造花にだって色を添えたい

「実井さぁん、この前の結果はどーでした?」

相手を警戒させないように締まりのない笑顔を向けて尋ねる。
あまり堅物のような雰囲気を出していると緊張して何も話せない人間が現れるので、この「何も考えてないような」笑顔をするのは癖になってしまった。ああ、やだやだ。面倒くさい。

だから、目前の相手がどんな反応をしようと、癖ってやつが抜けきらないだけなのだ。実井さんとかいう、素性も明らかにならないやつは私の笑顔が嫌いのようだが、そんなものは知らないと言いたくなるほどに。
いつもの通り、男、つまり実井さんは、端正な顔のパーツである眉根を寄せたあと、何事もないように微笑んで口を開いた。

「クズみたいな効能でした」

ほう。

「従来のものよりも効果が出るのが遅い。それに、全体的に効果が薄すぎやしませんか?無味無臭という点においては素晴らしいものだと思いますが、それにしたって他のものを切り捨てすぎている気がします」

ほうほう。
言葉を持ってきた紙に書き写す。

私はたまに薬を作っている。正式な手続きを踏んでいない人間が薬を販売することは禁止されているのだけれど、販売しているわけでもないのでいいかと開き直ったクチだ。
ちなみに、他人へ譲与したことがバレれば警察にお世話になるしかないということは、実は作り始めてから気づいた。まあ、バレなければいいだろう、バレなければ。

知り合いの実井さんの報告はほかの人間よりもしっかりしているので、次の試薬を作るのにとても役立つのだ。多少口が悪くなることに目をつぶれるくらいにはいい情報を持ってきてくれる。

それにしたって今日は長い。いくらダメな薬だったといっても、今回ほど長い苦情は初めてだ。それほどひどい薬だったってことか。
文句の中でも同じ文言を繰り返さないあたりが実井さんらしいのだが、そろそろメモを取るのも飽きてきた。いいところが無味無臭だってところくらいしかない。

「…というように、前回の薬は苦言しか出ないような結果。まさか優秀なあなたが、こんな初歩的な薬も作れないだなんて…何か言い訳は?」

飽きてきたことを察したのか、実井さんは貼り付けた笑顔で意見を求めた。ちょうどいい。

「あー、ええっと、ちょぉっと聞きたいことがありまして」
「どうぞ」
「今回の薬、まさか実井さん本人で試しました?」

間延びした口調でわざと尋ねてみれば、実井さんの笑顔はわかりやすく硬直していく。嘘つきにしてはわかりやすいよなあ、そう思っても肝心な情報は漏らさないのだから、この人はやはりタダものでもないんだろう。
どういう意味でしょう、冷めた目が作られた笑みの中で青く光っていた。
ポケットの中に突っ込んでいた小瓶を取り出して揺らす。さらさらとした液体が振動に合わせてガラスの壁にぶつかり、小さな波を立てた。

「前に渡した薬…媚薬とかなんとか言ったやつ?あれ、嘘なんですよぉ」
「…は、」
「あんまりにも実井さんが律儀に答えてくれるので、嘘をついてないか気になっちゃいまして」

中身はただの水だった。

実井さんの笑顔は変わらなかった。変わらなかったが、それはむしろ恐怖を増幅させるだけのものなんだろうことを知っている。
今回の結果でも一応効果は出ている。しかし、こんなものはプラシーボだかスパシーバだか、名前を忘れてしまったやつの効果でしかない。本当に「実井さんの嘘を暴くため」だけに作った状況だったのだ。

「それで、他人に使われました?それとも、自分?」

人好きするだろう笑顔をこれでもかと見せつけてやる。実井さんの表情は変わらず変化がない。どうやら決定打を与えることはできなかったらしかった。
なんだ、つまらない。実井さんって人間は実につまらない人間だ。ただの秘密主義者じゃないか。

ふうと一息ついてガラスの瓶を相手のポケットに突っ込んだ。次こそ本当の媚薬であることを教えてやっても、実井さんは特に興味を示した風もなかった。本当、つまらない男。

「質問、答えは知ってますから、もういいです」

どうせ自分の素性もまともに晒すつもりがない人間なのだ、薬も自分で服用するわけがない。誰に飲ませたのかも興味はない。ただからかいたくなっただけだ。
次の結果を聞きに来られるかはわからない。まあ、最後だったとしても、薬くらい選別にくれてやるのもいいだろう。餞別が媚薬なんてふさわしくないものでしかないが。

帰るかと来た道に足を向けようとして、腕が勢いよく男の方に引かれる。

「んぐっ」
「馬鹿ですねぇ」

男の腕に収まった、かと思えば顔を上に向けられ何かを突っ込まれる。まさに一瞬の出来事だった。
何かしらの液体が口の中を満たし、反射的に飲み込んだ。驚きに目を丸くする私の視界を埋め尽くすのは、実井さんの悪い笑顔。

「さっきの今であなたの言葉を信じられるわけがないでしょう?」
「ん、?」

入れられていた何かが外に出ていく。それと同時に、ぞわりとした熱が下から這い上がってきた、気がする。
実井さんの顔の横に手があった。手袋に包まれた、実井さん本人の手だ。

手には先ほど手渡した、空の小瓶が、

「…ま、ま、まさか、」

一服盛ったのか。手渡したばかりのそれを早速、よりにもよって開発者の私に。
男は悪い顔を引っ込め、輝かんばかりの笑顔で「医薬品医療機器等法の違反で逮捕しちゃいますね」なんてほざいた。そこで私は自分が置かれた現状をようやっと理解する。

「警察を騙した罰です」

じわじわと体を侵食していく熱で体が火照っているのに、私の顔は青ざめているだろう。
他人事のように分析したのはきっと現実逃避だったと後に語ることにする。


造花にだって色を添えたい
(実井さんって顔だけは好みなのに)