Possible
スコッチがいなくなってどれほど経っただろう。
あのときから俺たちの関係はぎこちなくなり、昔のように自然と集まることもなくなった。バーボンとライの仲は特に最悪で、スコッチがいなくなってツーマンセルを組まされた二人はついぞ息が合うことはなかった。
元凶の俺はというと、なぜか二人からの接触が絶えることはなかった。バーボンは俺が告げ口したことを知らないからだろうが、ライは俺と接触している理由がわからなかった。
仕事をしていると、二人はバラバラな時間に部屋を訪れる。
こちらから話しかけることもなければ、向こうも話しかけてくることは少ない。仕事終わりに行く飲み会はゼロに近いほどまで減ってしまった。
バーボンは時折、酒の席で弱音を吐いた。
なんでスコッチが。スコッチじゃなくて僕がNOCだったら。何度も聞いた悲愴に暮れる声に胸が締め付けられる心地がした。これが俺に対する罪かと、燻る感情を静かに押し込めて愚痴を聞いていた。
淡白な関係であったらば、二人はスコッチがNOCで殺されてもここまで溝が深まることもなかったはずだ。
だが違った。俺たちは立場が違えど死場を同じくする戦友であったのだ。
少なくとも俺はそう思っていて、バーボンだっておそらく似たような感情を抱いていたはずで、そしてスコッチも俺に信頼を寄せてくれていて。
だが、崩壊したきっかけはやはり俺だったのだ。
スコッチがNOCであると告げたことを、バーボンに言うことはなかった。
NOCは排除されればそこで終わりだ。今更NOCに思いを馳せるなんて馬鹿げている。バーボンのようにスコッチと特別仲が良かったわけでもない俺が悲しむ権利なんてない。伝える意味も見いだせなかった。
少し前、ほんの二年前に、ライまでもがNOCだと判明した。
俺は知っていた。ライがFBIからやってきた捜査官であることは、ライとスコッチの最後の会話で盗聴して知っていたが、馬鹿らしくスコッチの件を引きずっていた俺は伝えることを躊躇った。
ライは組織を抜け、この前キールに殺された。
ジンやウォッカが遠目で確認して、俺も現場の状況を部屋で聞いていた。カメラも確認していた。
唯一ライを毛嫌いしていたバーボンだけはしばらく調査をしていたが、ある日「やっぱり死んでいたようです」と憎々しげに言って以来ぱったりと捜索の手を止めた。
かつて四人だった集まりは、いつの間にか半分にまで数を減らしていた。
―――
――――
「旭だからいうんですけど、」
僕も実はNOCなんですよ。
酒の席での話だった。
「知ってるよ」
互いに組織の中枢にいる者同士、監視の目は決して厳しくない。そもそもお互い酒を飲んでいるのだから、酔っぱらいの戯言を本気でとるような人間が間抜けなのだ。
当然それを軽口と受け取り、こちらも軽口のように事実を口にした。顔をほのかに赤くしたバーボンは珍しかったが、今日はハイペースで飲んでいたので仕方がないのかもしれない。何かやけ酒をするような案件にでもぶつかったんだろう。
酔った俺は、バーボンがNOCでも気にしない。だって冗談なのだ。冗談は本気じゃないのに、どうして動揺できるだろうか。
グラスに入った液体を一気に飲み干すと、隣で様子をうかがっていたバーボンはからからと笑っていた。「なんだ、知ってたんですか」
「知ってたさ。何年の付き合いになると思ってる?」
「さあ?もう覚えていませんよ」
「バーボンともあろうものが?冗談にしても性質が悪い」
「はは、」
自分も覚えていないが、とは口にしなかった。
互いに笑いあって、どちらからともなくグラスを手に取り傾ける。喉仏が上下したのを確認したら、向こうも同じようにこちらを窺っていた。
「ねえ、旭」
公安に来ませんか。
沈黙が下りる。賑やかな居酒屋だというのに、持ったグラスに入っている氷が静かに崩れる音が聞こえた。
言ったバーボンの目は涙に濡れていた。
自分の魅力を最大限にまで生かしたような顔だ。漠然とそんな考えが浮かんで、そしてなんとなく、誘いが本気であることを理解した。
これまでそいつの泣き顔は見たことがなかった。スコッチが死んだときも、ライへの恨み言をいうときも、つらい拷問の果てでさえ、こいつは弱弱しい一面を見せなかった。そんなバーボンが、泣いていた。
「俺には、無理だろうよ」
思わず本音を口にしていた。声もグラスを持った手も震えていた。
俺の返答を聞いたバーボンは勢いよく顔を上げて、「無理じゃない」と必死の形相で告げた。こいつは一体俺にどれほどの夢を抱いているのか。
涙が期待の光に輝いていて、俺の心をじわじわと追い詰める。信頼が俺の首を締めあげてひどく苦しい。
無理だ。
組織は黒で、公安は白。どちらも混じり合うことはできないし、理解しあうこともできない。そして俺は組織、黒なのだ。紙に落とした黒インクのように取返しがつかない。白には戻れない。
だが、バーボンは友人だった。俺に信頼を寄せてくれる友だちで、俺も信頼して背中を預ける相棒。俺にはジンがいるが、バーボンには誰もいない。
これ以上この親友を傷つけたくはなかった。たとえそれが組織への裏切りだったとしても、ジンに対する仇になるとしても。
悩んで、悩んで、悩んだ。
バーボンが酒の席を選んだのは、戯言として解釈できるようにというのも配慮の一つのはずだ。が、おそらくほかの理由もあっただろう。
俺が断ったとき、お互いなかった話にしたかった。旭という人間に心労をかけさせたくないという、ささやかな気配りもあったのかもしれない。
「…悪くないかもな、公安」
そういうのが精一杯だった。今一度考える時間が必要だと思った。酒の席だとか、そんな場所で軽く了承していいことではない。
保留にした返事だが、バーボンの目はきらきらと輝いていた。
酒場にきて酒も頼んだのに、お互いまったく酔っていなかった。ほんの少し、申し訳程度に口に含んで、それからはずっと水ばかり手にしていた。
けれど俺たちは互いに指摘せず、そのまま酒の席はお開きになった。
死神の足音がする、と、眠気で回りきらない頭がひそかに告げた。