ぐすぐすと泣く彼に、そっとハンカチを渡す。
「俊平、そろそろ泣き止んでくれる…?」
さんきゅ、と言いながらハンカチで顔を拭うが、目は真っ赤になっていた。
「もー、なんでお兄ちゃんがそんな泣くわけ?」
怒ったような、困ったような呆れ顔で、名前ちゃんがため息をついた。
「だって、あんなに小さかった名前がこんな大きく、美人になって…」
「もー、分かったから!何回それ言えば気が済むの!」
困り笑顔で、名前ちゃんがツッコミを入れた。
暖かな家族の光景に、ほのぼのとした気持ちになる。
「もー、名前ちゃんお兄ちゃんどうにかして…。今日ずっとこの調子なのかな?」
「かもね。」
「えー!もー…。しっかりしてよお兄ちゃん…。航平、変だよねぇ!パパ今日ずっと泣いてるの!男らしくないよねぇ」
名前ちゃんは、私の腕に抱かれている2歳の息子に声をかけた。
彼はじっと父親を見つめて、
「ぱぱ、ぽんぽん痛い?」
と言いながら、彼の体を撫でるような手の動きをした。
どっと笑いが起きる。
「俊平たら、息子にまで異常事態だと思われてるのね!」
「いいぞ航平、もっとパパに言ってやれ!」
お義父さんとお義母さんが茶化す。くそ〜、と言いながら俊平は最後に顔を一拭きした。
「って言うか、お兄ちゃんからまだ例の一言今日もらってないんですけど〜?」
ニヒヒ、と笑いながら名前ちゃんは俊平の前に立った。
俊平はコホン、と咳払いを1つして、スーツの襟元を正す。
「名前、結婚おめでとう。幸せになれよ。」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう。」
途端に、名前ちゃんの目元から涙が溢れ出した。
「あれ、こんなはずじゃなかったのに、」
「あーーっ!父ちゃんが名前ちゃん泣かしたー!オンナを泣かすオトコはサイテーだってこないだじーちゃん言ってたのに!」
「こら祥平!」
一瞬しめやかな雰囲気になったところに、6歳になった祥平が茶々を入れて、また場が和らぐ。
メイク直してもらわなきゃ、と支度に戻る名前ちゃんを見て、私たちも親族控室に戻りましょうとお義母さんに促された。新婦控室を出ようとしたところで、
「名前ちゃん、」
と声がかかる。
振り返ると眉毛を垂らして不安そうな顔をした名前ちゃんと目があった。
名前、航平もらうから、と言う俊平に子どもを預ける。パタリとドアが閉まる音がして、新婦控室には2人きりになった。
「どうしたの?」
「名前ちゃあん…」
ぎゅっ、と華奢な腕が体に回った。肩口に、名前ちゃんの顔が埋まっている。
いつも航平にしているように、ついこの間まで祥平にしていたように、昔名前ちゃんにしていたように、背中をそっと撫でた。
「なんか、わかんないけど、不安なの。」
「うん。」
「彼を幸せにしたいし、彼は私を幸せにしてくれると思うけど、真田家じゃなくなるの、とっても寂しいの。」
「うん。」
「どうしよう…このまま結婚式しちゃっていいのかな…。」
とんとん、と背中を優しく叩いた。
「名前ちゃんは大丈夫だよ。いい人だもん、旦那さん。俊平の厳しい査定に合格した人だよ?きっと大丈夫。」
「そうかな…」
「大丈夫よぉ。名前ちゃんが笑っていれば、絶対に幸せが舞い込んでくるよ。だから、にっこり笑ってなさい。」
「うん…」
「ほら、お化粧直してもらお。」
「うん…。ねぇ、名前ちゃん。」
体を離して、彼女はじっと私の目を見ながら問いかけた。
「私が真田じゃなくなっても、名前ちゃんはお姉ちゃんでいてくれる?」
当たり前でしょう。そう答える代わりに、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
*****
直前のマリッジブルー発症により、式は15分遅れで始まった。航平を抱いたまま、俊平は静かに涙を拭っている。
「もう、いくらなんでも泣きすぎよ…」
「しょーがねーだろ、俺にとっては名前はずっとちっちゃなレディだったんだぞ…こんなに大きく美人になって、嫁に行くなんて…」
大きくなってからも変わらない妹愛に、ため息をつく。
「昔から、こうなる予感はしてたけど。
職業体験型テーマパーク行った時、ウェディングセレモニー体験したの覚えてる?あの時も、将来彼女がお嫁に行く時のことを考えてたものね…」
「悪いかよ…。」
「いいえ、悪くはないわよ。でも、」
そっと、少し大きくなってきたお腹をさすった。
「この子が嫁に行く時は、できれば凛とした父の姿でいて欲しいけどね。」
自信ねーな、と呟いた彼に、数十年後のその日に、きっと泣いたり悲しんだり寂しがったりする夫の姿を思い浮かべた。
凛とする役は、私がしなければならないのだろうな。
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