僕らの幸せ家族計画

 ※IF√です


「おい、やめろ、気持ち悪い」
「いいじゃないですか。大体、名前は今まで何もしなかったでしょう。今更口出ししないでくださいよ」
「わかった、今度からやる、だからそれはやめ、っあ」

ぼちゃん。
勢いよく落ちていったそれに顔を歪めた。ついでに内心で叫んだ。最悪なものを入れた男を思わず睨みつける。
睨んだ相手、安室透は俺の視線など意にも介さず丁寧な手さばきでお玉を操った。変色したそれをさっさと取り除いて、ほんの少し汁の味見をすると一つ頷いてこちらに手を伸ばす。「白菜とってください」

「…豆腐を取れといった記憶はないぞ」

手に乗せたものを見ることもせずにそう答えた安室さんに舌打ちし、次は切れていない白菜を手渡すと、流石に苛立ったらしくきつい視線が飛んでくる。ほんの意趣返しをしただけで俺は悪くない。
いい年した人間が大人げないな、鼻で笑うように言ってやれば、まだ手に持っていた白菜をこちらに投げた。

「次やったら鍋を口に突っ込むからな」
「鈴が泣くぞ」
「ふん、今なら作り直せる」
「まだ何もしてねぇよ」
「今やった。俺の計画をおじゃんにしたな」
「うわっ! やめろ、近づけんな!」

変色した物体X、もとい出汁を取るための昆布がこちらに近づいてくる。咄嗟にドア付近まで下がれば、安室さんは昆布を邪魔にならない程度の位置に置いた。綺麗に切られた白菜が沸騰した湯の中に落ちていく。
様子を見ようと一歩踏み出す。すぐさま突きつけられた昆布に身を引いた。

「そこで見ててください」

安室さんの手が届く範囲で一番俺に近いところに昆布の入った皿が置かれる。昆布は盛り塩の役目でも果たすのか。
なるべくなら昆布に近づきたくないので、諦めてドアを開いた。向こう側に広がる部屋の真ん中には大きめの炬燵が鎮座しており、そこでは俺より少し幼いくらいの男と小学生程度の少女が蜜柑を剥きながら談笑していた。こちらの雰囲気はお構いなしらしい。

空いた部分に入り込んであぐらをかく。すると二人がこちらを見てくふくふと笑うので、とうとう頭がやられたかと呆れた視線をやった。
男は視線に含まれた意味を悟ったようで、どうにも笑いが収まらないうちに首を横に振って否定する。

「随分と丸くなったなって話をしてたんだよ」
「あ?」
「ほら、前は酒盛りはしたけど、鍋囲むなんてしなかったし。誰かの家で飯なんて食ったことなかったろ?」
「…それはお前らが誘いを断ったからだ」
「ははっ、違いない」

お互い年とったなぁ、なんてへらへらと腑抜けた笑顔を隠さないまま告げられてしまい、どうにも言葉を返せなかった。関係が改善したことくらいは自覚済みだ。
ただ言いたい。関係がよくなろうと、自分が丸くなったとは思っていない。俺はまだやろうと思えば目の前の男だって手にかけるだろう。こればかりは持った性分が関係しているんだろうが、どちらかといえば丸くなったのは俺ではなく、前の男の方である。

組織で鍋を囲んだことも、ついでに言えばある程度の人間が知っているセーフハウスでの食事も、俺は何度かやったことがある。毒も盛られたが全員が素知らぬふりをして手をつけなかったのは当然の出来事だ。
しかしそんなことは今となってはどうでもいいこと。晩飯前に蜜柑を食べるかどうか悩んでいると、隣からそっと剥かれたそれが差し出される。

「あの、よかったら」

男とどこか似た風貌の少女が小さく笑いながら手を伸ばしていた。分けてくれるらしい。
軽く礼を告げてそのまま口に含むと、少女は顔を真っ赤にして手を引っ込めてしまう。何かあったのかと口をもごもごさせつつ首をかしげていれば、男が苦い顔で「あんまり外でやるなよ、それ」と注意を促した。

結局明確に理由は教えてもらえず、もやもやしたまま蜜柑に手を伸ばそうとしたところでドアが開く。キッチンの方から不機嫌な安室さんが鍋を運んできたのだ。
どすどす、炬燵の傍までやってきて、携帯式のコンロの上に鍋が乗せられる。がしゃ、乱雑に置かれたそれに視線が注がれているうちに安室さんが俺の向かいを陣取った。

「僕が作ったんです、名前、ちゃんと食べてくださいね」
「…Yes,ma'am」
「誰が奥様だ。昆布投げるぞ」

ミズタキと呼ばれるらしいそれは、様々な具材が入っているだけあって大変うまそうだ。作った人間が安室さんというだけで味の保証もされている。
俺や蜜柑を食べていた男が作るとまさに男の料理になる。同じ男かどうか疑いたくなるものの、おそらく持って生まれたセンスが違うだけだろう。気にするだけ無駄である。

目をキラキラさせた少女、鈴を見て幾分か肩を落とす。俺もあの瞬間を目撃しなければためらいなく鍋に箸を伸ばせたっていうのに、あんなものを入れる安室さんが鬼にしか思えない。
鈴と俺の皿にバランスよく具材を乗せていく安室さんはどこか楽しそうで、恨めしさが勝った俺は踊る具材の一つである肉をつまみ上げた。
潔癖のきらいがある安室さんのため、箸は共同のものを使うのが暗黙のルールになっているが、まだ口内に触れていない箸だからそのままでもいいだろう。

ぽいぽい、未だ空っぽのままの安室さんの皿に肉を山積みにしてやる。隣で同じく分配を待っている鈴も白菜を放り込んでいた。ナイス連携。ちなみに男、スコッチは自分の分をよそっていた。

安室さんはいつ気づくのか、怒るかもなとぼんやりした頭で考えたが、まあ、最終的に許すだろうと楽観視しておくことにする。
公安の人間に、元敵対した人間、一般人というやけにちぐはぐな集まりでの鍋だが、不思議としっくりくるものだから笑えてくる。まさかこんなに気が抜けた鍋パをやれるとは。
どれもこれも、公安が俺に情状酌量の余地を与えてくれたからだ。ああ、普通の幸せってのはこういうことを言うのかもしれない。

俺の為した悪行を赦した男二人に内心感謝しつつ、しかし一瞬とはいえ昆布を使用した安室さんはしばらく許さないと決め、褐色の手が差し出した皿を渋々受け取った。

三人にはバレているが、昆布は未だに未知の食物に思えて少し苦手であることは、意外と知られていない。