そうゆうコト

うちの学校は基本的にお金持ちが多いのでこんなところに来る生徒はいないだろう。そう思っていたからこそ、声を掛けられた時は死ぬほど驚いた。

「苗字さん?」
「うわっ?!え、凪くん?!」

激安ではなく驚安を掲げる店内の一角。そこの季節商品を取り揃えたコーナーを見漁っていたところで声を掛けられた。

「最近よく会うね。はい、これ落ちたよ」

学校指定のブレザーの下にパーカーを着ている凪くんは軽く膝を曲げて私が落とした物を拾ってくれた。お礼を言ってそれを隠すように元の場所に戻す。

「ありがとう。凪くんがこんなところに珍しいね」
「スマホの充電ケーブル痛んできたから買いに来た」
「そんな長いやつあるんだ」

彼の手には『全長三メートル』と書かれた充電ケーブルが握られている。これなら家のどこにいようとも広範囲でコードを引っ張ってきて充電できるだろう。きっと凪くんのナマケモノ化に拍車をかけるに違いない。

「苗字さんはそれ買わなくていいの?」
「あーえっと……」
「ラスイチみたいだけど」

僅かに首を傾げて私の後ろの棚を見やる。拾ってくれただけあってやはり何かは見ていたか。でも凪くんなら馬鹿にしてくるようなこともないだろうと信じ、再び商品を手に取った。

「……買います」

特設コーナーとして設けられている棚にはクリスマスに関する色々なものが置かれている。その中でもさすがドンキと言うべきかコスプレの類が多い。かく言う私もそれが目当てでここまで足を運んだ。

「お仕事用ですか?」

そして凪くんはやはり私を笑い者にしたり馬鹿にすることはしなかった。でも商品を見た時の返しが独特過ぎてこちらが笑う番。ただそれはある意味、的を射ている。

「ふふっ確かにそうかも。うちだとプレゼント配るのは私の仕事なんだ」
「大忙しだね」

中学生の涼太は置いておいて、妹と双子の弟はまだサンタさんを信じている。だから夜中にこっそりと枕元に置きに行くのだけど去年のクリスマスは危うく正体がバレそうになったのだ。だから今年は万が一に備えてサンタの衣装を着て届けに行くつもりである。

「意外と私も楽しんでるんだけどね。……あっでもこれはあくまでうちの話だから!」
「もしかして未だにサンタのこと信じてると思われてる?さすがに正体は知ってるよ」

凪くんの言う通り、もしかしたら……と思い、咄嗟にフォローに回ったがその心配は杞憂だったらしい。聞けば九歳ぐらいにはサンタの正体を突き止めたのだとか。それ以来、プレゼントをもらっても「サンタさんからだ!」と演技するのがめんどくさくなり普通に貰うようになったらしい。実に凪くんらしい幼少期である。

「クリスマスプレゼントは何もらってたの?」
「ガチャ一万円分」
「可愛げがない……」
「苗字さんは?」
「万年筆」
「それも大分渋いね」
「なんか憧れたんだよね。たくさん練習したから今でも結構上手く書けるよ」

会計レジに向かいながら小さかった頃の話に花を咲かせる。聞けばやはり凪くんは昔からゲーム三昧だったようで学校以外のほとんどの時間をそれに当てていたよう。でも新しいものをたくさんやるというよりはやり込み型らしく、裏ボスを倒しアチーブメントを揃えエンディング回収まで終えてクリア≠ネのだと彼は言った。

「ワザップに書かれてるコト試したりするのも好きだったな」
「確かそれを信じてやった弟がゲームフリーズさせて泣いてた気がする」
「なぞのばしょかな。それ多分、手順間違えただけだよ」

レジの順が回ってきて凪くんが先にお会計をした。お財布も出さずにスマホひとつで決済をしていて、対して私は未だに現金派。その上、小銭を減らしたくて会計に思いのほか時間がかかってしまった。

「外寒い。このまま冬眠できないかなぁ」

だから凪くんは先に帰ってしまったものだと思っていたのに、なんと外で待っていてくれた。鼻先を赤くしパーカーに首を埋めながら猫背気味に立っている。そして店から出て来た私のもとへ、タタタッと駆け寄っては身体を近づけてきた。……あぁ、なるほど。

「凪くん、私のこと風よけにしてない?」
「バレました?」
「バレますよ」

寒い日の凪くんはより一層怠惰になる。ナマケモノよりもコタツで丸くなる猫よりも下手したらカカシよりも動かない。きっと「なんで人間って冬眠できないんだろう」と彼は思っているに違いない。

「でも苗字さん小さすぎて全然意味なかった」
「凪くんが相手じゃほとんどの人が風よけになれないと思うよ。ほら、早く帰ろ」
「うー苗字さんおんぶ」
「しないよ」

丸まった背中をリュックの上からパシパシと叩けばのろのろと歩きだす。ゼンマイが切れかけたおもちゃみたいだ。

それから凪くんの気が少しでも逸れるように「寒い」「冬」のワードを使わないよう会話をしながら帰路に着く。それでこの間、家族とタコパしたときの話なんかして。タコの代わりにちくわを入れても大して味変わらなかったよ、と役に立ちそうにない節約知識を披露していたところで凪くんのお腹が鳴った。

「お腹空いてきちゃった」
「たこ焼きの話したからかな。家に食べ物ある?」
「んー…なかった気がする」

夕飯食べに来る?と声を掛けたいところだが、今日は母親がハンバーグを作ると張り切っていたので人数分しかないだろう。しかし幸いにも住宅街に続いているこの道にはお店も多くコンビニも立ち並んでいる。現に数メートル先には緑白青のラインが入った看板が光っていた。

「じゃあ俺コンビニ寄って帰るから」
「うん、また学校でね」

だからそこで凪くんとは別れた。

十二月ともなれば日の入りも随分と早くなり空には丸い月が浮かんでいる。そして道路を行き交う人や車もどこか忙しそうで師走という暦を体現していた。
ちょうど目の前の信号が赤になり足を止めれば空っ風が足を撫でる。そろそろタイツにした方がいいかもしれない。

「あっ名前ちゃんじゃん!」

不意に呼ばれた自分の名前に、嫌な予感はした。だって男子で私を「名前ちゃん」呼びするのは今のところ一人しかいないから。でも無視をするにはすでに距離を詰められ過ぎていた。

「……久しぶりだね」
「だな。だけど俺はこの間、名前ちゃんのこと購買部の近くで見かけたからそうは思わないな」
「そうなの?全然気が付かなかったよ」

意図的に避けていても姿は見られるのか…やだなぁ……とは口が裂けても言えずに愛想笑いでやり過ごす。私がこんな態度を取り続けてもなお話しかけてくる彼のメンタルには恐れ入るが喜ばしいことではない。

「今はどこか言ってきた帰り?」
「うん。欲しいものがあって……でももううちに帰るよ」

早く青になって…!と願うもこの道は四車線ほどある大きな道で帰宅ラッシュの時間帯は中々歩行者信号は変わらない。

「えっじゃあ名前ちゃん家この辺りなの?」
「この辺りってほどでもないけど」
「でも歩いて帰れる距離なんだよね?俺送るよ」

しまった、と気付いた時には遅かった。この人がこう言ってくることも察せられたのに、適当に相槌を打っていたせいで最悪な流れになってしまった。このまま一緒に帰るにも嫌だし家の場所を知られるのはもっと嫌。そして無情にもこのタイミングで信号が変わった。

「そんな、悪いからいいよ!」
「俺が送りたいんだから気にしないで」
「でも帰るのも遅くなっ…——」
「よかった、追い付いて」

フッと一瞬目の前が暗くなり、そして車のヘッドライトに照らされた白銀が光った。大きな瞳と目が合って。そこでようやく凪くんであることに気が付いた。

「あ、いたんだ」

その瞳が私から凪くんの後ろへと映る。そちらには確かに彼がいるはずなのだけれど凪くんの大きな体で私からは見えなかった。そして凪くんは再びこちらを見て、何の前触れもなく私の手を握った。

「信号変わっちゃうから急ご」
「う、うん……!」

熱のこもった手で握り返せば大きな手がそれに応えてくれた。
そして凪くんは隣の彼を一瞥しながら一歩踏み出した。

「そうゆうコトだから。じゃあね」

手を引かれながら横断歩道の白線を踏む。半分ほど渡り切ったところで信号が点滅したから二人で走った。凪くんの足が速すぎて私は引きずられるような状態だったけれど無事に渡り切る。足を止めればわずかに息が上がった。

「アイツしつこいよね。ほんとヤダ」

でも凪くんは呼吸一つ乱していなかった。そして横断歩道の向こう側を見ていた。その目は普段の彼からは想像もつかないほどに冷たい色をしている。

「凪くん……?」
「あっごめん。もしかして苗字さんはアイツと帰りたかった?」

恐る恐る声を掛ければ凪くんはいつもの調子に戻って、きょとんとした大きな瞳をこちらに向けた。その顏に安堵する。

「ううん!帰りたくなくてすごく困ってた!だから、助けてくれてありがとう」
「どーいたしまして。それじゃ帰りますか」

凪くんは歩き出す。そして徐にブレザーの下に着ていたパーカーのポケットに手を突っ込んだ。もちろん繋がれたままの私の手も巻き込んで。

「凪くん、」
「なに?」

私の心臓はうるさくておまけに手に汗も滲んでいた。でも意識しているのは私だけで凪くんにとってはポケットに手を入れるのは癖のようなもの。そして私の手はきっとカイロくらいにしか思ってない。

「ポケットの中あったかいね」
「苗字さんの手があったかいからね。風よけじゃなくて最初からこっちをお願いすればよかった」

ほらやっぱり、凪くんは天然の女たらしだから平然とそうゆうことをする人なんだ。きっとちょっと仲良くなれば誰にだって同じことをする。うるうるとした大きな瞳を向けてゆっくり話して甘えるんだ。でもさっきの凪くんはちょっと男らしかったなぁなんて。いや、これはきっと寒さが見せた幻覚だ。

だから沈まれ、私の心臓。

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