ただの友達でいてあげる
※Ifのコトアとジゼルさんのお話です。普段はこんなのじゃなく普通の友達。
選り好み分かれてくるネタだと思うので注意(すこしCP要素入ります)
どうやら僕は、記憶の一部をどこかに置き忘れてきたらしい。
目の前で所在なさげにうろうろと視線を動かす少女はシズクの知り合い、というか友達。名前はジゼル。
ジゼルはそのシズク経由で知り合った友達、らしい。僕には少し自信がない。
どうにもジゼルに対しての記憶がひどくあやふやになっているようで、再会した当初なんか目の前の少女が誰なのかすら忘れかけていたほどだ。特に自覚はなかったが、僕はどうやら薄情なやつらしい。
それを聞いたシズクやハルカちゃん、セレナたちは微妙な顔をしていた。そのあといくつか質問をされたけれど、どうやら思い出せないのは彼女に関しての部分だけで、他は特に目立った忘れ方をしているわけではないそうだ。
我ながら変な忘れ方をしているなあと思うのだけれど、そうなってしまった原因なんかも前後の記憶がなくては明確には見えてこないとかで、治るかどうかもわからないらしい。心に負担がかかりすぎたんじゃないかというのはジョーイさんの話だ。
どうにもそんなことは本人にも隠せないだろうと、シズクたちに頼んでそれを伝えてもらった。そう目の前の少女から聞かされた。
名前は、なんだっけ。確か、そう、ジゼル。
さっき聞かされたばかりなのにまた忘れかけているなんておかしいなあとぼんやりする頭で考える。そこまで記憶力が悪いわけじゃないのに、最近の僕はやっぱりおかしい。
目の前の少女はいつにもましてぼけている僕を見てどこか悲しそうに目を伏せた。うん、友達が自分のことを忘れてしまうなんて思うわけないもんね。僕もそんなことをされたら憤慨して縁を切っているところだ。
しかしまあ、ジョーイさんの言葉を借りるとするなら「彼女といることで心に負担がかかる」わけだけれど、別にそんなこともないような気がするのは僕だけか。
「…コトア、は」
少し固い声色で、彼女はおそるおそる僕に問いかける。本当に覚えていないのかと。
残念ながら本当のことなので、彼女の問いに頷いた。彼女は肩を落とし、そっか、とか細く呟いて黙ってしまった。
困った。引越しばかりで友達をあまりつくらなかったし関わらなかったので、こういうときにいったいどんな言葉を返せばいいのかわからない。
相手が悪いのであれば何か言えることだってあっただろうけど、今回は僕が忘れているのが原因だ。心の負担が云々という話をされたとしても、彼女の行動は別に負担がかかるようなこともないのでカウントできないし。
これ、ジョーイさんが悩みを増やしているような気がして仕方ないなあ。緊張感のない思考で少し疲れ気味だったジョーイさんに毒を吐き、ぽつんと置いてけぼりにされていたジゼルにごめんねと謝った。彼女は首を振った。
「…知ってたよ」
「え、」
「シズクに聞く前から…コトア、特訓の約束をしても来ないときがあったもの」
だから思い切って問い詰めたら、そんな約束してたかな、なんて不思議そうに首をかしげてた。手帳を確認してもらったら確かに書いてあったのに。
僕の手に握られた手帳を奪い取って、彼女は丁寧にそれを開いた。
しばらくぱらぱらとめくったあとに指された場所、今日の日付、確かに彼女の名前が記されていた。僕はその名前を書いた記憶がない。文字は普段書くものより小さくて丸い字だった。
「そんなことが段々増えてきて、約束どころか前にあったことまで忘れ始めて…それで前回は、私の顔を忘れてた」
「、」
「キミは全然、自覚もないくらい自然に私のことを遠ざけていくの」
原因は私も知らない、と、ジゼルはいう。
おそらく彼女が気づいたときはただの物忘れだと気にもとめなかったんだろう。ここまで症状が酷くなるなんて思ってもみなかったのかもしれない。
それが普通だ。だって僕は、彼女のこと以外ならちゃんと思い出せるのだ。
なんでこんなことが起きてしまったんだろう。彼女は悪くない。僕もきっと、悪くない。
悪いのはいったいなんだろう。原因は僕のどこにあるんだろう。
ねえ、少し震えた声が鼓膜を叩く。
「コトアの記憶がなくなっても、私たちは友達だよね?」
いなくなったりなんかしないよね、どこか怯えを含んだ問いは、瞬きほどの間を生んだ。
その間は長かったのか短かったのか、僕にとってはとてつもなく長い時間のように思えたけれど、彼女はいったいどう感じていたのだろう。それを知ることはきっと未来永劫ないけれど。
きっと彼女は思い出していた。シズクがアクア団の引き起こした事件に巻き込まれていたときのことを。何もできないと震えてうずくまっていただろうその時間を。
いなくなるかもしれないという恐怖が襲いかかるあの日を繰り返したくないと、きっとそう思って。
これ以上彼女を苦しめたくはない。縁を切ってしまえと心で誰かが囁くけれど、生憎そんなひどい言葉よりも甘く優しい言葉が僕を誘惑していく。
だって一緒にいれば、この得体の知れない焦燥感や彼女を忘れてしまった原因がわかるかも知れないじゃないか。
「…きみが、それを許してくれるのなら」
かろうじて絞り出した言葉に、彼女は花が開いたような可憐な笑みを浮かべて、そして僕の腕を控えめに引いた。そのときどくりと心臓が音を立てて、そして僕はまた彼女の名前を忘れてしまった。
ただの友達でいてあげる
(だからずっとそばにいて)
↓おまけでシズクとコトアの会話
「そういえば、シズクは知ってるかな」
「何を?」
「人間はショックが大きすぎると忘却に走ることもあるんだって。
そうだね、例えばキミに兄弟が居たとして――別にどっちが上とか性別とかは関係ないよ」
「おう」
「その兄弟が亡くなったとき、葬式もあげてお墓も作って、例えその場にいなくても葬儀の写真とかでちゃんと亡くなったことを確認したはずのに、しばらくしてふとシズクが「兄弟から連絡が来ない」なんて話をするんだ」
「俺が?」
「そう、キミが」
「いや、兄弟いないけど」
「例え話だよ」
「ああ、そういえばそうだったな」
「で、まあ挙げたのは別の人の実例だったわけだけど」
「なんだそれ怖い」
「他にも色々あるよ。死んだのに「妻が家出した」なんていってるとか、他は普通で落ち着いてるいい人だったのに」
「怖いからそれ以上はやめろ」
「それで、僕が気になったのはその実例の内容とかじゃないんだけど」
「おう」
「大切な人が亡くなる、事故、以外に記憶がなくなる大きなショックってあると思う?」
「…ん?どういうことだ?」
「例えば、」
「悲しいほど好きで仕方なくて、でもその人には別に結ばれた相手が出てきたら、あるいは発覚したら、記憶ってなくなるのかな、とか」
「キミでいうハルカちゃんがリブレくんと結ばれてる状態だよ」
「あの二人が結ばれることはまずないと思うけど、つか俺でいうなよ」
「ごめん、つい」
「それで、例えのもので考えなくてもいいんだけど、記憶ってこういうのでもなくなるのかな」
「それを知ったところで利益はないと思うぞ」
「だよね。僕がそんな風に恋愛するなんて考えられないし」
「違う、俺が言いたいのはそっちじゃない」
「どちらにしても、僕の人生には恋愛なんて言葉絶対ないから、シズクで試そうと思うんだけど。どう?」
「…お前、いい加減周りの感情に目を向けてやれよ…それと、その提案は丁重にお断りしておく」
「…なくなるにしたらどんな風になくなっていくのかって気にならない?」
「ならないです」
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わかりにくいと思うので長々とした補足↓
・コトアは自分は恋なんてしないと思っています。恋っていうのは自分には関係ないもので、地球がひっくり返っても有り得ないな、とかそんな感じ。
おまけで言っていた「僕の人生には恋愛なんて言葉絶対ないから」がその心境を表しています。
・ジゼルさんは別の人(?)に恋をしています。なのでコトアに気持ちが向いてないし、これからも向くことはない。コトアは友達。
・ここまででわかるかと思いますが、コトアがジゼルさんに恋をしてしまったというお話です。
恋なんて有り得ないと思っていたのにジゼルさんに惚れてしまって、しかも彼女は別に想い人がいる。気づいたときには既に遅し、気のせいだったですまないほどの恋心。
そんな心が自分にもあるなんて、そもそも相手は自分なんて見ていない、という二重の衝撃で精神を摩耗してしまい、心が危険信号を発していきます。
恋心を否定し続けるコトアはじわじわと恋心をなくしていこうと無意識に恋の記憶を消していく。恋の記憶=ジゼルさんと過ごした日々という感じになります。
・ジゼルさんはそんな心を知るわけがないし、周りも症状がひどくなるまで気付かなかった、本人は原因を恋の記憶として忘れてしまったので事実上原因は闇に葬られた状態に。
・コトアがジゼルさんに惚れていたことは誰も知りません。
・おまけの会話はコトアは恋心はまだ芽生えていないか、あるいはジゼルさんに会ったことがないときに交わされたものになります