次の日の朝、いつも鍛錬のために早い時間に起床するグレンを起こしたのは、時計の音ではなく少女の賑やかな声だった。
「お兄様!起きて!」
ぴょん、とベッドに飛び乗り、ぽふぽふと枕で兄を叩く。
「なんだぁ…?」
まだ目覚めきっていないグレンをぐらぐら、と揺さぶった。
「お兄様!朝よ!起ーきーてー!」
その明るい声に、ハッと目が覚めた。
「シャル…お前、」
「お父様とお母様にお願いして、今日はお休みにしていただいたの。だから、シャルは今日はお兄様と遠乗りに出かけたいわ。」
昔のように元気いっぱいに笑うシャーロットの頭を、グレンはぐちゃぐちゃと掻き乱した。お兄様!と頬を膨らませる彼女の髪を、丁寧に梳ってやる。
「朝はいつもフェリクスと一緒に鍛錬されているでしょう?そのあとでいいから、遠乗りしてお昼はピクニックにしましょ。お花摘みに付き合ってほしいの!」
うきうきと兄としたいことを語る妹を、グレンは微笑ましく眺めた。ふと彼女は心配そうな表情になる。
「お兄様、明日ご出立だけど…今日、私と遊んでくれる?」
「かわいい妹のお願い、聞かないわけないだろう?」
グレンは優しくシャーロットの頭を撫でた。えへへ、と笑うこの妹を、今日1日は精一杯可愛がってやることにしよう。
グレンとフェリクスの朝の日課の鍛錬は、いつもフラルダリウス邸の中庭で行われていた。日によって使う武器が違うその鍛錬は、今日は弓の日だったようで藁製の的がいくつか並べられていた。フェリクスは弓を得意としているが、グレンに言わせればまだ改善の余地はあるようで、時折アドバイスや指摘を受けては改善をしている。受けたアドバイスを実践するのに手こずってはいるが、うまくいけば眉間のシワが少し薄くなりいそいそと次の矢を構える姿は、まさに努力家と呼べるものであった。
シャーロットはその姿を、中庭に続く階段に腰掛けながら見つめていた。
「いいなぁ、」
自分にも何か戦う才能があれば、もっとお兄様に構ってもらえたかもしれないのに。
心の中で呟いたつもりが存外大きな声が出ていたようで、兄は目を瞬かせた。
「いや、シャルはマクイルの紋章があるだろう?理学ができるじゃないか。」
「そうなの?」
「むしろ、やったことないのか?」
瞠目した兄に、フェリクスが説明を加えた。
「父上と母上がどうせ紋章があるのだからしばらくはいいと、まだシャーロットには理学を勉強させていないんだそうです。」
そうなのか、とグレンは得心がいった様子だ。
「じゃあ、基礎だけ簡単に教えてやろう。」
兄は士官学校での学びを思い返しながら、シャーロットにも分かるようにかいつまんで理学の基礎を教えてやった。
「…というわけなんだが、どうだ?できそうか?」
「全然。」
「とりあえずやってみろよ、こうやって手を翳して…」
シャーロットはよくわけもわからないまま、言われたままに真似して手を翳す。目を閉じて意識を集中させ、炎が手から飛び出すイメージを固めた。
すると何かが爆発したような音がして、驚いて目を開ける。弓の的に使っていた藁人形が、ごうごうと燃えていた。
「やっぱり、できるじゃねーか。」
両手を頭の後ろで組んでにこにこと笑うグレンと呆気にとられた表情のフェリクスを見比べてようやく、自分が黒魔法を使ったことを理解した。
「わ、私?」
「他に誰がいるんだよ。フェリクス〜、お前理学苦手だろ?今始めたばっかりのシャルにまさか負けてんじゃねーかー?」
すかさずからかう兄に、フェリクスは眉間の皺を濃くした。まさか、自分に理学の才能があったなんて。シャーロットは、この時初めて知ることになったのだった。
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