そういうところが大嫌い
「振られたのよ」
酒を煽りつつ、隣の存在にやけ酒の理由を告げる。告げた相手は特に興味を示した様子も見せず、「ふうん」とだけいってクロッキー帳に向き合っている。
その前に出されている山積みの資料を睨みつけ、中身のなくなったグラスを机に叩きつけるようにして置いた彼女は、カウンターの向こうでグラスを磨いている店員に新たなカクテルの名前を告げた。
事務的に注文を受け付けたバーテンダーが後ろの棚にある酒を取りに行くと同時、酒を煽っていた彼女が机に突っ伏す。
「こっちは結婚まで考えてたってのにひどい裏切りじゃない!「好きな人ができました」ぁ!?ふざけんじゃないわよ!」
「へー」
「しかもあいつ、私のことを財布だって言ったのよ!!恋人ですらなかったっていうの!?」
「うんうん」
「もう絶対許さない…!別れ際にザードでズタボロにしてやってもまだ足りないわ!」
「へーそうなんだ」
ザードとは彼女が所有しているリザードンのことである。
彼女…ヒバリの話は聞く人が聞けば顔を真っ青に染める案件なのだが、それを聞き流す相手は特に気にした様子を見せることなくクロッキー帳を眺めている。
とんとん、手に持った鉛筆を机に軽くぶつける音の発生源である男性、ボロニアは、彼女の話よりも重きを置いている悩みがある。デザインしたいものが思い浮かばないという悩みが。
ボロニアが隣に目をやれば、そこには既に酩酊状態になったヒバリの姿がある。そもそもこの人間がこの場所にいなければ、彼は程よく静かな空間で鉛の筆を迷うことなく動かしていただろう。
彼女が家に突撃してきたときには既に足取りすらおぼつかないほどに酔っ払っていたというのに、その家からわざわざ引っ張り出されて別の店に飲みに行くというのだから、ヒバリにはそのつもりがなくとも相当の酒好きである。
宅飲みでも良かったのでは、などと考えることはない。
なにせボロニアの家にはヒバリと宅飲みができるほど酒はおいていないし、家が酒臭くなるのは本人にとっても好ましくない。
そういった点では気遣いができるのにな、と、心中のみでつぶやき、言葉にならない怒りを吐き出し続けているヒバリの隣で適当に相槌を打ちつつ鉛筆を意味もなく動かしてみる。彼女の愚痴とともに思い浮かんでいたデザインも思考から流れてしまった。
「何が行き遅れおばさんよ、私まだ25なのよ。若さにばっかりかまけるんじゃないわよ…ひっく」
「はいはい」
「ぼろにあはいいわよね、どうせ素敵なお嫁さんが来るんだからぁ」
「ふーん」
残念ながらヒバリは酒が入ると他人に絡むタイプだった。
当然付き添いで来ていたボロニアも少なからず絡まれるわけだが、もう慣れたように会話すら成立していない相槌を打つものだから、傍から聞いている分にはわけのわからない応酬が繰り広げられている。
ヒバリの男運は全くといい程にない。引っ掛ける男の誰しもが何かしらの問題を抱えていたり、浮気をしていたり、はたまたヒバリの勘違いだけで終わったりと様々な破局を迎えている。
今回はどうやら相手の事情が悪かったようだというのは既にわかりきっている。どこまでも男運はないらしい。
「もう男で私が好きだったら誰でもいい気がしてきたわ…」
「節操なしだね」
愚痴が始まってからどれほどの時間が経ったのか、唐突にヒバリがそんなことをぼやいた。
このやり取りも両手の指だけでは数え切れないほどに交わされたものである。ボロニアはいつもこのぼやきにだけはまともに反応する。
それはようやく話を聞く気になったからではなく、愚痴の終わりを示す合図のようなものだからだ。
資料の脇に置かれた烏龍茶を軽く口に含み、進んだ様子のないクロッキー帳を眺めながらそう口走れば、ボロニアの隣にいた彼女は「実際にはそうならないわよ」と肌を真っ赤にしたまま反論する。
慣れたやり取り。飽きるほどに繰り返されているので、彼はこのあとの出来事もなんなく想像がつく。酔いが醒めたの、そういって自分の頼んだものの値段よりも多い料金を置いてさっさと先に帰ってしまうのだ。
立ち上がろうとする彼女に、ふと発言に引っ掛かりを覚えたボロニアは顔を上げる。
「男でヒバリさんが好きっていうなら、僕とかコトアくんとかでもいいの?」
純粋な疑問だったそれに、意外にもヒバリは即答した。
「いいわけないじゃない」
「え、」
「愚痴聞いてくれる人がいなくなるでしょ」
彼氏には多少なりとも猫をかぶるものよ、と、平然と言い放った彼女は、いつもの通り少し多い額を置いてさっさとバーの外へ出ていってしまった。呆然としていた彼は、我に返って追いかけても無駄だということを悟る。
純粋なトレーナーでもブリーダーでもない彼女だが、持っているポケモンはそこいらのトレーナーと同じ程の力量を持っているのだ。追いつくことは難しい。
彼女の発言が親愛から来たものだろうということくらい、彼は知っていた。ヒバリは良くも悪くも素直なのである。
「けど、なんとなく…」
腹立つよねぇ。
感情で色付きこぼれた言葉は、誰に届くというわけでもなく空気に溶けるだけだった。