午後のヒーロー基礎学で救助訓練をすると告げられると、教室のあちこちから声が上がった。
相澤は盛り上がりかけた空気を気にする様子もなく、災害や事故を想定した訓練を専用の演習施設で行うこと、そこまではバスで移動することを淡々と説明していく。服装はヒーローコスチュームでも体操服でも構わないらしい。前回は建物の中での対人戦闘だっただけに、凛も少し顔を上げた。今度は何をさせられるのかと、机の上を片付けながら耳を傾ける。
「救助かあ。何やるんだろ」
「火事とか? 瓦礫から人助けるとかもありそう!」
後ろで芦戸と葉隠が早くも予想を始めている。そこへ近くの生徒も混ざり、洪水だの土砂崩れだのと候補だけが増えていった。何をするにせよ、座学ではないらしい。それだけで教室の空気は少し浮き立っていた。
相澤の説明が終わると、クラスは一度更衣室へ散った。凛も前回の戦闘訓練で使った黒いコスチュームへ着替え、手袋の位置を直してから廊下へ出る。まだ着慣れたとは言い難いが、最初に袖を通したときほど落ち着かない感じはしない。少し前を歩いていた耳郎に追いつき、そのまま並んで昇降口へ向かった。
外へ出る頃には、バスの前にクラスの半分ほどが集まり始めていて、その真ん中から飯田の声が飛んできた。
「皆! 出席番号順に並んでくれ! 速やかに乗車を――」
ところが扉が開くと、普通の観光バスとは違って、車内には壁沿いの長いシートが向かい合わせに伸びていた。飯田の声が途中で止まる。
「飯田ちゃん、これなら並んだ意味あんまりないんじゃないかしら」
「……確かに!」
後ろから笑いが起き、せっかく作った列はそのまま崩れた。凛も耳郎について車内へ入り、空いていた隣へ腰を下ろす。芦戸も近くへ座り、向かいでは上鳴と瀬呂が乗ったそばからもう話し始めていた。全員が収まる頃には、飯田も乗車順のことは諦めたらしく、空いている場所へ落ち着いている。
バスが走り出してしばらくは、窓の外を見ている生徒も多かった。普段の授業とは違う場所へ向かっているせいか、車内には遠足前のような落ち着かなさがある。芦戸は流れていく景色を追いながら、帰りもこのバスなのかな、と耳郎へ聞き、耳郎は「たぶんね」と適当に返していた。
やがてあちこちで会話が始まり、そのうちの一つが緑谷の個性へ向いた。
「ねえ緑谷ちゃん。前から思ってたんだけど、緑谷ちゃんの個性ってオールマイトに似てるわね」
蛙吹が何気なく言うと、緑谷の肩が目に見えて跳ねた。
「えっ!? そ、そうかな!」
「でも全然違くね? 緑谷は使うたびに怪我してるし」
「そう! そこが全然違うというか!」
切島の言葉へ緑谷が食い気味に頷き、そこから話題はそれぞれの個性の使いやすさへ流れていった。切島が自分の硬化は派手さに欠けると言えば、上鳴が実戦で使いやすければ十分だろうと返す。最初に誰の個性がヒーロー向きかという話だったのかは、数分もしないうちに曖昧になっていた。
「でも爆豪の個性は派手だし強いよな。人気出そうじゃん」
「個性だけならね」
「性格があれだから、どうかしら」
「てめェら喧嘩売ってんのか!!」
「ほら」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「テメェのボキャブラリーは何だコラ!!」
上鳴の言い回しに凛はすでに肩を揺らしていたが、爆豪の返しを聞いた瞬間、とうとう声を上げて笑った。そこへ食いつくのかと思ったらもう駄目だった。俯いたまま何度か息を吸い直して、ようやく顔を上げる。
「そこなんだ」
「あァ!? 何がだ圧縮女ァ!!」
「否定するとこ、そこなんだ」
爆豪の眉間の皺がさらに深くなって、凛はまた吹き出した。隣では耳郎も笑っているし、向かいの上鳴は自分で言い出したくせに腹を抱えている。爆豪がなおも声を荒げるたびに誰かが茶々を入れ、しばらく車内は笑い声でうるさかった。
それも少しずつ落ち着くと、話題は別のところへ移っていった。凛もまだ残っていた笑いを息と一緒に吐き出し、背もたれに身体を預ける。窓の向こうの景色は、乗ったばかりの頃とはいつの間にか変わっていた。
「結構走るね」
「もっと近いのかと思ってたけどね」
耳郎も窓の外へ目を向け、そのまましばらく二人で流れていく景色を眺めた。
車内の話し声が少しずつ途切れ始めたのは、窓の向こうに大きな施設が見えた頃だった。バスが速度を落とすにつれて何人かが外を覗き込み、前の方から「着いた?」と声が上がる。凛も耳郎の肩越しに窓の外へ目を向けた。
バスを降りると、目の前を塞ぐように大きな建物が立っていた。外からでは中の様子はほとんど分からない。相澤を先頭に入口をくぐった途端、前を歩いていた生徒たちの声が少しずつ止まり、凛もつられて顔を上げた。
凛は目を丸くしたまま、奥まで続く空間を見渡した。
「……広〜」
水面の広がる区画があり、その向こうには崩れた街並みを模したような建物が並んでいる。別の方向には岩場や傾斜のついた地面まで見え、ひとつの演習場というより、種類の違う災害現場をいくつも一か所へ詰め込んだような造りだった。
「これ全部使うのかな」
「たぶん。救助訓練なんだし」
耳郎も首を巡らせている。少し先では芦戸が別の区画を見つけたらしく声を上げ、何人かがつられてそちらを向いた。凛も水辺から建物、そのもっと奥へと視線を移していく。どこから訓練が始まるのかも分からないのに、見ているだけで少し楽しかった。
そうして皆が思い思いに施設を見渡しているところへ、奥から白く丸いコスチュームの人物が近づいてきた。
「あ、十三号だ! スペースヒーロー!」
緑谷の声に、あちこちへ散っていた視線が一斉にそちらへ集まった。凛も名前くらいは知っている。戦闘よりも災害救助の現場でよく見かけるヒーローだ。十三号は一年A組の前まで来ると、集まった生徒たちへ身体を向けた。
「皆さん、ようこそ」