ヒメカ
ポケセンに寄ってフレアたちの回復をしてから石の洞窟を訪れる。
少し遅い時間帯だからか、洞窟の中にいる人たちはまばらになっていて、今度は難なく奥に進むことに成功した。
ダイゴさんに会うついでに、数千年前のものだという壁画も見ていこう。ちょっとした仕事の報酬みたいなものという認識でもいいだろ。
そう思って薄暗い奥の方に歩を進めた。使うのにジムバッジが必要だったフラッシュはライラに覚えさせてある。リオルも俺の隣を歩いていた。
壁画の前に一人の男の人、そしてひとりの少女がいた。
「…ふむ」
水色かかった灰色の髪、特徴的な服装。どこか漂う気品。少し裾を汚しているのが彼らしい。
男性の方は間違いなく、俺が探していたダイゴさんである。
けれどあの少女はいったい…デボンの職員だろうか。いや、デボンの職員だったらあんなに幼いはずはない。デボンには大人くらいしかいなかったはずだ。
とりあえず話しかけようとその後ろに駆け寄る。どうせダイゴさんだって俺のことを覚えていないんだろうが、まあ多少馴れ馴れしくしたって気にしないだろう。
「原子の世界においてはここまで強大な力を纏っていたというのか…」
超古代ポケモン、凄まじいパワーだ。
そう呟くダイゴさんの言葉が気になって壁画に目線を向ける。薄暗い空間ではあまりはっきりと見えることはないが、なんとか形だけはわかった。
そこに描かれていたのは、超古代ポケモンのカイオーガ。そしてその視線の先に流れていくものは、三角の流れ星のようなもの。
なんだこれは。こんなもの、石の洞窟にあったのか。
「この姿は、メガシンカみたいで違う――
…まだもう少し調査する必要がありますね。連絡を入れておきます」
「うん、ありがとう。
ん?きみたちは…」
同じように壁画を見つめていると、こちらの気配を察知したダイゴさんがこちらを振り向いた。あの日と変わらない穏やかな眼差しが俺を射抜く。
それにつられて、少し変わったマルチナビを手にしている少女もこちらを向いた。しかし彼女は驚くことなくこちらに頭を下げる。
不思議そうにしているダイゴさんに一歩近づき、荷物の中に手を突っこんだ。
「彼が確か、えーと…」
「ああ、手紙を届けてくれるという…ユウキくん、だったかな?」
「…は」
預かっている手紙を渡そうとして手が止まる。ユウキ、今さっき目の前のダイゴさんは俺のことをユウキと呼んだのか。
俺は名前を名乗っていない。それに、今の名前はユウキじゃない。なのになんで知っているのか。
「初めまして、ボクはダイゴ」
重ねて混乱を引き起こすような発言をしてくるとは。
初めましてというのなら、なんで昔の俺の名前を知っているんだ。もう使われていないその名前を呼ぶのは前世を知っているやつだけのはずだ。
「私はヒメカ。よろしくね、ユウキくん」
「あ、の…俺はユウキじゃないんですけど」
笑顔で接してくる少女…ヒメカに戸惑いながら告げる。少なくとも俺はこの少女を知らないし、多分彼女が俺のことを知っているというわけでもない。
しかし俺の言葉を耳にしたヒメカは驚いて一歩後ろに下がった。なんでだ。
ダイゴさんも驚いたように目を見開いて、笑顔のまま固まる。
「…ええと、ヒメカちゃん?」
「はい」
「聞いていた話と違うような気がするんだけど」
ダイゴさんとヒメカで交わされる会話に今度はこちらが固まる番になる。なんでヒメカが俺の名前を知っているんだ。
ツワブキさんから連絡が行っているにしたって、シズクとユウキは間違わないはずだ。ヒメカは何か、俺が知らないものを知っているのか?
後でお仕置きだね、というダイゴさんの言葉に真っ赤になるヒメカを見ても、ほかの少女と何か変わった様子はない。俺の記憶の中にもこの少女はいない。
さっきのはなにかの偶然だったんだろうか。
「そういえば、まだ手紙を貰っていなかったね。渡してくれるかい?」
「え、あ、はい。これです」
ダイゴさんが出した手のひらの上に預かっていた手紙を載せる。受け取った彼がその場で読み始め、部屋には少しの沈黙が満ちた。
その間に先ほどのこと、そして目の前に広がる巨大な壁画のことのことを考える。
ヒメカと名乗る少女は記憶にない。容姿からしても見覚えがあるわけではないし、彼女の素性だってわからない。
さっきのはなにかの偶然だろうかと不審に思いつつ、カイオーガが描かれた壁画を見つめた。
「…よし、話はわかった。こちらから連絡は入れておくから、キミは安心して旅を続けてね」
「はあ」
「そしてヒメカちゃん。キミはこの…えっと、」
手紙を読み終えたダイゴさんが俺の名前を呼ぼうとしているところで詰まった。そこでようやく自己紹介をしていないことに気づく。
今更名乗るのも嫌になってユウキでいいですよ、と告げると、ダイゴさんは嬉しそうに「ユウキくん」と呼んだ。