By chance

知った顔の人間に粗方挨拶を済ませて一息をつく。
パーティーというだけあって、会場は人が多い。普段の仕事場が仕事場なので、大人数に慣れるまでは時間がかかりそうだ。

歪な形をしているネクタイを弄りつつ、人の気配から遠ざかるためバルコニーを目指す。昔はバーボンが見かねて結び直してくれていたが、今回は休暇である上気まずい関係が続いている。頼むのも気が引けた。
ここまで人が多いと気が散って疲れてくる。元来、人通りの多い場所は苦手なのだ。そうでなくとも目が回りそうなほどの密集率だが。

ようやく外に出られそうな場所を見つけて手をかける。夏場なので不快な湿気と熱にさらされることになるが、それでも会場内よりは幾分かマシだろう。
しかし、外に出る俺を阻むように、油断していた後頭部に何かが直撃した。

「うっ」

呻き、素早く振り返って原因を確認する。派手に事故が起きたわけでもなさそうで、しかし周囲の人間はざわめいていた。それを嘲笑うように宙を舞うサッカーボール。周りへの警戒を怠っていた自分に苛立ちが募った。

「おい、そこのガキども」

オーライ、こっちだ。大声ではしゃぎながらボールを蹴る姿は大変微笑ましいが、残念なことに場所が適していない。大勢の客がいる、調理済みの食べ物や貴重品が並んだ机も大量にある状況でのサッカーはヘマをすると被害が馬鹿にならない。
ここで賭け事なんてやっていたらば、テーブル上の勝負を一度おじゃんにしていたことだろう。

声をかけてもそれが自分たちだとわかっていないのか、それともあえて聞こえないふりをしているのか、そいつらがこちらを振り向く様子はない。
苛立ちに任せて隣を走り抜けようとするガキの首根っこを引っ掴んで持ち上げてやれば、流石に無視をするのも難しいと思ったらしく、不機嫌そうな顔で「何すんだ、オッサン」と低い声で問うてきた。

「迷惑だ。ガキらしくはしゃぐのはいいが、時間と場所を考えろ」
「はぁ?」
「誰だよアンタ」

目を細める。
別に、名前が知られていないことはいい。なにせ関わったのは二年前、しかもごく少数。組織の面から考えればいい兆候といって差し支えないほどだ。…が、知らない人間に対する接し方も学んでいないとなると、教育者の質がわかる。

持ち上げていたガキを床に降ろし、集まってきたガキ含め四人と向かい合う。腰までしかない身長のそいつらを上から落とさなかっただけでも褒めてほしい。

「お前たちと同じ招待客の一人だが?」
「同じ? 一緒にすんなよ。オッサンはどう見たって一般人…俺たちとは生まれが違うぜ」
「へえ」

どう見ても一般人というのは嬉しい誤算だ。それなりに馴染めているか心配していたので、第三者からの意見は大変参考になる。
怪しい動きをしない限り、自分の顔が一般人とさしてかわりないことは自覚済みだ。バーボンやベルモットからは不評だった安物のスーツもそれに拍車をかけているだろう。

が、それとこれとは話が別だ。そもそも俺にとっては嬉しい誤算だが、一般人がどうのと言われる筋合いはないし、生まれが違うなんて言葉もここで使うものではない。ましてや社会のノウハウを知らない子供が使えるものではないのだ。

「ここではお前らも俺も同じ招待客だ。生まれは引き合いに出されるもんじゃあねえよ」
「えっらそーに! 俺のじいちゃんのほうがよほど地位が高いんだぞ!」
「それはお前の祖父の話であって、お前じゃあない」
「お金貸してやんねーぞ!」
「今は小遣いを借りるほど金には困ってない」

言い負かしていくごとに不愉快だと言わんばかりの顔をしていく子供四人。挑発としてガキどもの視線の高さまで屈んでやれば、親の仇を見るような視線で睨まれる。痛くも痒くもないが。

「いいか、お前たちはいいかも知れんが、お前たちの振る舞いは親に影響する」
「あ?」
「ガキの躾すらできないのかと、親の品位を貶めていることを自覚しろ。お前の親の品位を貶めると、あとで苦労するのは自分たちだ」

ガキに熱くなって口論してしまうあたり、自分も短気な部分は治っていないらしい。
言いたいことは言えたので、あとはガキどもの判断次第だ。改心しようとしまいと自分に関係はないだろう。当分金を借りるような用件もなさそうだし。

改めてバルコニーに向かおうと足を踏み出したところで、床に何か転がっているのに気づく。大きめのレンズがはまったメガネだ。

「あ、それボクの!」

拾い上げると、慌てた声が前方から聞こえてくる。メガネの大きさから察するに子供だろうと、惰性でしゃがんだまま顔をあげた。
こちらに駆け寄ってきたのは案の定子供で、メガネを手渡してやると屈託のない笑顔で礼を言われた。身なりからしてさほど裕福でもないところの出なんだろう、先ほどのサッカーしているガキどもよりよほど好感が持てる。

「もうなくすなよ」
「うん!」

元気よく返事した子供についでに飴を渡せば、少しの間が空いて再び礼を口にされた。一瞬顔が歪んだのは気のせいか。
ふと子供の後ろを覗きみる。子供と同い年ほどだろうか、どこか見覚えのある少女が震えながら少年の服を掴んでいた。人見知りにしては様子がおかしいような。

声をかけようとすると、前にいた少年がさっさと少女を連れて俺の視界から消えていった。

「…?」

なんだったんだ、さっきの。
どこかで見覚えがある顔といい、挙動不審な行動といい、彼らは何かしら俺に関わりがあったんだろうか。仇討ちされるにしても穏和だった気がするが。思い出そうと頭を回すも答えは出ない。

結果はどうあれ、悩みの要因が増えたと溜息を押さえつけながら、俺はようやっとバルコニーに足を踏み出すことができた。