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ガルグ=マク郊外の街に賊が現れたらしい。アロイスが慌てて報告しに来るなり、大司教は彼を連れ立って行ってしまった。
「……アッシュ、街が心配?」
青い顔をした彼に問いかけると躊躇いながらも頷いた。
「弟達が街の教会に預けられてるんです…もしも賊が教会に押し入ったらと思うと…」
「気になるなら様子見てくる?」
「……それは、できません。賊は陽動の可能性があるんでしょう?だったら、そちらは騎士団の人達に任せて、僕にできることをしないと…」
そう言いつつ不安で仕方がないという顔をする彼に、無責任に大丈夫だとは言えない。彼の養父に続き弟にまで何かあれば、私は生徒であるアッシュを巻き込んだことを必ず後悔するだろう。そう考えて何も言えないでいる私に、アッシュは苦く笑った。
「……きっと、大丈夫ですよ。弟達にはこういう時のために、逃げ方や隠れ方を教えていますから」
「…そっか。それなら無事を信じていよう」
「……ありがとうございます。それより、灰狼の学級の皆のこと、どうするんですか?」
「ねえ、あたし、よくわかんないんだけどー……アルファルドさんとユーリスくんが裏切ってたってこと?」
ヒルダの疑問にベレトが「いや」と緩く首を振った。
なんでもベレトは先程ユーリスに斬りつけられ、アルファルドとユーリスはコンスタンツェ達の動きを封じて連れ去って行ったらしい。ベレトは蹲ったまま傷ついたフリをしつつ立ち去る彼等を見送ったのだ、と。
「実は、ユーリスと夜半過ぎに聖廟で待ち合わせている。ユーリスには何か都合があるらしいと思ったから皆には黙っていたんだ、すまない」
「いつの間にそんな話を…」
「聖廟で待ち合わせ?あそこって、今は閉まってるんじゃないの?」
「前節の襲撃以来、警備が厳しくなったって聞きましたけど」
「それも、なぜ夜半過ぎなのかしら。すぐに踏み込んだほうがいいのでは?」
「……リルメ、知っていることがあるなら話してくれないか?」
口々に意見を言い合うなか、ベレトが私に問いかける。賛同するように全員の視線が向けられて、居心地悪くなりながらも頷いた。
「……まあ、ここまで巻き込んでしまいましたし…説明はしますよ」
とは言ったものの何から話せばいいのか。
ううんと唸る私に気を利かせてくれたのか、クロードが「まずは俺の疑問に答えてくれるか」と聞いてきた。
「うん、いいよ」
「……まず、お前は何者なんだ?不精姫なんて噂の影でいろいろと暗躍してそうだが…」
「ええ?難しいこと聞くねえ……まあ私は知っての通り不信心者だし教団の厄介者だよ。アビスの支援なんてしてるもんだから、アルファルドさん同様の敵も多い」
「だが、養母である大司教殿とは親しそうに見えたぞ?」
「それは私が一方的に無遠慮なだけ。とはいえ、大司教は中立だからね。今回の件は大司教といろいろ話し合って、アビスや灰狼の学級を見捨てない算段をさせてもらってる」
大司教とそんな話し合いをするようになったのは、私が前前節にユーリスの異変を嗅ぎ取ってからだ。
すぐにユーリス本人に勘づかれないよう彼の近辺をロック婦人に探ってもらった。アビスに侵入する賊に気付いてからは、その対処をしつつ、賊の狙いである宝物…始原の宝杯について調べていたのだ。
「アルファルドさんや灰狼の学級の者達と話し合わなかったのは何故だ?お前なりに安全策を練っていたのだし、賊のことを話し合っていてもよかったんじゃないのか」
「ディミトリなら、話し合ってた?アビスの内部に敵がいるかもしれないのに?」
「……リルメは、最初から疑っていたんだな」
「そうだよ。アビスなんて簡単に見つけられる場所じゃないし、使える出入口も時々変えてたから、頻繁に賊が迷い込むことなんてないんだ。しかも、賊はアビスに宝物があることを知ってた。始原の宝杯なんて…ましてそれが封印の谷にあることなんて、その辺の有象無象が知ってるわけが無い」
「確かに地上の書庫に宝杯の記録はなさそうだよね。宝杯の存在を知ってたら、アビスを浄化すべき地下街だなんて言う人もいないはず…」
「リンハルトの言う通りね。それを知っているのは恐らく教団の上層部……」
「しかも、この複雑な作りの地下街に賊を引き込める程度には、アビスに精通している人物……ときたら、アルファルドさんしかいないってわけか」
クロードの言葉を肯定して、ちらりとディミトリを見る。彼は公正で弱者に優しい人のはずだ。アビスの住民を救わんとし、住民に慕われているアルファルドを「それならば」とは割り切れないのかもしれない。
「……灰狼の学級やアビスの住民に話せば、間違いなくアルファルドさんの耳に入る。あの人はここの正当な管理者だからね。その補佐をしている程度で、かつ今年はなるべく地上にいなきゃいけない私は、何も知らないフリをするしながら……まあ、クロードの言う"暗躍"をするしかなかった」
「だからレア様といろいろ話し合ってたの?」
「まあ、そうだね。というか、大司教もアルファルドさんのことを不審に思ってたらしくって」
ユーリスがアビスへ来ることになった事件。アルファルドの言葉でユーリスは処罰は免れアビスへ移ることになったが、それを大司教は不審に思い、ユーリスと取引をしていたらしい。しかし、ある時からユーリスとのやりとりが難しくなったため、大司教は私に話を持ちかけてきたのだ。
「……今節に入ってからかな。ユーリスがアルファルドさんに弱味を握られたかもしれないと聞いてね」
「!」
「大司教と話して、計画を立てたんだ。まずは封印の谷に賊を誘導して敵の戦力を削ぐ。並行してアルファルドさんが握るユーリスの弱味を探り、準備が整い次第、できるだけ事を荒立てないよう片付ける……つもりだった」
「あー…それは、俺たちが来たことで予定が狂った、ということかい?」
「最初はそう考えたし凄い困ったけどね。だけど宝杯を手にできたのも、まあ幸いなことだし……結果的に解決は早まるのかもしれない」
「どういうことだ?」
「今日知ったことだけど…解決が見えた理由はふたつある。ひとつはユーリスの弱味…これは彼の母親や仲間だね。人質にされてたらしいんだけど、それを奪還する目処がたった」
「!それで、アルファルド殿と共に裏切ったように見せてたのか」
「そう。あと、もうひとつはアルファルドさんの明確な裏切り。予想通りなら、今頃アルファルドさんは宝杯の儀の準備を整えてるはずだ」
「それは止めた方がいいのでは?気分の悪いことだけど……彼等の血を使うのでしょう?」
「たぶん、実際に血を取って儀式を始めるのは夜中だ。成功のために静謐さが必要なら人々が寝静まった真夜中を選ぶ。敬虔な信徒なら、女神の星が見える時間…ということも意識するかもしれない」
「なるほどね……だが、街に現れた賊がアルファルドさんの手引きによるものなら、儀式を邪魔されないよう、夜中にも何か起きるんじゃないのか?」
「クロードの言うことはもっともなんだけど……そこは、ユーリスの母親や仲間のためなんだよ。いつ手を出されてもおかしくない状況に置かれてる以上、そっちは慎重に動かなきゃいけない。」
ロック婦人が手配した傭兵と、僅かなセイロス騎士団のみがこちらの戦力だ。夜闇に紛れて敵を包囲し、奇襲をかける作戦でなければ人質を守りきれない。
「今夜は真夜中に鐘が鳴るんだ。人質の奪還と同時に、ね」
「それを合図にユーリスは反旗を翻す、ということかしら」
「そして俺たちが乗り込む、と?」
「そういうこと」
微笑んで肯定すれば、各々が納得したり思案したりとで暫し無言になった。
あらかた流れは説明したし、話しておくべきことは……ない、はず。あとは今夜に備えるだけだ。
( さて、夜までの時間、何をしておくべきだろう… )
街の賊は騎士団が対処している。こんな事態が起きているのだから、今夜は誰もが警戒を怠らないようにするだろう。
「リルメちゃん、ひとつ聞いていい?」
不意にヒルダが体を寄せてこっそりと訊ねてきた。
「こんな時だけど、あたしのやる気の為にも、どうしても聞きたいことがあってね、」
「やる気?どうしたの?」
「……あのさ、リルメちゃんとユーリスくんって、その……そういう関係なの?コイビト、的な」
昼間にあんな場面を見られたからだろう。寝台の上、いやらしさ全開のユーリスが誰かを押し倒していたらそういう目でしか見れないのも頷ける。コンスタンツェは「信じられませんわこのケダモノ!」と憤慨していたし、ユーリスは怒鳴られているにも関わらず「俺以外の奴に襲われないよう戸締まりはしっかりしろよ」と笑って煽るようなことを言っていた。……誤解を招くのは仕方ないことだ。
「あたし、すっごく気になっちゃってて…」
ヒルダはどこか期待するような、けれど勘違いであってくれと願っているような、複雑な眼差しをしている。
「ふふ、誤解させてごめんね。全くもって、そういうのではないよ」
「え、ええ〜?本当にい?」
「本当。あの時のユーリスは出歩こうとする私を寝かしつけてただけなの」
「ね、寝かしつけ!?あんな…っえ、えええ?」
「二人とも、面白そうな話してるじゃないか。俺も混ぜてくれよ」
私とヒルダの肩に乗った少し浅黒い手。振り返ると何とも言えない笑みを浮かべたクロードがいた。
「え、これ面白い話なの?」
「俺にとっては、な。……で、ユーリスが何だって?」
「…忠告されたんだよ。出歩いたら敵が寄ってくるって」
「敵?」
「私が動くと面倒なことになるってのはアルファルドさんもわかってるからね、邪魔させたくなかったんだと思うよ」
私が淡々と告げたそれにクロードは顔を顰めた。そして少し躊躇いながら口を開く。
「……なあ…アルファルドさんはその、恩人、なんだろ?そうあっさり割り切れるもんなのか?」
「……」
クロードの聞きたいことはわかる。彼の裏切りが悲しくないのか、なんて…まあ普通はこの状況で聞く人間もあまりいないと思うけど。現にヒルダは「やらかした」という顔でクロードと私を見比べているし。
「アルファルドさんはね、きっと誰かに脅されてるんだよ」
「……ユーリスみたいに人質でも取られてるってのか?」
「さあ、そこはわからないけど。アルファルドさんは私財でアビスを支援するような人だ。枢機卿といえども決して豊かではないアルファルドさんが、あんな数の敵を雇ってアビスに送り込めるわけがないの」
枢機卿をはじめ、教団の上層部も関係者も高給取りなわけがない。そもそも奉仕活動をするのが仕事なのだから、活動費以外は基本的に無収入だ。そのあたり、セイロス騎士団とはわけが違う。
「あの人の裏切りは、本意じゃないはずだよ」
そんな証拠は未だ見つけられていないけど。
「ユーリス達だけじゃなくて、あの人のことも……解放、してあげないとね」