絡まって終わりが見えない

地下牢を追い出された二人の少女は、夕飯時の静かな廊下を喋りつつ歩いていた。

「まさか加点されるだなんて!」
「あの黒い薬が滋養強壮剤…とてもじゃないけど信じられないわ…」

カルロスのしでかしたこと、というよりも、彼が作った薬に関する出来事が未だ理解が追いつかない。
作った本人は杖をちょろまかしたことがバレてさらなる罰則を加えられている。
夕食には少しばかり遅れてしまっているが、今から食べに行っても十分なほどの料理が並んでいることだろう。二人はその夕食にありつくため、大広間に向かっている。

カルロスの作った薬が滋養強壮の効果を持つだけと知って脱力したのは何も二人だけではない。詳しい効能を尋ねに来たスネイプも言葉にされた途端に微妙な顔つきになった。
粘度も高い黒い液体はとてもじゃないが栄養をつけるような代物には見えない。
しかも聞けば経口摂取用だというのだから、とてもじゃないが手を出せないように思える。歯にくっついて苦い思いをしそうだ。

「一日で吸収されて無色になるって言われても、つまりは一日お歯黒で過ごさなきゃいけないのよね」
「口からじゃなくてもいいっていわれたけど、それじゃ効果が極端に下がるそうだし…そもそもどこに塗るのかしら?というより、効果を知ってるってことは、シフォナードくんって…」

ブリジットは少女の肩をつかみ、静かに首を振った。物は試しだといろいろやらかしているだろうことは触れてはいけない。そもそもなぜ混乱薬を作らずに滋養強壮剤をつくったかも謎なのだ。
結果がどうなるかを知っているものを少年が作ることは少ない。作ったとして、それは実験のために必要なものであったり、ただの気まぐれだったりするだけだ。

ほんの十日ほど行動を共にしただけだが、少女は彼の習性の表層を十分理解していた。
少年はよほどのことがない限り自分に被害を与えることはしてこない。けれどその反動のように、反省し、謝ることは極端に少ないのだ。

「ごめんなさい。事故とは言え、カルロスくんがあなたの杖を汚してしまって」

ブリジットがカルロスの代わりにと謝罪すると、隣を歩いていた少女がきょとんと不思議そうにブリジットを見た。

「私はシフォナードくんから直接謝罪をもらいたいわ」
「…えっと、」
「ローズちゃん、よね。シフォナードくんと一緒に行動することはいいのだけれど、あなたがやったわけでもないのに謝るのはよくないと思うの」

特に今回は本人から謝罪してもらわなくちゃ!こう見えてちょっと怒ってるのよ。そう告げた少女は柔らかい笑みを浮かべ、ブリジットの手を握る。
突然のことに動揺するブリジットもなんのその、彼女はブルージルコンの瞳を細くして歌うように言葉を紡いだ。

「私、イリーナ。イリーナ・メンデレーエヴァ・レシュリスカヤよ」

あなたさえよければ友達にならない?
どこかで聞いたようなセリフで、少女…イリーナはブリジットを友達にと誘った。


―――
――――
少量の夕飯を取り置きして、談話室でカルロスを待っていたブリジットだったが、朝まで少年と会うことはなかった。

「あ、ブリジットさん。おはようございます」
「…おはよう」

消灯時間まで粘ってみたがすれ違うこともなく、かといって男子寮に行くのも忍びなく。
結局監督生に見つかって部屋に戻され、とっておいた食事は質が悪くなってしまったから捨てられた。

なにがあったのかと言い知れぬ不安が浮かんでは消え、ブリジットは眠るのが遅くなってしまったというのに、少し早めに朝食の席に来ると少年は変わらない態度で端の席を陣取っていた。

ブリジットはその態度にほんの少しばかり苛立ちを覚えつつ、最近では当たり前の場所になってきたカルロスの向かいの席に座り込む。
山積みにされた料理の中からベーコンとトースト、サラダを自分の皿にとる。目の前の少年は何も考えずに取っているのか、皿の中の料理はごちゃごちゃに積まれていた。いつもの風景である。

「罰則のあと、どこにいたの?」

ブリジットが尋ねると、カルロスはなんてこともないようにそれを口にした。「森のそばに」

「レイブンクローは問題が解けないと寮に入れませんから」

それ以上言うことはなかったが、ブリジットは声にならない続きを悟った。

淡々と食事を済ませつつ、ブリジットが昨日イリーナと話したことをいくつかかいつまんで話していれば、かたんと椅子が引かれる音がして隣に誰かが座る。
音のしたほうを見ると、そこには昨日友人になったイリーナがいた。さらりと部屋の光を反射した銀髪が揺れる。

ブリジットと挨拶を交わした彼女の口は昨日と同じく弧を描いていたが、どこか違和感を覚えて少女は首をかしげた。昨日と何かが違う。

「おはよう、シフォナードくん。杖を見つけてくれてありがとう」
「おはようございます。こちらこそ、昨日はお騒がせしました」

気のせいだろうかと食べかけのトーストを齧ったところで、それが思い違いであったことを知る。先程より、カルロスに話しかけるときの方が声が冷たいのだ。
こう見えて怒っている、という昨日の発言を思いだす。まだ許してないんだろうなと考えつつ、ブリジットは少しばかり2人から距離をとった。

「杖は混乱してなかったわ」
「それはよかったです。汚れもすっかり落ちたみたいで」
「ええ、あなたがきちんと綺麗にしてくれたもの。いつもと同じ感覚で魔法が使えるわ」
「拭わないほうが杖は元気になったでしょうけどね」

普通に思える言葉の応酬は、お互いどこか刺々しい。イリーナは腹いせにとカルロスへの皮肉を込めているのかもしれないが、カルロスはこれが通常なので困りものである。

昨日諫められたことを思い出し、口を挟もうとするのはやめる。
言われたことは至極もっともであったし、怒ったところを見たこともないカルロスだ、よほどのことがない限り杖を使った決闘など起こらないだろう。

そんなことを思考し、黙々と食事を進めながら会話の成り行きを見守るが、予想に反して会話の応酬は一向に終わりを見せない。
幸いなことにお互いの地雷を踏み抜いてはいなかったものの、このまま助言をしなければ状況は悪くなる一方だ。できることなら仲介なく謝らせたかったが、埓があかないと口を開く。

「カルロスくん、イリーナちゃんに謝ったほうがいいわ」
「…?謝った気がするんですが」
「誠意が足りないのよ、誠意」
「そんなこと言われても。精一杯の誠意を込めてあれですよ」

彼自身が持っている誠意が足りなさすぎたらしい。
元より感情が読みにくいところがあって、良識や常識が一部欠落しているような人間だ。多少誠意が足りなくとも驚くようなことはない。

カルロスの斜め前に座っていたイリーナもその言葉を聞いていたのか、先程までの怒りの感情もなんのその、驚いたような顔をして口を止めていた。本気で謝っているとは思えなかったのだろう。
ブリジットはその様子を見て、自分が想像していたよりもカルロスの行動や性格に順応していることがわかった。正直なところ順応してもいいことはないのでこの慣れは要らない。

「ねえ、今日ってクィディッチの試合だったわよね。もし時間に都合がつくなら見に行かない?」

固まった時間を動かすため、無理矢理話題を捻じ曲げた。朝食はいつの間にか食べ終わっていた。
ブリジットの誘いにイリーナが乗るのとは逆に、カルロスはしばらく悩んだ後「調べ物を優先します」といって席を立った。