る
「……うーん…」
辺りをきょろきょろ見渡しながら、時折あらぬ所を覗き込んで溜め息を吐く。厩舎付近の通路は脇に資材がたくさん積まれているので、その裏側まで目視で確認した。
「……何をしている」
自由に過ごすべき休息日とはいえ、そんな私はやはり不審だったのだろう。周囲からの訝しげな視線には気付いていたが、声をかけられはしなかったから、これ幸いと放置していた。が、やはり見過ごしてはもらえないらしい。
「…イエリッツァ先生。私ね、ねこを探してるんです」
「……猫?」
「はい。食べようとしてたお菓子をうっかり落としてしまったんですが、それをねこが持って行っちゃって。ねこが食べたらおなか壊すかもしれな…こわっ!」
カッ、と。仮面の奥の瞳が瞠目されて、あまりの眼光に慄いてしまった。
「…何の菓子だ」
「チョコとレーズンの……こわっ」
「…どちらも致死毒になりうる」
「えっ!」
イエリッツァが大層恐ろしい眼力になった理由が判明したところで再び慄いた。
実のところ話の半分は誤魔化しなのだが、事実を綯い交ぜにしてしまったことで機転の利かない面倒になりつつある。
「……どんな猫だ」
「…墨色のハチワレだったような…」
「フラルダリオリアスだな」
「フラ…え…?」
品種だろうか、それとも固有名だろうか。澱みなくフラ何たらと答えたイエリッツァは、「…あれは特に素早い…」と謎の言葉を呟いて周囲を見渡した。
「…探すぞ」
「手伝ってくれるんですか?」
「……黙って動け。万が一があったところで貴様には責任を取らせられん」
あの猫は野良ではないのだろうか。いや、野良であれば無責任に餌を与えてもいいというわけではないのだが。何やら妙な熱量をイエリッツァから感じるなと彼を見つめてみれば、じろりと鋭い眼光で睨まれた。
「……はい。身命を賭すつもりで探し出します」
さっさと踵を返したイエリッツァの背にそう告げて、やってしまったなと溜め息を吐く。
「俺も手伝ってやろうか?」
不意に後ろから声がかかって振り返れば、薄ら笑みを浮かべたクロードがいた。明るい陽射しの下にあるとその目は翡翠の宝石のように綺麗なのだが、如何せん本体の表情が胡散臭い。
「ん?その複雑そうな顔はどういう感情なんだ?」
「見たまんま。複雑な感情だよ」
「……イエリッツァ先生に凄まれて怖い思いをしたうえ、そんなところを俺に見られたのも恥ずかしい…なんてことはなさそうだな?」
「さあ、どうだろう」
「もしくは、せっかくイエリッツァ先生は誤魔化せたのに厄介な奴に見られていたなんて…ってとこか?」
「厄介?クロードが?」
「そう思われてたら悲しいがな…」
「まさか。出会ったばかりだけど、クロードのことはわりと好きだよ」
「そいつは光栄だ」
「だからね、きっとねこにも優しいはずのクロードなら、ねこを探しに行かせてくれると信じてる」
「おっと…、先手を打たれたか」
何のこと?と首を傾げ、言葉のわりにどこか愉しげな顔をしたクロードを観察する。その眼差しを受けたクロードは、意表を突かれたかのような顔から一転、にっこりと鮮やかな笑みを浮かべた。
「どうやら優しいらしい俺は、ねこも心配だし級友の憂いを払いたくて仕方のない気分だ。リルメの探しものを手伝いたいんだが……俺にも、協力、させてくれるよな?」
「……」
ああ言えばこう言う。圧は感じないが、しかしあまり張り合うようなことでもないだろう。肩を竦めて苦笑した私は、些細な話だが経緯を教えることにした。
「お菓子を落としたのは本当なんだ。ねこを構った後で、ポッケからなくなってることに気付いてね。もしかしたらあの猫が持っていったのかもしれないと思って」
「ふうん…リシテア用の菓子か?」
「いや、リシテア用のお菓子を買いに行った店で貰ったおまけの試作品なんだ。苦味が強いらしいから私が食べようと思ってたんだけど…」
必ずしも見つけ出して食べなければならないようなお菓子でもないし、リシテアの口に入るわけでもないものなら扱いは尚更おざなりになるものだ。いつの間にか消えていたお菓子の行方などは正直どうでもいい。けれど、ねこが食べてしまったらという懸念がないわけでもない。
「だが、そんな資材の裏まで探す必要があるのか?」
「……時々、拾得物を変なところに溜め込む生き物もいるでしょ?ねこに食べられもせず、そういう所にあってくれれば、こんな心配はしなくてすむし…、」
「し?」
「誰にどうやってとるのかわからないけど、責任を取らなくてすむもの」
「はは、なるほどね」
責任を負いたくないなんてことを態々口にする必要もないが、この部分は明け透けにして、他のところを深く突っ込まれないようにしておくべきだろう。
「他の奴にも手伝いを頼むか?」
「いや、とりあえずは頑張ってみるよ。……イエリッツァ先生にも、そう言ったし」
「おお…では身命を賭して尽力してくれたまえ、リルメ君」
「御意!」
「はははっ、じゃあ俺は大聖堂の方を探してくるぞ」
「えっ本当に手伝ってくれんの?」
「おい、俺を何だと思ってるんだ…?」
「ふふっ、ありがとうね」
立ち去るクロードに手を振って、ふうっと一息ついた。お菓子は確かに見失ったが、墨色のハチワレねこがそれを食べてしまったかもという懸念は差程ない。
というのも、やつは可愛く擦り寄ってきて私から餌を巻き上げたので満腹になっているはずなのだ。次々餌を差し出してしまって私も私だが、やつは腹が満たされると先程まで貪っていた鶏肉に見向きもしなくなり、では猫じゃらしをと取り出した私を無惨にも捨てていった。ふりふりと尻尾を揺らす後ろ姿に切なくなるのも二度目だ。
( 都合のいい餌係になるのは癪だけど……ねこってリシテアに似てるから、つい何でもあげたくなっちゃうんだよねえ… )
渡したお菓子を幸せそうに食べているところはもちろん至極の可愛さだが、食べ終えた途端つんっとするところもまた可愛いのだ。
( それはさておき…大義名分は得られたな )
これで少々おかしな動きをしていても咎められはしないだろう。不審そうな目を向けられることにもなるが、それは諦めるしかない。
( もしかしたら……クロードもお仲間かもしれない )
私がそうであるように、手伝いを名乗り出たクロードも、大義名分を得たことで堂々と大修道院を探り回れるのだ。
そう思い至ると若干もやっとしなくも無かったが、今は時間を有意義に使うべきだと自身も"ねこ探し"を再開した。