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「旭」

呼ばれた名前に、引き抜いたばかりのUSBメモリを無造作に投げる。注視することなく取ったジンは、メモリに張り付けている付箋を確認し、無造作にポケットに突っ込んだ。
次の仕事の資料はお気に召したらしい。

「相変わらず仕事が早いな」

廊下に出て姿を消したジンの後ろを追いかけているのだろう、通りすがりの開いたドアからこちらを見たウォッカはにやりとこちらに笑って、そのまま反対の切れ目に消えていった。
それを見届け、張り詰めた空気のせいで止まっていた息を大きく吐き出す。

「驚いたな。あのジンが舌打ちもこぼさなかった」
「珍しくもないだろ」

スコッチが開け放たれたままのドアを見つめて言う。こいつは俺が作成中のデータを待っている最中で部屋の中にいた。
任務がないときは二人か三人で行動しているスコッチだが、今は相方と呼んでも差し支えないバーボンはいない。犬猿の仲であるライと合同任務中らしい。公私混同はしない二人だが、また殴り合って帰りが遅れるのは確実だろう。

急ぎでもないのか、立って疲れたらしい足をぶらぶら揺らしたスコッチは「確かに珍しいわけじゃないか」とのたまった。「天変地異の前触れ」

「聞かせたら擦り切れそうなくらいやりそうだな」
「会う頻度が高けりゃ、今頃ジンの舌は絆創膏だらけさ」
「違いない」

軽口を叩きながら、そいつは互いに背を向けるように座った。背もたれ代わりに体重をかけてみれば、相手も負けじとこちらにもたれ掛かってくる。
なんで背もたれがないんだよ、笑いを含んだ言い方に、好きじゃねぇんだよ、と笑いをこらえて返した。

カチカチ、操作するマウスの音が冷たい部屋に響く。温度を持たない部屋の中で、俺とスコッチだけが異質にも思えた。
パソコンでマウスを使用するかどうかは人による。USB端子の数の問題やら、操作方法の好みの問題やらがあったりするからだ。
性分としてはキーボード操作の方が合っているが、できる限りマウスを使うようにしている。ジンは俺の様子を見て眉を顰めていた。スコッチはマウスを使うことに違和感を抱いていないらしかった。

ゆっくりと作業を終えてメモリをPCから取り外せば、頼んできた本人は何かを思案するように視線をどこかに向けていた。
メモリを差し出すと、手ごと取られ弄られる。決していやらしくはない触り方が妙にカンに触った。

おい、声をかけようと口を開いて、それは自分の名前を呼ばれることによって阻まれる。

「仲いいんだな」
「は?」
「ジンと」
「…友人同士だが、それが何かあるのか?」
「ゆうじん」

素っ頓狂な響きを隠さず、スコッチは俺の言葉を反芻した。ジンに友だちがいるというのは中々想像しがたいことらしい。
確かにあの性格、あの対応では、友だちなんてものを作ろうなんて気概は見えてこないだろう。ウォッカや俺が少しばかり特殊なだけだ。特に言い訳するでもなく内心で同意しておくことにする。

「…俺は、」
「ん?」
「俺のことは、どう思ってる?」

今更なことを聞かれて、むしろ言葉に詰まった。スコッチだってジンと同じく友人だと思っている。
いや、彼だけでなく、バーボンやライも。一蓮托生と言えるほどの仲間意識を抱いていた。

俺たちは仲間だ。同じ穴の狢。たとえ外から見ると歪な関係だったとしても、今この一瞬だけでも、俺たちは志を同じくする人間だったと、そう言い切ることができる。
俺の言葉を聞いたスコッチは、しばらく口をはくはくと動かしていたが、やがてしばらくすると「そうか」とだけいって手からメモリを抜き取った。

「そろそろ行く。サンキュ」

不可解な行動だと首をひねりつつも、それ以上追求する気も起きず、とりあえずと別れの印にいつもの通り手を振ってやった。スコッチの表情は見えなかった。
ほどなくして、俺はそいつがやけに変な行動をとった理由を、否応なしに理解することになる。