もどかしい私たちの人間関係

  ※If設定でもしシズクが女だったら、という話です。


「…また来たのか、お前さん」

ドアのそばで佇む私を視界に入れると同時、呆れたように投げられた言葉はいつもどおりで肩の力を抜く。また来ちゃいました、軽い響きを装って返答し、相手が腰掛けている椅子から少し離れた場所に座り込む。
もはや定位置と成り果ててしまったそこはいつでも綺麗に片付けられている。少し忙しそうにしているときは綺麗好きな彼であっても多少は散らかしてしまっているが、私が来たときはいつもその場所に荷物はおいていない。

体育座りで膝に顔をうずめ、ふうと短い息を吐く。相手、カルミアさんは、そんな私の様子をみていつもどおりと判断したのか、手に持っていた本へ視線を戻した。
どくり、重く早く響く心臓の音が鬱陶しくて憂鬱だ。早く落ち着いてくれたらと、もう何回願ったかも忘れてしまうような思いを心内で誰に言うわけでもなく呟いて、乱れた息の合間にほんの少しのため息を織り交ぜた。

カルミアさんが好んで使っている時計がかちかちと音を立てて時間の経過を知らせる。
デジタルでなくアナログなところがこの人らしい。マルチナビさえあればいつでも時間を確認できるので、私はアナログらしいアナログ時計は持っていないのだ。

乱れた息をゆっくりと整えていけば、ひどくかき乱されていた感情も幾分か落ち着いてくる。カルミアさんはずっと黙って本に視線を向けて目を滑らせていた。

今回の原因、中々素直になれなかったこと。
いつものことだが、あまり迷惑をかけたくないと思って何もいわなかったらこっぴどく叱られた。ハルカも困ったように笑っていたし、サチコに至っては泣かれた。
私が危険なことに巻き込まれていると心配だっていわれた。きっとあいつがいっている心配は友達としての心配だろう。

「ムキになって言い返したけど」

別にいいじゃないか、ダイゴさんに頼まれた仕事に行くくらい。確かに手酷い失敗をしたら死ぬかも知れないものだったが、そんなヘマは常人でもしないくらいだ。
サチコなんて持ち前の不幸体質でいつも危険な目に遭ってるし、私より少し上くらいのヒメカだってダイゴさんと一緒にホウエン中を回っていろんな仕事をしている。ホウカだって、一緒にアクア団やマグマ団と戦ったし。何が違うというのか。

大体あいつにはいっていなくとも前世じゃ私は男だったのだ。
仕草や喋り方は女らしくしつけられたし、性格だってお世辞にも雄々しいわけじゃないが、私の中にある元男としてのプライドは腐りきっちゃいない。面倒な性分を抱えている自覚はあってもさらさら直すつもりはない。

きつく言いすぎたのでハルカとサチコにはごめんと謝ったものの、あいつに対しての謝罪はする気さえ起きない。だってあいつ、ホウカとかヒメカ、それにこの前演奏会で出会ったらしいミハルさんの話しかしなかった。
好きな奴に他の女の人の話を延々と聞かされるこっちの身にもなってみろ。何が「せめてミハルさんみたいにお淑やかな趣味を持て」だ、バカ野郎。私だってなりたくて女に生まれたわけじゃないのに。

「あいつ、絶対私のこと友達ってしか思ってない」

八つ当たりも込めて口に出す。少し見上げた先にいるカルミアさんは特に返答することなく、男の人らしい骨ばった指でページをめくる軽い音を響かせた。
励ましのないこの空間は気持ちの整理がつけやすい。ハルカやサチコは私の泣き言に励ましをくれるが、今はそれすら受け入れられないくらい凹みきっている。二人は夢見る女の子だから、私の恋だってうまくいくと本気で思っているんだろう。

事情をあまり話していないカルミアさんには悪いけど、やはりこれからも数え切れないほど彼を訪ねると思う。なにせ私たちが苦心して探し出したコトアはいつでも足取りが掴めるわけじゃないので。

私だって隠し事がうまいわけじゃない、むしろモロバレしているはずなのに、あいつは本当に何もいってこない。あいつに会えばいつも口から出てくるのは淑やかさを持てだの、サチコとハルカを心配させるなだの、耳が痛いことばかりだ。
ちらと椅子に座っているカルミアさんを見上げれば、本を傍らに置いてメモ帳に何か記していた。衝動でここを訪ねてしまったが、もしかしたら仕事中なのかもしれない。

カルミアさんはまだ独身らしい。おとなのいろけとやらが凄いのに、イイ人が見つからないんだと彼の双子の兄(姉?)であるイベリスさんから聞いた。
この人は優しくていい人。私みたいな安っぽい子供の恋愛に悩むやつを部屋に入れてくれて、ちょうどいいくらいに放っておいてくれるし、まさにかっこいい大人の一人とも言える。

「カルミアさんみたいな人を好きになれたら良かったのに」

なんであいつのことでこんなにうだうだと悩まなくちゃいけないんだろうか。
ぼやいてまた膝に顔をうずめる。彼が座っているあたりから、馬鹿をいうなよ、と、少し厳しい言葉が降ってきた。わかってますよ、カルミアさんは私みたいなガキはタイプじゃないですもんね。

恋愛なんてままならないものだ。今だってあいつよりカルミアさんのほうがずっといい男だって思えるのに、それよりあいつのほうが好きだと思ってしまう。恋愛はとても面倒くさい。
息も整ってしまったので立ち上がる。仕事をしている場所に長く居座るのも申し訳ないし、激しい感情もだいぶ収まってきた。そろそろお暇しよう。

「なんだ、今日はもう帰るのか」

少し拍子抜けしたような声色で問われるが、当の本人の視線は相変わらずメモ帳と本に向けられていた。仕事をしながら人に気を配るなんて、毎回思うが器用な人だ。

「今日は話すようなことも、あんまりなかったから」

次に来るのはおそらくコナラの知り合い(友達?)からの仕事を終えてからになる、その頃には話すことは増えているだろう。このあとイベリスさんにも会いにいこうと思うので時間も言うほどあるわけじゃない。
閉められたドアを開けようと手をかけたとき、後ろから声がかかる。

「…たまには恋愛ものの話を書こうと考えているんだが、」

そこで詰まった言葉。幾分かの時間をかけてその言葉に込められた意味を理解し、思わず笑みをこぼしてしまった。
予定さえ合えば話しに来ますね、とお礼も込めて返し、鈍い悲鳴をあげるドアノブをひねって扉を開ける。カルミアさんは空いた左手をひらひらと振ってはくれたがこちらに目は向けない。
多少のフィルターがかかっていたりだとか、恋愛が失敗していたりしても許してくれるだろうか。

「器用なのに、そういうところは不器用なんだなあ」

そういうところも含めてカルミアさんはいい人だ。本当、なんでカルミアさんを好きにならなかったんだろう。そうしたらずっとハルカとサチコを含めた四人で友達でいられたのに。
また沈みそうになる思考を振り払い、無理矢理楽しいと感じた出来事を思い返す。カルミアさんのおかげで気持ちが少し楽になったし、忙しそうじゃなければイベリスさんにまた話を聞いてもらおう。

あいつ…リブレにはしばらく会ってなるものかと固く決意し、私は目的地に進む足を心なし早めることにした。


 もどかしい私たちの人間関係
(次の仕事で遠くの地方に行けたらいいなとぼやく)