Invitation
軽快な音を立ててメールの受信を知らせたのは、大して情報も入っていない私用の携帯だった。
急ぎの仕事を任されているわけでもなかったので、気分転換にと古くなったガラケーの画面を覗き込んだ。白と黒で彩られた簡素な内容が目に飛び込んでくる。
「仮想体感ゲーム機"コクーン"、完成記念パーティのお知らせ…」
歳を重ねたからか、どうにも物忘れがひどくなっているらしい。覚えのないゲーム機の名前に首をひねる。
私用の方にメールが入ったということは組織の仕事ではない。だが、確かに趣味の範囲でプログラミングなどを学んではいるが、果たしてゲーム制作などに参加したことがあっただろうか。
脆弱な脳みそに頼り続けても無駄だということは知っている。過去に送られてきたものを一気に見返せば、意外にもあっさりと答えが提示された。
「二年前ぐらいか」
生憎、私用の方に登録されているアドレスは自分の仕事用の携帯と、あとは趣味に必要なものくらいで、悲しいかな送られてくるメールはかなり少ない。組織に入ると決めたときにすべての関係をリセットしたから仕方ないのだが。
組織でも気の置けない人間はいるものの、私用の連絡先を教えたところでどうせ仕事用の携帯でほぼやり取りを終えてしまう。考えるだけでも淋しい人間だ。
さて、二年ほど前といったらライがNOCと組織にバレた時期で、逃げられたと同時にそいつが受け持っていた山のような取引の数が襲ってきた頃合だ。
ライが逃げる前にほんの少し関わらせてもらおうと打診していた仕事の一つだろう。仕事の合間に仕事をするなんてワーカーホリックの気がしなくもないが、探り屋もといバーボンのほうがよほど仕事人間なので気にしない。どうせプライベートの携帯も俺と似たり寄ったりだと予測する。
一度受けた仕事は最後までやり通す主義のため、根性で終わらせたはずだが、これまでにないほど体を酷使したせいで一時期の記憶は飛んでいる。つまり忘却の原因はライだ。
組織を抜けてなお苦しませてくるあたり、ライは中々のやり手と見える。
既に忘れ去っていた仕事だったが、完成記念にそれを見せてもらえるというのなら気にならないはずがない。自分の組んだプログラムなんて些細なもので、使われていない説のほうが濃厚なのは確かだったが。
参加の是非を問う文面にYesの文字を返し、今度は仕事用の携帯でアドレス帳を開いた。
「…ジンか? …ああ、いや、今度の休暇の話なんだが…」
最初に言っておくとするのなら、これは完全に俺の趣味であって、組織には何も関わらせていない。俺の趣味は精々ジンと、そのそばに控えるウォッカと、あとはバーボンとライくらいしか話したことがない。スコッチは喋る前に死んだ。
思い出して、じくりと胸が痛んだ。裏切り者のことを引きずるなんて甘い人間の印のようで気分はよくない。
せめてコクーンで気晴らしをさせてもらおうと思考を切り替えた俺は、自分がそれなりに大きな事件に巻き込まれる可能性を微塵も考えていなかった。