灰狼の学級


灰狼の学級ヴォルフクラッセなるものがある。
十年以上前にアルファルドという修道士が設立したもので、ガルグ=マク大修道院に併設された士官学校の元生徒等によって構成されているらしい。わけあってアビスにいる若者のために設立されたらしく、教室や制服なんてものもある。しかしながら担任のいない灰狼の学級は、ユーリスを級長にアビスの自警団のようなものとして機能していた。

「……私は元生徒じゃないのですが、」
「まぁ細けぇことは気にすんなって!お前にとっても悪い話じゃないはずだぜ?」
「そうそう。ちょびっとだけどお給金もあるしさー。普段は街の見回りとかしてればいいだけだし。」
「時には身体を張るような危険もありますが、あなたならば問題ないのではなくて?」
「…うーん…私は最低限の衣食住だけあればいいのですが…内職も楽ですし。」
「何言ってんだ。最低限の衣食住はともかく、限度のある内職は弱い女子供や動けねぇ老人の為のもんだろうが。動けるんならきっちり働け。」

ユーリスの言う通り、貧しい街で元気な若者が肉体労働をするのは当然のことだ。

ワケあり人間だけでなく病人も多いアビスの維持は大変難しい。主にアビスを支えているのはアルファルドからの援助と、怪しげな商人との取引。多くはないが内職をして生活必需品や食糧を得ている。あとはもう地上にこっそり出てからの自給自足だ。出稼ぎは少数派だが、狩りや採集に行く人間もいる。ちなみに地上に出るのは主に灰狼の学級の人間や、ユーリスの部下…もといアビスの破落戸達であるらしい。

「つーわけで、これは打診ってより命令だな。制服は余ってるやつを適当に見繕っとけばいいからよ。」
「制服を着ないという選択肢は…、」
「ないな。どうせなら俺と似たようなやつにするか?」
「バルタザールのは前が全開じゃないですか…。」
「バルト、セクハラじゃん?」
「…は!いっいや、これはそういう意味じゃなくてだな、この前を開けて靡かせる感じが…、」
「そんなことはどうでもいいですわ!リルメ、ハピ!早速、制服を探しに行きますわよ。」
「…え、ハピも?」
「おー、ついでにいろいろ教えてやっといてくれ。」

ユーリスがひらりと手を振れば、コンスタンツェは私の手を引いて揚揚と歩き出した。のたのたとハピもついて来ているので、これはもう灰狼の学級に所属することは決定らしい。
アビスに訪れた初日に紹介されたこの顔触れと、今後もお付き合いしていくのだろう。彼らが嫌いなわけではないし、働かなければならないことも理解しているので、文句も不満も言うつもりは無い。

けれど、

「……。」
「まぁ…、」
「……なんていうか、アレだね。」
「……私…なかなか下品な体型だったのですね…。」
「そ、そんなことはありませんわ!ほら、あれですわよ、あれ…そう、その、」
「なんか、酒場にいそうだよね」
「ハピ!」
「……娼婦みたいな…?」
「そっ…そうではなくて、その、とても成熟しているだけですわ!」
「ありがとうございます…。」
「なぜ落ち込みますの!?面倒臭いですわね!脱げ落ちるわけではないのですから、着られれば何でもいいでしょう!」

女子部屋に仕舞われていた予備の制服は、修道女として大修道院にいた時よく見かけた形のものだった。色合いは灰狼の名に相応しく、くすんでいるものだが。かっちりした肩周りに腰に向かって締まった裾、ひらりと太腿の上で翻る短いスカート。

「…、いや、やはり着なくてもいいのでは?」

肩幅や袖の長さは良いのだ。しかし自分で思っていた以上に育っていた胸と、対称的に肉付きの悪い腰が大変よろしくない。胸に持ち上げられた上身頃の裾が心許なく、両腕を上げれば容赦なくヘソが覗く。肩も回しにくい。スカートも腰できちんと締めると些かはしたない丈になってしまう。腰骨あたりまでずらせば丈は足りるが、その代わりヘソが丸出しになるのだ。

「…なんだか申し訳ない気持ちになります。」
「……ま、制服はアルフさんに相談するとして、とりあえず今日はそれでいいんじゃない?」
「…そういえば、先日お会いしたのですわよね?アルファルド様に。」
「はい。ここに来たその日に、たまたまアルファルドさんがいらしていたようなので。その時に灰狼の学級のことも聞いたのですが…その時は所属するようになんて言われませんでしたよ?」
「そうでしたの?」

ユーリスにアビスの居住区へ連れて来られたあの日、アルファルドと居合わせたのは偶然だった。ユーリスに紹介された流れで彼と面談のようなことをしたのは、ユーリスが私を訝しんでいたからだったのだろう。

わけあって家族と住処を失い、巡礼者と共にここへ流れ着き、修道士となったこと。しかし敬虔に祈りを捧げていた家族が救われなかったために、私自身は女神を信じられなくなったこと。
そんなことをざっくり話す私に、アルファルドはそっと頷きかけてくれた。決して深入りも詮索もせず、ただ気遣わしげな顔をして、
『愛する者を失う痛みは、容易く癒えるものではありません。あなたは穏やかな方に見えますが、随分と疲弊しているのではないでしょうか。』
と、静かに受け入れてくれたようだった。ここでゆっくり休んでください、と。

アルファルドは修道士だと聞いているが、不信心者が元修道士であったとしても拒絶や侮蔑はしなかった。修道士として理想的な優しさと懐の広さを認めたのは彼が初めてだったかもしれない。
もし、自分がもっと早く心を開いていれば、地上でもアルファルドのように許してくれる人と出会えただろうか。なんてことも考えはしたが、きっとまあ、今出会えたからよしとすべきなのだろう。

「…リルメはさあ、」
「ハピ?」
「灰狼の学級に入るの、イヤ?」

ぼんやりと、しかし窺うようなハピの目をじっと見返す。
別に嫌なわけではない、喜ばしくもないだけで。しかしそんな本音を零すわけにもいかず、答えに一瞬窮した私をどう見たのか。ハピは曖昧な笑みを浮かべて首を降った。

「ヤならそれでもいいんじゃない?ユリーは働けって言ってるけど、他に手段がないわけじゃないし。」
「ああ、その、嫌だとかそういうのではないのです。私とて働かなければとは思っていますし、ハピもコンスタンツェも良くしてくれてますから、不満も特にありません。ただ、このような場所での社会生活は初めてですから。私に務まるかどうか不安で、」

そう苦笑すれば、ハピもコンスタンツェも頷いて「大丈夫」と微笑んでくれた。彼女らは新参者の私を特に厳しい目で見ることも疑うこともせず、もしくはそうだとしても顔には出さず、普通に接してくれるつもりなのだろう。
実を言えば会ったその日から自分を鋭く観察しているユーリスが苦手になりつつあるのだが、それは暫く口にしないでおいたほうがいいかもしれない。