初めの一歩は友達から
「何を調べているの?」
頭上からかけられた声に、カルロスは動かしていた羽ペンを止めて顔を上げた。
使い古された机の上に髪の毛が当たる。自分のものではない、手入れされた白銀の髪だった。ルビーのように赤い目と視線が交わる。
「サラマンダーについて少々」
端正な顔立ちをした目の前の少女にカルロスは柔和な笑顔を向ける。これといった感情も込められていないそれを目にしながら、少女はへえと相槌を打った。その相槌もまた色はない。
羽ペンの先、インクが滲む紙には「種類の似た生物について」というタイトルが走り書きされている。彼女は特に興味を持つわけでもなく、カルロスの向かいにあった椅子に腰掛けた。
「ところで、あなたはどちら様でしょう」
少女の態度がいささか素っ気ないものだったとしても、カルロスの中で問題とされることはない。そして彼の質問の投げ方もおざなりだったが、少女もまたそれを気にした素振りは見せない。
残念ながら、彼は興味の無いことにはとことん無関心な男だった。彼にとって、少女の素っ気なさの理由を聞くより、少女の血液採集をするほうが余程有意義なことであった。
カルロスの言葉に少女は肩をすくめ、「ブリジット・ローズ」と答えた。長いまつげが瞬きに合わせて揺れた。
名前を聞いて頭で反芻したが、カルロスはそれを覚えるつもりはなかった。今も頭の中は少女の名前よりもサラマンダーの血液に対する興味のほうが勝っている。
少女もそのことを知っているからか、それ以上自分の情報をいうことなく、少女にとっての本題に入った。
「昨日、ミセス・ノリスがやられたそうよ」
「ミセス・ノリス?」
「フィルチさんの猫。血文字と一緒に吊るされて…話に聞く限りだと、石化してるとか」
「へぇ、それはまた」
ハロウィンパーティーは物騒なことになりますね。
カルロスの言葉にブリジットは呆れた。
その"物騒なことになる"というハロウィンパーティーが行われたのが昨日で、今日はもう11月だ。彼女は知らなかったが、彼は日付もあまり確認しない人間だった。
かぼちゃいっぱいの食事がなくなるのは残念です、そんなことを呟いているカルロスに、ブリジットは終わったことを告げるなんてことはしなかった。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなしである。
以降、教室に長い沈黙が落ちる。
ブリジットはずれた話題を元に戻し、本題に沿ったことを口にしようかと迷って目を泳がせていたが、対しカルロスはそれ以上興味を持たなかったのか、再び羽ペンをインクに浸けた。
羊皮紙に向けられた意識を知覚し、少女は慌ててそれを阻むようにあたりの空気を震わせた。
「秘密の部屋、知ってるかしら」
腕の動きが止まる。
二人のいる教室は人気がなく、その単語を聞いたのはカルロスとブリジットだけであった。しかし念のためか少し抑えられた声量で告げられたそれは、カルロスの顔を上げさせるには十分の働きを持っていた。
「さっきの事件に関係しているらしいのだけれど」
「…サラザール・スリザリンが残したとされるもので、その入口はスリザリンの継承者にしか開けない…みたいな部屋でしたね。もしその部屋を開けると、恐ろしいことが起こってしまうとか」
「覚えているの?」
「ホグワーツについては興味がありますから」
部屋の開き方や場所は明記されていないので知らないんですけど、とのたまったカルロスは、興味を失ってしまったように羊皮紙にペンを突き立てた。静かに広がっていく染みを朱色の瞳が見つめる。
サラザール・スリザリンとは、現在二人が籍を置いている学校・ホグワーツを建てた創始者の一人である。
他三人の創始者、ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクローとは思想が違っており、最終的にホグワーツを去ったとされている。また、スリザリンは蛇語を話せるとして、ホグワーツは蛇を忌み嫌うことが多い。
「恐ろしいことって何?」
「さあ。でも、彼の思想から考えるなら、ホグワーツからのマグルの追放…あるいは排除、といったところでしょう。恐ろしい思考ですね」
言いつつ、その声色に動じた様子は見られない。
カルロスから聞いた知識を噛み砕いたブリジットも苦々しい感情を隠さず、気まずい視線を向ける。
「…その、カルロスくんは、純血って聞いたわ」
しばらく一緒に行動してもいいかしら。
「僕と行動を共にするより、他の人に声をかけたほうがよほど利口です。あなたの授業や周りからの評価が落ちてしまいます」
インクがこれ以上滲まなくなった羊皮紙をさっと片し、カルロスが椅子から立ち上がった。机に積まれていた何冊かの本は、教室に置いてあるこじんまりとした棚に仕舞われる。
彼の言葉にブリジットは「そんなこと」と否定を言葉にしようとしたが、完全に否定し切ることもできずに口を閉ざした。
カルロスがダンブルドアお墨付きの問題児になったことを、同学年で知らない人間は少ないだろう。
まともに授業へ出席せず、ひたすら理解のできない数式や呪文を羊皮紙に書きなぐっているのだから、周りから距離をとられたり、授業評価が悪くなることは必然とも言えた。
さらにまともに話が通じないこともあるほどで、名前を覚えてもらえたら奇跡とも言われるのだから、彼が変人の域に入っていることは確実だった。
言葉に詰まったブリジットを見て、カルロスは人好きのしそうな笑みを顔に貼り付けていう。「正直な人ですね」
「僕のことはカルでいいですよ、ブリジットさん」
「…え、」
唐突に言われた言葉にブリジットが机から視線を外す。カルロスは彼女の表情の中に、驚きと絶望と、そしてすがるような希望を見る。
会話を交わし始めたときとは打って変わって、カルロスの中では、サラマンダーよりも少女の名前と顔のほうが脳内の割合を占めていた。
「少しあなたに興味が湧きました。僕と友達になってもらえますか?」