学級別対抗の模擬戦を控えたある日。
本格的な講義の始まりと共に現在の基礎能力の測定が行われた。広い意味での一般教養など教団が用意した座学試験もあるが、主に体力測定による戦闘力の計測だ。この結果を元に目標を設定し、各々に見合った訓練をしていくことになる。


「うわ、かなり柔らかいんだな」

座ったまま大きく足を開き、ぐぐっと地面に胸を近づける。柔軟体操に付き合って背中を押してくれていたレオニーが、おおっと感嘆の息を吐いた。

「もうちょい、いけるかな」
「えええ?押していいのか?」
「うん。べったりいける」
「…すごいな…」
「リルメは逆も同じくらい曲がりますよ」
「うん、リシテアの言う通り…こうして……っと、」
「逆?……ちょっ、怖い怖い怖い!どうなってんだあんたっ、軟体動物か!?」

ぎょっとして後ずさるレオニーと、呆れたような目でこちらを見るリシテアを、反転した視界で目に収めて笑う。身体がさして柔らかくない妹の柔軟体操は、いつ見ても可愛らしい。

「ほほう…さすが、頭一つ抜きん出てる奴の身体は違うな」
「クロード、それは褒めてるの?」
「当然さ。この感動と驚愕に満ちた瞳を見てくれよ!」
「……わあきれいなおめめー」
「そんな戯言に付き合う必要はないよ、リルメ」

レオニーの冷ややかな声を受けて、クロードは手厳しいなと肩を竦めて苦笑している。
クロードは身体の柔軟性こそそれなりだが、計算問題や論文などが含まれた座学試験では大変素晴らしい結果を出しているらしい。我らが級長は頭脳派だ。私はそこそこ座学もできるが、計算問題だけはさっぱりなので知力は高い評価を得られないだろう。

「リルメ、体力測定は断トツだよな。持久力は騎士団並みの軟体動物って一体どういう生き物なんだ?」
「足の速さも瞬発力も随一で、腕相撲大会でも一等賞……打たれ強さはどうかと思えば受け流しまで習得してるときた。普段どんな訓練してるんだよ?」
「いやいや、そんなに褒められると照れるわ…」
「はぐらかすんじゃないよ」

乙女のように恥じらって頬に触れると、手厳しいレオニーの右手が両頬を鷲掴みにしてきた。あぷぷぶと声にならない声で抗議をしたのだが、それを見ていたクロードが「美女でも変顔は変なんだな」と真顔で宣ったので同じ憂き目を見させておく。美形でも変顔は変だったと記しておこう。


そうして遊びながら柔軟体操をしているうちに、ベレトは記録結果をまとめたらしい。金鹿の学級の教室に戻り、教壇にベレトが立つ。生徒達の視線を一身に集めているものの、萎縮していたり不慣れな様子は見られないのだから不思議なものだ。肝が据わっている、というべきなのだろうか。

「まずは、現状の能力を各自でしっかり把握しておくように」

相も変わらず淡々とした話し方だが、よく通る声ではあるし耳を傾けやすい語調でもある。

「どんな能力を伸ばし、何を克服すべきなのか、そのうえでどんな目標を据えるのか…を、考えるのも今節の課題らしい」
「今節は模擬戦が課題なんじゃねえのか?」
「それは全員が出るものではないからな。生徒達の課題というよりは、教師達の課題という面もあると聞いた」
「入学したての生徒達以上に、采配を奮う教師の手腕が問われる…ってことか」

クロードの解釈になるほどと頷く。戦う力どころか戦い方もろくに定まっていない私達よりも、それをうまく指揮しなければならない教師達の方が大変だ。連携の取り方もよく知らないまま、勝手に動く可能性もある生徒だっているだろう。その手綱を握るのは教師であるはずだ。出会ったばかりの級長には些か荷が重いのだと思う。

「……で、模擬戦なんだけど…、級長のクロードは確定として、他三人の出場者を今から決めようと思う。一応聞いた方がいいのかな…希望者はいる?」

まだ入学したばかりで、互いがどういう人間かあまりわからない以上、自己主張もしづらいのだろう。こういったものに率先して立候補する程ではないが指名されれば吝かではない、という感じが半数だろうか。出れるなら出てみたい気もする派と、できるだけ出たくない若しくは絶対出たくない派に別れているようだ。

「ふむ、希望者がいないのから僕が出よう。このような行事で活躍するのも貴族の務めだからな」

希望者が多ければ名乗り出はしなかったかのような言い方だが、私はローレンツが周囲を窺いそわそわしているのを見ていたから彼は出たかったに違いない。
「さっすがー」とおだてているヒルダは絶対に出たくない派だろう。
私なんて僕なんて…と尻込みするマリアンヌやイグナーツの傍ら、なんとなく興味ありそうなリシテアとレオニーとラファエルがいる。
リシテアを推薦しようかと思ったが、参加者の構成としては誰がいいのだろう。ベレトは剣を、クロードは弓を、ローレンツは槍を扱うらしい。ラファエルは明らかに前衛だから、器用に前衛も後衛もできそうなレオニーか、天才魔導士リシテアを投入すべきだろう。
肝心の担任はどう考えているのかと彼を見れば、バッチリと目が合ってしまった。

「じゃあ、あとはイグナーツと…リルメで」
「えええっ、僕ですか!?」
「えっ」

思わぬ指名に目を瞬いたが、考えてみればまあ妥当な人選なのかもしれない。イグナーツは弓が得意だそうだし、私は自分で言うものでもないが魔法以外は何でもいける万能型だ。

「うんうん、やっぱりリルメちゃんが選ばれると思ったよ!」
「ヒルダ…嬉しそうだね」
「そっそりゃもちろん、友達の活躍が楽しみだし」
「ふふ、ありがとう。私はヒルダが活躍するとこを見てみたいなあ」
「えー?」

疲れるし痛いのヤダーと唇を尖らせたヒルダに笑っていると、ベレトが私の席の傍に立った。

「リルメ、鍛錬はいつ頃から始めたんだ?」
「鍛錬…?走り込みとか?」
「そう」
「走り込みと柔軟を始めたのは五歳の頃だったかな?」
「げっ、そんなに小さい頃から?」
「いやいや、最初は十分走って五分歩いて十五分かけて柔軟して…って感じの軽いものだけだったよ?」
「でも、リルメちゃんは、それを続けたってことでしょ?」
「それは、まあ」
「まさか雨の日も?」
「天気悪い時は屋根あるところで十五分飛び跳ねてから柔軟してたかな」
「……そりゃこうなるはずだわ」

その場で駆け足したり飛び跳ねたりを屋敷の中でしているとリシテアに怒られたので、厩舎で馬と向き合いながらやっていた。徐々にその時間を増やしたり内容を変えたりもしたが、おかげで私は風邪ひとつ引かない元気な子供だった。

「武器を持ち始めたのは?」
「…えっと、八歳くらいだったかな?」
「指導は誰が?」
「兵士を引退した街のおじいさんとか、……これってどういう質問?」

そこでなんとなく不安を覚えてベレトを見上げると、彼は無表情というよりはどこか真剣の目で私を検分していた。

「リルメの測定結果を見れば幼少期から身体作りをしていたのはわかった。だからこそ、いろんな癖があると思う」
「癖…」
「誰でも少なからずあるものだし、悪いものばかりでもないけど……リルメのは早めに確認しておきたい」
「年季が入ってる分、いざ矯正となると大変だろうから?」

私の言葉に頷いたベレトは、次にイグナーツやローレンツの元へと向かった。

( 訓練時だけでなく、戦闘時の動きも見ておきたいってことかな… )

級長達を盗賊から救った際には、初対面の彼らの能力を的確に把握して采配を奮ったという。そんなベレトなら誰を使うことになろうと、優れた指揮をとったのかもしれない。私を指名したのは、模擬戦という普段の訓練とは違う場を利用して癖とやらを確認するためなのだろう。測定結果はその一因だが、それだけで選ばれたわけではないと知ってホッとする。

「リシテア!」

リシテアに駆け寄って机の前にしゃがみこむ。可愛い妹を見上げると怪訝そうな目を向けられたが、これくらいでめげる姉ではない。

「私が活躍するところ、ちゃんと見ててね?」
「……見学してれば視界には入るでしょ」
「リシテアにお姉ちゃんすごいって言ってもらえるようがんばるよ」
「ぜぇったいに言わない!」
「ふふっ、うまくできたら先生にもご褒美ねだろっかな」
「ご褒美!?なに勝手なことを…」
「リシテアもきっと喜ぶよ。先生に交渉してくるね!」
「あっ、ちょっと!」

そう呼び止めながらも追いかけてきてはくれないのが寂しかったり、「もう知らないっ」と意地になるのが可愛かったりで心が千々に乱れてしまう。だが先生にご褒美をもらえば更に可愛いリシテアを見ることもできるだろう。そう考えて初めて、模擬戦が楽しみになってきたのだった。