真実の姿は見えない





ガルグ=マク大修道院に再び足を踏み入れて数日。フレンはリルメという少女のことを如何ともし難く思っていた。

長きに渡る眠りから覚め、父であるセテスがいる大修道院に身を寄せた。その理由はいくつかあったが、家族や昔馴染みと再び共に過ごせること自体は嬉しく思っている。まずはここでの生活に慣れてくれというセテスの願いもあって、お勤めのない自由気侭な毎日。少々退屈があっても満たされていた。しかし、


「見ろ、不肖姫だ」

ひそやかだが粘着質な声が耳を突く。

「祈りもせず朝から晩までフラフラしおって」
「あの薄汚れた服はなんだ」
「一体どこでどんな遊びをしているのやら」
「ガルグ=マクの恥晒しめ。どうして身ひとつ整えられぬ?」


修道士達が悪し様に囁く声は、しかしリルメ本人にも聞こえているであろう声量だ。自分に関係ないことだとしても、聞いていて気分のいいものではない。
肝心の彼女がそれをどう思っているのかは知らないが、気にも止めていないような横顔で颯爽と通り過ぎていく様にフレンはいつも感心している。煙たくも耳障りな悪意の声や視線をものともしていない態度は、かっこよくも見えた。しかしそれを「ふてぶてしい」と言う者が多いことは知っていたから、彼女に関しては何も口にできないままでいる。

( ……だから、仲良くなりたいのに )

悪い噂を否定できるほど、彼女を知っているわけではない。それにそんな噂から彼女を庇える程の関係でもない。
けれど、セイロスの紋章に大司教と同じ白緑の瞳を持つ彼女には、それだけでも親近感を覚えていたし、特殊な立場同士であり同性である。
最初は、当然のように友人になれると期待していたものだ。


『はじめまして。わたくしはフレンと申しますの。よろしくお願いいたしますわ』


初対面時、そう言って微笑んだフレンに対し、リルメは一瞬だけ顔を顰めて胸を掴んだ。どうしたのだろうとこちらが首を傾げる間もなく、彼女はそのまま自然な一礼をした。


『はじめまして、リルメです。お見知り置きを』


よろしくするつもりはないのだと一目でわかった。淡々と儀礼的な挨拶を交わし早々に去ろうとする彼女を、セテスはフレンの兄として呼び止め窘めようとしたが、彼女は聞き入れることなくあっさり立ち去った。


『……すまない、フレン。その、彼女は少し人付き合いが苦手なようでな…、』


食事や掃除の当番は真面目にこなすのだが、組む相手と交流しようとしない。無視するわけではないが淡々としていて、愛想も皆無である。だから無理に関わる必要はないと、セテスは言う。
フレンが傷付いてやいないだろうかと気遣いながら、それでもリルメを強く非難しないセテスを見て、彼女は決して悪い人間ではないのだろうと思った。そもそも、そんな人間ならば父が自分と引き合せるはずもないのだ。


『大丈夫ですわ、お兄様。わたくし、お兄様やあの方を困らせるようなことはしませんもの』


その答えは正しかったのだろう。セテスはあからさまにホッとした顔で微笑んだ。仲良くなってみせる、などと意気込まなくて正解だったらしい。



いつだったか、セテスとレアが言い合っているのを耳にした。激しい口論ではなかったが、どこか責め立てるようなセテスの声に、フレンは思わず立ち止まってしまった。


『レア…君は全て把握できているのか?』
『……いいえ、確実ではありません。セテスも知っているでしょう?あの子が全てを語ることはない、ということを。きっと、どのような手段を用いようとも…』
『語らないのであれば…、せめてもう、あのような役はやめさせてやったらどうだ?』
『それは…あの子が自発的にやっていることです』
『しかしあれは、こごりを呑んでいるようなものだろう…!君はそれを許容できるのか?』
(…凝り…?)
『セテス。あの子は自分の足で歩き、目で見、耳で聴き、頭で考えて、自分で選びとった生き方をしているのです。私が命じて健全になるのなら、あの子は今頃きっとお祈りでもしてくれていることでしょう』


その言葉で『あの子』が誰なのかわかった。レアが命じても、というよりそもそも祈りを捧げない人間なんて、ガルグ=マク大修道院にはひとりしかいない。

( こごりをのむ…? )

セテスの言う凝りとは何なのだろう。リルメはそれを自らそれを呑んでいるようだが、セテスはやめさせてやれと言っていた。良くないものであるのは確かだ。健全ではないのだろう。
……ならば、自分は理解しない方がいいものなのかもしれない。父ならばきっとそう願う。




「ま!リルメさんが…!?」


ある、鈍色の空の日。
今日は金鹿の学級とそれを率いる新任教師が、件の盗賊を追って赤き谷ザナドへ向かう。
補佐をするセイロス騎士団に扮してリルメも共に向かったのだと聞いて、フレンは目を丸くした。このことをセテスやレアは知っているのだろうか。


「今回はシャミアが隠密や扮装の手ほどきをするだけだ。リルメに心酔する連中も一緒だから、滅多なことは起きないさ」


カトリーヌはからりと笑っているが、本当に大丈夫なのだろうか。リルメは周囲の反対もあって戦う術をあまり持っていないのだと、司祭達の影口から情報を得ている。そんな彼女が精強と名高いセイロス騎士に扮することなど、はたしてできるのか。


「それと、前節に起きたリルメ誘拐未遂の話は聞いているか?」
「え?……ええ、東方教会の司祭の方が捕らえられた件ですわよね」
「実際には、東方教会も被害者みたいなもんだ。あの司祭に騙され利用されていたに過ぎん。だが、やはり中央教会の内部に奴の協力者がいる」
「それは……」
「誘拐を目論むような奴を手引きする連中が、この大修道院にいる。フレン、アンタは奴等の標的ではないかもしれないが、一応気を付けておきな」


フレンに何かあったらセテスが発狂しちまうからね。そう言い残して立ち去るカトリーヌを見送って、フレンは周囲を見渡した。
和やかに談笑する修道士達や、忙しなくどこかへ駆けていく従士、壁画に魅入る巡礼者など、大修道院にいる人々はいつだって朗らかだ。ごきげんようと微笑みかければ、微笑み返してくれる優しい人々。リルメはどうして、彼等に微笑まないのだろう。

( …それに…彼女に対して、困ったものだと腹を立てるくらいならともかく、 )

恥さらしだと蔑み、不相応だと疎んで、嫌い続けるの人ばかりなのは、どうしてだろう。嫌煙される理由は知っているつもりだが、それにしたって度が過ぎている気がする。まるで厄介者のように扱って、挙げ句、誘拐犯に引き渡そうとする人もいるだなんて。

( ……みんな素敵な人達ばかり、のはず、ですのに… )

本気で人の不幸を望み陥れようとする者がここにいること、それを察知しているリルメがシャミアをはじめとする騎士団の手解きを必要としていること。
そんなことは考えたくもないけれど、それを理解しなければリルメと親しくなることはないのだろう。彼女を不穏因子のように思ったまま、過ごしたくなんかないのに。









「今回の任務はお膳立て兼、見張りだ」


シャミアが眼下を睨み見ながら呟いた。
崖の下には息を切らして走り転げる盗賊がいる。それを追い立てるように無数の弓矢が降り注いだ。シャミアも肩慣らしのように無造作に弓を放つ。


「頭領含め数人の賊共は生徒達の教材になるらしいからな。脅威を削ぐ程度には消耗させつつ、美味いところは残しとかないといけない」
「……そう聞くと、つまんない任務ですね」
「盗賊の討伐なんざいくらでもやってきたから、つまらんことは承知していた。が…、貴族のガキ共のお膳立ても愉快なもんじゃないな」
「打ち損じの処理や後始末まで騎士団の任務だなんて……本当、都合よく使われてるんですね」
「ま、生徒達の親から入ってくる金が私らの報酬になるから文句は言えないんだがな」
「そのうえ私の面倒まで見ていただいて…ありがとうございます」
「気にすんな。そっちは趣味だ」


さくさくと弓を射ながら告げた綺麗な横顔に思わず笑う。冗談でも私の面倒を趣味だと言ってくれるだなんて。相変わらず可愛くてかっこよくて惚れ惚れしてしまう。


「俺もっ、今回の任務はすっげえ楽しみにしてたんで、いつでも頼ってくださいね!」
「こっちが隠密任務なのを忘れたのか、お前」


騒ぐなら本隊に戻すぞ…と唸るように告げたシャミアに、騎士のひとりがビクッとして口を噤む。
彼はセイロス騎士団のひとりで、ウィリアム司祭と仲良しの元孤児だ。紆余曲折を経て今では妻と子とセイロス騎士の職を得ており、精神的にも安定した善人なのだが、なぜか妻共々私に心酔しているらしい。騎士団には私を評価してくれている人が少なからずいるのだが、司祭達が私を嫌う理由のように明白なものがないので若干いたたまれない。


「す、すみません…自分は隠密行動が得意ではありませんが、いざとなれば必ずリルメ様の盾となってみせます」
「当然だ。そうでなければ同行させない」


囁くような声で意気込んだ彼に、シャミアはすげなく返して再び弓を射た。
元々はシャミアと二人で隠密行動をする予定だったのだが、彼は私に護衛が必要であることを主張し、大司教から護衛任務をもぎ取ってきたのだ。


「鎧はどうだ?」
「重さには慣れてきたと思います。シャミアさんの助言で、日頃から疑似品を仕込んでいたおかげですね」
「なら、いい。あとは音と気配だな。……よし、場所を変えるぞ」


盗賊達やそろそろ来るであろう金鹿の生徒達に見つからないよう、周囲の見方を教わりながら移動した。
全体の把握の仕方や注視すべき場所等の知識は、この先のいつ役に立つのか疑問だが自分の身を守る為のものだ。シャミアが教えてくれるこれらは、生徒達のように戦う為のものではなく、自分だけの為のもの。


「……この辺でいいか」

離れた場所で金鹿の生徒達と盗賊の戦闘が始まった。茂みに隠れてそれを盗み見つつ、万が一がないように見守り、それが終わり次第後始末をするのが今回の任務だ。


「……お、級長はいい弓使いですね」
「悪くはないな。あの薄弱そうな眼鏡も筋が良さそうだ」
「やっぱり眼鏡って命中率上がるんですかね…」
「さてな。慣れない馬鹿が付けても事故るだけなのは間違いないが。それにしても、あの新任教師……立ち回りが上手い」
「守りと支援の使い分け方が絶妙ですね。思ったより突破力もある」


シャミアと騎士がベレトや生徒達の評価をしているが、私は半分程しか理解できない。ベレトが何の為にどのような立ち回りをしているのかなんてわからないから、なんとなく強そうだなと思うだけだ。もしも自分が普通の生徒であれば、いずれそういうことも理解できるようになるのだろうか。

( ……もしも生徒であれば、なんて……、なれるわけがないのにな )

そう自嘲しながらシャミア達の会話に混じっているうちに討伐は無事終わった。

この後は騎士団が調査に入る。
生徒達を狙った理由が何なのか、それは判明していないのだ。死人は何も語らないが、息の残っている者や頭領の持ち物から手がかりを得るつもりなのだろう。
しかしその調査を見せる気はないのか、私と騎士はシャミアから周囲の見回りを頼まれた。


「……」
「なぜ、ここが赤き谷と呼ばれるのでしょうね?」


ついてきた騎士が景観を眺めながら呟いた。
視界の端には生徒達が手当てをしたり、騎士団が倒れた盗賊達を運んだりしている。少し離れた場所では、一人の生徒が辺りをきょろきょろと見回していた。

( …あれは、クロードかな )

まだ警戒をといてはいないらしく弓矢は手にしたまま。足元や袖口には返り血か彼の血かわからないもので汚れている。その足元には、まだ乾いていない血溜まりがあった。


「真っ赤になったことが、あったからだよ」


隣の騎士に呟き返して、その場を離れる。どういう意味かと聞いてくる騎士に詳しくは知らないのだと苦笑して、ぐっと胸を掴むように抑えた。
私にとっては取るに足らない悪夢でしかないのだから、と。