開幕のゴングは既に鳴った

 ※サチコさんでてこない

サチコの同居人だという、トキワのジムリーダーのグリーンさん。正確に言えばグリーンさんがサチコを住まわせているのだが、俺にとってそんなことはどうでもいい。それほど大差ない。

先日偶然にもホウエンに来ていたらしいサチコと遭遇した。
幼なじみという立場ではあったものの、俺とサチコが離れている年月は長かった。ざっと計算してみても数年は離れている。
多少は気まずい雰囲気が漂うかと思っていたが、俺のそんな考えは杞憂に終わった。サチコは何年経っても変わらない。

そのことに安堵しつつ、お互いの近況を知らせていたところで出てきた名前。それがグリーンさんである。

内気で俺がいた頃にはまともに友達すら作れなかったようなサチコ。…いや、流石にほかに友達もいただろうが、少なくとも俺はそれを知ることはなかった。
そんなサチコが嬉々として語っている人物なのである。幼馴染代表としてはどんな人物かということを見定めておきたい。

いや、サチコと再会したときに一緒にいたから何となくわかってはいるが。

ちょうどホウエンでの事件もひと段落したことだし、と、サチコから聞き出していた住所を頼りにジョウトへと飛ぶ。フルフよりティアのほうが飛行速度が速いので今回はティア同伴だ。
正式にもらいうけて進化したルカリオ…カルムと話せると言ったらサチコは驚くだろうか。反応が楽しみである。

『ニヤニヤしているところ悪いけど、着いたぞ』

カルムが蔑みを含んだ視線をこちらに寄越した。そんなに口元を緩めていたつもりもなかったはずなんだが。
地図を一心に見つめていたらしいカルムは、自らの前にそびえ立つその家を見て一つ「でかいな」と零した。呆気にとられたような、毒気の抜けた素直な感想である。

カルムの一言で俺も改めてその家を見た。
家というより高級マンションといったほうが正しい。もしかするとミナモのデパート以上かもしれない高さに、1階はいかにもしっかりと整備されていますといった雰囲気を漂わせているエントランスホールが広がっている。

なんというか、話を聞いていたから一応覚悟は出来ていたが、グリーンさんはそれなりに金持ちなんだろうなとひと目でわかった。一生働いても俺はここに住めそうにない。
エレベーターを使って最上階まで登る。高度があるのでエレベーターに乗る時間も自然と長くなるので、浮遊感が苦手な人はあまり好んで来そうにない。

乳白色のエレベーターから降りてすぐ出迎えたのは一枚のドアだった。エレベーターの左側は普段使うことはないだろう綺麗な階段がのびている。あたりにほかのドアは見当たらない。

「…なあカルム、」
『なんだ』
「サチコ、この中で餓死してるとか言わないよな」

俺の言葉を鼻で笑ったカルムに一言言ってやりたい。サチコは自宅でも行動範囲を決められるほど迷子になったらしいぞ、と。
この階にドア一枚しかないとは、つまりこの最上階全てグリーンさんの部屋ということを指し示していることにほかならない。下の階から部屋に入れるのならまだしも。

下手な家よりも広そうな部屋でサチコが迷わないかときかれたら唸るしかない。なにせあいつは生粋の方向音痴だ、迷わないことなんてほとんどといっていいほどなかった。

無事に生きていればいいが。焦燥に駆られつつ、ドアの隣に備え付けられていたインターホンを押した。
こちらにはインターホンの音が聞こえてこなかった。防音がしっかりしているんだろう、まさか電池切れなんてこといたはあるまい。

そろそろスーパーのセールが始まる夕暮れどき、サチコは材料を調達するために下に降りたかもしれない。押してからふと気づいたことといえばそれくらいで、俺はそれ以外の可能性については何も考えてはいなかった。

木目柄に染まった冷たいドアがゆっくり開く。

「サチコ、遊びに…」
「あー、悪いけど新聞はもう…ん?」

絶句した、というのはまさにこういうことをいうのだと悟った。
ドアが開いて出てきたのはサチコではなく、この部屋の本来の持ち主である人物。率直に言えばグリーンさんだったのだ。

グリーンさんってジムリーダーだよな。ジムリーダーってこんなに早く帰ってくるもんだったか?ホウエンのジムはたしか午後八時くらいまではジムリーダーがいたような…ホウエンが特殊なんだろうか。
というかサチコはどこいった。

固まったまま動けなかった俺より先に、グリーンさんはこの状況を理解してしまったらしい。軽くドアを抑えつつ「ああ」と納得したように首を縦に振った。

「サチコに会いに来たのか。えっと…シズク?だっけ」

まさか名前どころか用件まで把握されてしまうとは。もしかしてこんなところまでくるような人はあまりいないんだろうか。うわ自分恥ずかしい。
どうせ連絡先交換してるんだから、先にアポとってきたほうがよかったかもしれない。

グリーンさんの問いかけに曖昧に頷きつつ、どうして部屋にいるのかを問う。名前は合っているが、今回の本命はサチコではなくグリーンさんだ。サチコがいない間に見定められるならそれに越したことはない。

問いかけてはいなかったが、サチコはグリーンさんのお姉さんと買い物に出かけているらしく、夜まで帰ってこないと教えてくれた。そしてグリーンさんはジムを休みにして必要書類を片付けていたんだとか。
ジムリーダーとひとえに言ってもいろんな仕事があるんだな。

「そういうわけだから、サチコに会いたいなら明日にでも…」
「あ、いや、今日はサチコに会いにきたんじゃなくて」

グリーンさんに会いに来ました。
口の端が釣り上がる。呆気にとられた表情をしたグリーンさんを見ていると一枚上手に感じてしまうから不思議だ。一応彼は先輩なんだが。

「サチコ、元気にしてます?」

笑って問いかけてやれば、向こうも俺が何をするためにここまで来たのかを察したらしく不敵に笑った。
ああ、やはりこの人は侮れない。サチコに対してのレーダーはきちんと張っているようだ。それがいいことなのかどうかは知らないが、俺の中のわだかまりを大きくさせたことは間違いない。

この人に任せるのは安全だろう。しかしそれを認めるのは俺のプライドが許さない。

きっとサチコは彼といれば幸せになることだってできるが、そう簡単に認めることなんてできるはずがないのだ。なんせ俺のほうがサチコといた時間が長いんだから。
俺とグリーンさんの間に火花が散ったのを薄々自覚しながら、とりあえず宣戦布告をするために家に上げてもらうよう頼んだ。