誰が為の剣



「……という感じなんですが、シャミアさんはどう思います?」


ガチャガチャと鎧を着込みながら半ば愚痴のように尋ねると、素っ気なく「知らん」と返された。

「レアさんだって、リルメの懸念していることくらい想定内なんだろ?別に気にしなくていいんじゃないか」
「あの人は自分の首が締まるかもしれないことまで想定してるくせに、全部切って捨てれば問題ないって思ってるから困るんですよ」

王国小領主による教団への反意。その鎮圧の後処理に、元傭兵の新米教師率いる同盟領の生徒達が向かう。
……誰がどう考えてもおかしいと言うのではないだろうか。後処理だから誰がやってもいいでしょう、なんて安易に言える人ばかりではないはずだ。そのおかしな采配によって何か想定外のことが起ころうが起こるまいが、うまくいこうがいくまいが、周囲の教団への信頼は少なからず動く。
その皺寄せがどこかにいくか、大司教とてわからないはずもないのに。


「別にそれでもいいだろ、アタシがいるんだからさ」
「…、」


溜め息混じりな私の言葉に答えたのは、知らぬ間に背後にいたカトリーヌだった。さすがシャミアの相棒、いつからそこで聞いていたのか全く気づかなかった。
それより私は今しがた、カトリーヌが信奉する大司教の愚痴を言っていたのだ。これから彼女の任務に同行させてもらうというのに、怒っていたらどうしよう。


「レア様は何があろうとアタシが守る。だからアンタは、自分のことだけ心配してりゃいい」
「……カトリーヌさん」
「そういやリルメ、呼び名は何なんだ?」

呼び名?と唐突な話題転換に首を傾げた私の隣で、シャミアが「あっ」と珍しく声を零した。

「すっかり忘れていたな」
「おいおい…これから任務だってのに大丈夫なのか?」
「あの、呼び名って何のです?」
「今回の任務、アンタはセイロス騎士団に偽装してカトリーヌに同行するんだ。姫としての名前をそのまま使うのはマズイだろ」
「前回の、ザナドの時はどうしたんだよ」
「あの時は少数での隠密行動だったからな。あの教師や生徒達の前に出ることもなかったし、名前を伏せる必要がなかったんだよ」
「なるほどね……で、どうする?」
「悪口以外なら何でも…できれば、明日には忘れられそうな名前がいいです」
「さすが姫、難しいワガママを言いやがる」


からりと笑ったカトリーヌは「セイロス騎士団からとってセイでいいか」と雑に決めてしまった。セイ…とてもありふれていて良い呼び名だ。

それはさておき、私はこれからカトリーヌと共にセイロス騎士に扮してロナート卿反乱の鎮圧へ向かう。つまり、ベレト率いる金鹿の学級の前に、不肖姫ではなくセイロス騎士として出るのだ。
髪を兜の中に詰め込み、鋼の剣に擬態させた魔法剣をありふれた鞘に納め腰に差した。何度か鎧を着込んだことはあるが、兜越しの視界の悪さには未だ慣れない。


「……どうです?ちゃんと隠しきれてます?」
「ああ。どこにでもいる一兵卒になりきれたな」
「こそこそ動く時だけじゃなく、日頃からそうしてたらいんじゃないのか?不審者なんぞ絶対に寄ってこない」
「日頃からこれに?……ただのサボり騎士になりそうですね」


兜の中でそう呟くと、カトリーヌが小さく笑った。彼女はどうやら私の大司教への愚痴は聞かなかったことにしてくれたようだった。

シャミアに見送られ、セイロス騎士のセイとして金鹿の生徒達の前に立った時。誰もが不肖姫ではなくセイとして扱ってくれるのを見て、シャミアの提案も悪くないと思えた。









空の色は鈍かった。時期外れだと思われる霧が出ても違和感がない程度には、淀んだ色合いの風景。

先程、この地の民を手にかけた。ロナート様をお守りするのだと奮起して斬りかかってきた彼らは、斬り捨てる他なかった。殺らなければこちらが殺られる、そういう摂理の中に武器を持って飛び込んできたのは、民とはいえ彼らの方だ。悔いることではないと、頭では理解している。


「ローレンツ、突出するな!」
「少し下がれっ」

先生とクロードの声が聞こえてきてハッとする。周囲の深い霧に遮られて、味方の姿がぼんやりとしか見えなくなっていた。

( っ僕としたことが…! )

民を手にかけた悔いだろうか、はたまたロナート卿に対する怒りだろうか。先生の言う通り突出してしまったらしい。仲間の近くへ下がらなければと、注意深く視線を巡らせた瞬間、

「ローレンツ、後ろっ!」

振り返った時には既にそれは目前にあった。
( 間に合わない…っ……? )
ぎゅっと咄嗟に目を閉じてしまったものの、衝撃は来なかった。トンっと肩を押され思わずよろめく。


「……貴女は、」


目の前ではセイと紹介された騎士が剣を奮っていた。一遍の容赦もなく民兵の脚を抉り、古びた槍を取り上げてその頭を殴りつけている。
昏倒した民兵に槍を突き立てたその騎士は、くるりとこちらに振り返った。

「っ!」

兜で顔を隠し見えるのは口元だけ。体格からして女性だが、その戦いぶりはとてもではないが侮れなかった。無言でこちらに視線を巡らせる、その圧にも怯みそうになってしまう。


「ローレンツ、無事か」
「、先生…すまない」


駆け寄ってきたベレトがざっと自分を頭から爪先まで見下ろしてひとつ頷く。どうやら心配をかけてしまったようだ。
助けてくれた騎士に礼を言おうとして振り返ると、そこに彼女はもういなかった。


「……ん?」
「どうした?」
「いや………その、トドメを刺したわけではなかったのだな、と」


先程の彼女が槍を突き立てた民兵を見下ろす。その槍は地面に深く突き刺さっていたが、民兵の身体を貫いてはいなかった。脇下の服を縫い付けるように刺してある。とはいえ、抉られた脚はもはや立てない程のものだし頭を殴りつけた時も酷い音が響いていた。
戦力外に追い込みはするが命までは取らない、その傲慢さが許される技量はさすがセイロス騎士だと言わざるをえなかった。

その後、何やら怪しげな術を使っていた者を倒すと周囲を覆っていた霧が晴れた。これは時期外れの霧だと誰かが言っていたが、魔導によるものだったようだ。


「カサンドラ……雷獄のカサンドラ!我が息子を裏切った狂信者め……!」
「アタシの名はカトリーヌだ。女神の僕たるセイロス騎士団の剣、その身で味わいな!」


ロナート卿とカトリーヌは一体どんな関係なのだろう。どういう会話なのかもわからないが、ただならない様子に自分達は首を捻るしかない。
我らが担任といえば、その様子を静観しているようだった。いや、元より何を考えているかわからない人ではあるが不思議そうにはしていない。


「霧は晴れても、我が息子の無念は晴れぬ!腐った中央教会に主の裁きを……!!」


今回の件、ロナート卿の事情は少しだけ聞いていた。彼の御子息は教団に裁かれ、その恨みによるものなのだ、と。御子息が裁かれた理由も、なぜ裁いたのが教団だったのかも、そもそも何の罪があったのかも自分達は詳しくは知らない。王国や教団の事情だ、深く知るべきではないことも理解している。

( ただ、微かに違和感がある…… )

言葉では説明しがたいが、妙な気持ち悪さがあるのだ。ずっと。


「貴様だけは、貴様だけはこのわしが……!」


激昂して槍を握り締めるロナート卿と、同じ憤怒の顔で卿の周囲を固める兵士達。ロナート卿の為に死んでいった民でさえ、覚悟と決意と怒りがあるように見えたのだ。

( それだけ民に慕われる領主が、教団による裁きをここまで恨むだろうか。もしや冤罪…いや、さすがにそれは……御子息も領主と同じくらい民や兵士に慕われていたからかもしれない… )

よせばいいのに、そんなことをつらつらと考えては、やり場のない気持ちと言葉を飲み込んだ。級友達もやりきれない表情でロナート卿を囲っている。
そんな自分達に向けられた卿の目には、微かな憐憫があった。


「お前達もあの女狐に誑かされているのか…」


女狐?誑かされているとはどういうことだろう。息子を奪われた無念を晴らしたい報復者の狂言、などと簡単には思えない。
それは彼女も同じだったらしい。


「カトリーヌ殿」
「……セイか、どうした」
「ロナート卿…生け捕りにしませんか?これは恐らく、彼だけを斬って捨てれば済む話ではない気が……」
「駄目だ。アタシらが命じられたのは討伐だろ」
「?鎮圧だったはずでは?」
「アタシはレア様に討伐を命じられた」
「……」


それは、どういった齟齬なのか。自分達はセイロス騎士団による鎮圧の後処理が元々の課題だった。カトリーヌ達も鎮圧を命じられていたのではなかったのか。


「……わかりました。ですが、討伐までは生徒達の課題ではありません」
「……ああ、わかってるよ。ロナート卿は、…せめて、アタシがやる」

そうして、戦いの末に倒れたのはロナート卿だった。生け捕りにする機会もあったが、カトリーヌは容赦なくその胸に雷霆を突き立てたのだった。




霧の晴れたマグドレド街道は美しかったと思う。戦闘の痕跡さえなければ、恐らく美しかった。


「しかし…何とも後味が悪いね」
「まさか民まで巻き込んでいるとは、やはり貴族の風上にも置けないな」

息子の仇討ち、と聞けば同情心が湧かないわけではない。あまり考えたくはないが、冤罪だとロナート卿が思い込んでいた可能性があるならば、なおさら。
しかし感情に呑まれて他者の命を、まして貴族である者が己を慕う平民の命を徒に散らすことは許されない。どのような理由であれそれは暴挙なのだ。

自分のような矜恃は持ち合わせていないらしいクロードは、後方で先生と一緒に首を傾げている。


「……やっぱり、リルメはカトリーヌさんとロナート卿の因縁を知ってたんだろうな」
( ……リルメだと? )
「だから…つけるのはアロイスにすべきと言っていた?」
「先生もそう考えるか。二人の因縁に決着がついたなら、それはそれでよかったんじゃないかと思うが……」


悪意と諦感をもって不肖姫と呼ばれる大司教の養女、リルメ。稀に大修道院内で見かけることはあったが、実態の知れない者だとしか思ったことはない。噂通りの無責任な愚か者ならばこちらとしても無用なので、特に気にしたこともなかった、が…。なぜここでその名が出るのだ。


「……もしや、カトリーヌ殿とロナート卿の因縁を俺達に知られたくなかった…?」


クロードが小さく呟いたそれは辛うじて聞き取れた。
不肖姫ことリルメは二人の因縁を自分達に知られたくなかった?それは、なぜ?彼女は無関係のはずでは?そう疑問が湧く傍ら、ロナート卿がなぜあそこまで教団を恨んだのかというところにまで思考が遡った時、


「先生、少しよろしいですか」


セイという騎士の声に、ぱっと後方を振り返る。
先程までの疑問は、彼女に救われた礼を言わなければという思いに押しやられた。

先生に何やら二三言告げて離れようとするセイを呼び止めると、彼女は足を止めてゆったりと振り返った。これは貴族の所作だなとどこか感心しつつ、自らも貴族らしく優雅に腰を折る。


「……先の戦闘で危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「…いえ、ご無事で何より。自分は仕事をしただけなので、どうかお気になさらず」


それでは、と軽く礼をした彼女の、その所作はやはり洗練されていた。淡々と職務に徹し、無駄に鎧の音をたてることもなく歩く姿はまさに硬派な騎士だ。それでいて優雅さが見てとれるのだから、相当に厳しい教育を受けてきた貴族に違いない。


「………美しい」


その後ろ姿に感嘆の息をつく自分をクロードは揶揄ってきたが、その頃にはロナート卿の因縁だの何だのはすっかり忘れていた。








「……お疲れ様」
「ウァリアム司祭?」


大修道院に帰還し、とっとといつもの不肖姫に戻った矢先。自室の戸を開けた側で、ウィリアムが壁に背を預けていた。


「どうだったよ、カトリーヌさんのお付きをしてきた結果は」
「……」


歩き出した自分の隣に並び立ち、小さくそう問いかけられる。
ウィリアムは元々は利害関係しかなかった司祭だ。いつの間にか護衛と自称してアビスにもついてくるようになり、何かと気にかけてもらえるようにはなったものの、彼は別に保護者ではない。セイロス騎士に扮してカトリーヌの任務に同行することも、直接は話していなかったのだが。


「……シャミアさんにでも聞いたの?」
「ん?」
「今回のこと。ウィリアム司祭には何の話もしてなかったなって、今気付いたんだけど…そっちはそっちで知ってたんだね」
「ああ…まあ、俺はカトリーヌさんから聞いたんだがな」
「ふうん……ま、いいけど。それより、やっぱ嫌な感じになるかもしんない」


微笑みながら声音を低くした私にウィリアムも「嫌な感じ?」と囁き、微笑む。傍目には仲良く並び歩きながらの談笑だが、その実態は密談である。


「まずは私と大司教の話をクロードとベレト先生が盗み聞きしてたらしい…ってのも失敗だったんだけど」
「盗み聞き?」
「してたっぽいね。しっかり余計な懸念まで持たれてるよ、特にクロード」
「……リルメにあまり関わらないでほしいって突っぱねられてた金鹿の級長だよな?」
「そんなこと、よく覚えてたね」


小さく笑いながら視線は周囲に巡らせる。誰かが自分達の会話に聞き耳をたてていないか、いつもとは違うおかしな視線が寄越されていないか…。
隣で微笑むウィリアムも同じことを気にしているだろう。


「ロナート卿は、息子の無念を晴らすって言ってた」


そのために無謀ともいえる謀反を起こした。
……本当に、それだけだろうか?


「昔、敬虔な信徒だった頃のロナート卿に会ったことがある。そんな私怨だけで動く人には見えなかったがな」
「……そう」


御子息を失ったことでおかしくなってしまったのか。受け入れられず、納得もせず、今になって反旗を翻したのはどうしてだろう。

そういえば、女狐に誑かされているとも言っていた。
明らかに裏切られた者の言い分だ。
そして誑かされたままであろう生徒達を憐れんでる、ようにも見えた。


「……ロナート卿は、許せないから謀反を起こした。けど、弱かったから負けたんだね」


「……生徒にも少なからず影響はあったと見てる。あれが王国の生徒なら、少しは心象も違っただろうに」


そう言いながら、ふとアッシュのことを思い出した。何かの書類で彼がロナート卿の養子であることを見たような気がする。

それを確認すべく、ウィリアムと別れて大司教の執務室へ向かう。あそこには今年度の生徒目録があったはず…と考えながら大広間を足早に歩いていた時、


「お待ちなさい、リルメ」


ふと聞こえたそれに嫌な予感がしつつ立ち止まると、少し離れた席につく修道士達がこちらを見ていた。


「……何でしょう」


そちらを見返しながら問えば、修道士達の表情が固くなった。


「何でしょう、ではありません。呼ばれたのだから、こちらへ来なさい」
「はあ、今急いでるんで」
「どうせ遊び歩いているだけのくせに…いいからこちらへ来なさい。いつまで私に声を振り上げさせる気ですか?」


確かに天井の高い大広間でその修道士の声は響いていた。だけど、それが何だというのだろう。いつもこそこそ陰口を言っているのだから、たまには大声をこちらに向けてもいいのではと思ってしまう。


「用件があるなら呼びつけてないでそちらから言いに来てください」
「なっ、」
「私はそちらに用などありませんが、少しなら時間をとれますよ。さあ、ご用件をどうぞ」
「っ黙って聞いていれば…!」


声を張り上げていた修道士とは別の修道士がガタンッと席を立つ。大広間で事を静観していた人々からも、非難の視線が集まってきた。

「なんて無礼な」
「傲慢で、かわいげもない」
「上位者に呼ばれたら出向くのは当然のことなのに」
「自分の立場がわかってないのかしら」

上位者とは誰のことだろうと首を傾げ、ぐるりと周囲を見渡す。こちらが目を向けられれば咄嗟に口を閉ざすような者ばかりだ。この背中に、耳に、不快な言葉を投げつけるだけで、目と目が合えば顰めっ面で黙りこむ。……一体、この大広間のどこに私が敬うべき者がいるのだろう。


「……で、ご用件は?」


再び修道士達に視線を向ければ、席から立ち上がった修道士が机をバンっと強く叩きつけた。


「ふらふらと遊び歩いているだけの分際で、その態度は何なのですか!」
「用件はお説教ですか…」
「こちらの言葉が理解できないのですか!いいから来なさい!!」


再度バンッッと机を強く叩きつける音が大広間に響いた。シン…と静まりかえったそこに、私のこれみよがしな溜め息が落ちる。


「私はこれでも教わったことは忘れません。幼い頃に何度も教え込まれたことはね、今でも実践しているつもりです」
「は?ど、どこが…」
「"信用ならない者に従うな"」
「!」
「何と言われようが信用ならない者に着いていってはならない、ましてや大きな音をたて威圧してくるような者は危険だ、と……大司教や騎士団の方々から口酸っぱく言われてきたのです」


ぱくぱくと口を開閉させて言葉をなくす修道士に、今度はにっこりと微笑んだ。

「お互い、信用などない赤の他人です。ご用の際は、相応の距離感と礼節をもってお声かけください」

ゆっくりと丁寧に浅く礼をして、今度こそ修道士達に背を向ける。もう私を呼び止める者はいなかった。

この背を眺めて感嘆の息をつきながら微かに首を捻った生徒がいたことも、当然知りはしなかった。