ひとつ頷いて、真新しいショートレインブーツに足を滑り込ませる。
お気に入りの長傘を持って、家を出た。
しとしとと降り続く雨の中、泥が跳ねないように気をつけて歩いていく。待ち合わせは駅だ。ふわぁ、眠いなぁ…口の中であくびを噛み殺しながら、敬意を思い返した。
日直当番を一緒にやったあの日、真田くんとは本当にLINEのIDを交換した。そうは言ってもあまり連絡を取ることもないだろうと思っていたら、意外と何往復かのやりとりが毎日のように続いている。
野球部は本当に忙しいらしく、夏の大会に向けて毎日猛練習らしい。薬師の野球部が強いなんて聞いたことなかったけどなぁ、と思って聞いたら、やっぱり今まではそんなことなかったけど、新任の轟先生が監督になった今年からだいぶ変わったらしい。
最初はそれに合わない先輩たちもいてゴタゴタしたこともあったらしいけど、真田くん自身はキツいながらも楽しくやっているようで、なんだか努力するっていいなぁとぼんやり思った。
そして、これこそ実現しないと思っていたけれど、雨で明日の練習が休みになったので名前と遊んでやってくれないか、と昨晩本当に電話が来たのだ。
なんでも、子ども向けに職業体験ができるテーマパークに名前ちゃんはお母さんと行く予定だったんだけど、練習がないのであればと真田くんが付き添うことになったらしく、では私も一緒にどうか、ということらしい。
明日は予定もなかったので是非、と答えて電話を切った後は大変だった。
メインは名前ちゃんと遊ぶこととはいえ、保護者である真田くんは最近他クラスや他学年でも人気が上がってきているらしい、なかなかのイケメンさんである。そんな彼に、みすぼらしい格好を見せるわけにはいかない。でもデートってわけじゃないから気合を入れすぎるのも変だよね?そもそも男の子と出かけるのって初めてだからよくわかんないし、ってかお化粧どうしよう?髪の毛も。あぁ、でも明日は雨だから、髪の毛は巻いてもすぐにクセ取れちゃうか…何もかも、どうしたらいいんだろう!
めくるめくファッションショーは、深夜まで続いた。
そういうわけで、若干寝不足ながらも休日の朝から身支度を整えてお出かけをしているのである。お気に入りのワンピースを着るかわりに、アクセサリーは控えめに。軽く化粧をして、髪の毛は頭の上でポニーテールに。絶妙な、「ラフすぎず、気合い入りすぎない」コーデになった、ようなきがする。
予報では今日の夜には雨は止むらしい。明日は日曜日、練習ができれば彼は喜ぶだろうか。
*****
少し早めに出たから、待ち合わせ場所にはまだいないだろうと思っていたのに、真田くんはもう既にいた。横には、黄色いカッパを着た名前ちゃんがいる。帽子まですっぽり被った彼女は、まるでてるてる坊主だ。
「真田くん!」
「おー、古川おはよ。」
「おはよう。小さい子連れだからもう少し時間かかるかと思ってたけど、お待たせしちゃった。」
「気にすんなって。てか、わりーな、休みの日にこんな早く来させちまって。」
「いいよ、こういうことがないと昼過ぎまで惰眠を貪ることになっちゃうんだから…。」
ちらり、とてるてる坊主の彼女を盗み見た。
真田くんの足の後ろに隠れてこちらを様子見している名前ちゃんと目が合うも、すぐに逸らされてさらに向こうに隠れてしまった。
「こらー、名前!せっかくお休みの日にきてくれたんだから、ちゃんと挨拶しろよ!
さっきまで名前ちゃんとあれしたい、これしたいって大騒ぎしてたんだけど…」
「大丈夫だよ、緊張しちゃってるのかな。
名前ちゃん、久しぶり。古川 名前です。覚えてくれてるかな…?」
服が汚れないように気をつけながらしゃがんで、名前ちゃんと目を合わせた。
小さな頭がこくりと頷いたので、わざとらしいほど大きく喜びを表現する。
「よかった!今日はたくさん遊んで、たくさんお話しようね。名前ちゃん、とっても楽しみにしてたんだよ。」
すると、名前ちゃんのお顔は少しずつにっこり笑顔になっていった。その様子を見て、真田くんはこれなら平気そうだな、と一安心している。
「さぁ、行こうぜ。名前、何屋さんやりたいんだっけ?」
「あのね、ピザ屋さんとね、ケーキ屋さんとね、それからきゃび、きゃび…?」
「キャビンアテンダントさん、な!」
「きゃびんあてんだんとさん、やりたいの…」
「そっか、全部出来るといいねぇ。頑張って回ろうね!」
「うん!」
真田くんを真ん中にして、右に名前ちゃん、左に私で並んで歩き始めた。少しずつ、名前ちゃんのテンションが上がって本調子が出てきたのを感じる。
さて、1日お姉さん頑張るぞ!
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