葉を交わし、やがて白いほうのロボットが私に手を差し出した。

「●●●●●●●●●●!」

切実に翻訳機が欲しい。助けてドラ○もん、この際翻訳こんにゃくでも暗記パンでもなんでもいいから今の私に必要なものを授けるんだ。
内心でそんなことを考えたところで、ドラ○もんは私を助けに来てくれるわけではないらしい。なんて薄情なやつなんだろうか。ファンタジーの世界なら助けに来てくれてもいいだろう。

『行きたくないの?』
『え、えっと、…更生施設に?』
『迷子センターだよ!』

いきなりそんなところに送られるわけ無いからね、と、不審人物を見るような視線をぶつけられながら教えられる。なんだ、迷子センターか。迎えは来ることはないだろうけど、一時的に保護をしてくれるだけでもありがたい。
行きます、そういう意味を込めつつ白い人の手に自分の青くなった手を乗せると、白い人は浮かべていた笑みをさらに深くして私を引っ張った。

白い人に引っ張られていく私の隣をリオルが歩き、さらにその隣を黒い人が歩く。まるで家族のようなといってもいい光景のはずなのに、私の頭の中で流れるのはかの有名なドナドナだった。