反芻

久しぶりに実家に帰ることになった。別に今お正月ってわけでも、お盆ってわけでもない。ただ、ぽっかりと仕事のスケジュールが空いて、だけど練習する気分にもなれなくて、そうだ、アサギ帰ろう。なんて、某旅行会社もびっくりの唐突さで私はウォーグルに頼んで遠いジョウトまで飛んで帰ってきたのだ。

「おかえりミハル。珍しいじゃない。お茶いれるから荷物置いて来なさい。」
「ただいまおかーさん。なんか、気が向いてね。」

2年くらい前に見た母親は相変わらずだった。ほんとに、何も変わってない。町並も、みんなも。
母親とお茶を飲みながらテレビを見ていると、母親がねえ、と声をかける。

「あんた、前に近所に住んでた男の子、覚えてる?」
「ん?誰だったかな…」
「ほら、あんたより7個くらい歳下で、周りみんな遊んでくれないからってあんたがよくピアノ弾いて聞かせてたじゃない。名前は確か…シズクくん、だったかしら?」
「…あ。わかった。その子がどうしたの?」

やっと記憶から引っ張り出せた薄青の髪の子を思い出す。本当に小さい頃の話だったから、時間がかかった。

「それがね、引っ越したのよ。」
「どこにさ」
「ホウエンよ。あんた今ホウエンにいるんでしょう?何か知らないかなって」
「えっ、まじで…」
「ホウエンでポケモントレーナーになった、までは聞いたんだけどねえ。その後を知らないのよ」

あんたなんか知らない?と続ける母親の声なんて聞こえなかった。
びっくりした。あの時お姉ちゃんピアノ弾いて!って無邪気な笑顔で駆け寄ってきたあの子が、もうポケモントレーナーになっているなんて。そしたら、もしかしたらダイゴさんにも会ってるかもしれないな、とどうせ石探しに没頭してるだろう彼を思い出す。

「うーん、私は分からんな。カイナからあんまり出ないし…」
「そ。見かけたら声かけてあげなさいよ。相手もきっと覚えてるかもしれないし。」
「はいはい…」


***

実家からホウエン帰って数日。
譜読みをしようと、お供の紅茶を淹れようと思ったとき、ミハルは母親との話を思い出した。

「ミハルちゃん、ピアノ弾いて!」
「シズクくんまた来たか〜!今日は何弾こうか?」
「んとね、きらきらぼし!いつもミハルちゃんがやってるきらきらぼし!あれがいいな!」
「わかった!じゃ、シズクくんはこっちの椅子に座ってくれる?」
「うん!ミハルちゃんのピアノ、僕大好きだよ!」
「そう言ってくれると嬉しいな〜ぎゅーっ!」
「わー!やめてミハルちゃん!」

とかなんとか、そんなこともあったな、とミハルは思い出す。それももう10年以上前の話だ。そりゃすぐには思い出せないよね。

と、紅茶の蓋を開けたは良かった。

「やべ、ストック切れてるよ…でもないと譜読みする気にはなれないしなぁ…」

散々悩んだが、結局買いに出かけることにして、適当な服をつかんで外に出た。
カイナはいつも通りの潮風と、気温と、そして空気だった。暑い…。

市場まで歩く道すがら、正面からリオルを連れている男の子が歩いてくるのが見えた。なんでそんな珍しいみたいに見るかって?そりゃリオルなんてなかなかホウエンじゃ見られないポケモンだからって理由と。

シズクくんに似た感じだったから。髪の色、雰囲気なんて、あの頃のままだった。
私はかなり衝動的にその男の子に話しかけてしまった。

「あの、ちょっといいですか?」
「…なんですか?」
「貴方、ジョウト地方のアサギシティに住んでたこと、ありますか?」
「ありますけど、それが何か。」

まぁ、唐突にそう話しかければ怪訝な顔もされるよな。けど、シズクくんであるかないかを判断するのにはこれしかなかった。
さらに続けて質問を投げる。

「いや、あのですね、貴方にすごく似た子を、私の故郷で見かけて。…申し遅れました。わたし、ツキカゲミハルと言います。ホウエン地方だけじゃなく、全国でピアノのコンサートをしているピアニストです。」
「ツキカゲ、…ミハル?もしかして、ミハルちゃん!?」
「やっぱりシズクくんだったのね、良かった。似ていたから、声をかけてみたけど、違ったらどうしようと思ってたの。」
「すごいね、よくわかったね…え、どうして俺がホウエンにいるって知ってたの?」
「この前アサギシティに帰ったときにお母さんから聞いたのよ。シズクくんがホウエンにいるって。私も数年前にこっちに来て活動してたから、もしかしたらいつか会えるかなって思ってたんだけど。だいぶ早かったな。」
「そうだったんだ。ほんと、久しぶりだね…あの時のミハルちゃんのピアノ、まだちゃんと覚えてるよ。」
「嬉しい。…また今度、この世を救ってくれたら、弾いてあげるよ。」
「この世を救うって、?ミハルちゃん、なんで知ってるの?」
「私の知り合いにそういうことに首を突っ込みたがる男がいてね。…急いでるんでしょう?止めて悪かったわ。これ、私のポケナビの。良かったら連絡ちょうだい。」
「ありがとう、また、いつか。」
「うん、いつか。」


そう言って別れた。シズクくんはどうやら水族館に用事があるようで、その方向に歩いて行った。私は一応ダイゴさんがそういう話をしてくれるから、ああいうことを言ったのだけど、誤解されたかしらね。

「次はいつ出会えるかしらね…さてと、紅茶紅茶〜」

シズクくんが通り抜けていった道は、いつもより少しだけ、潮風が強く吹いた気がした。


20160105