寝る、ゲーム、時々メール

HR終了のチャイムが鳴ればクラスはいつも以上に賑やかになる。なんせ今日の授業は午前で終わり。そして明日から夏休みが始まるともなれば浮かれずにはいられないのだ。

「じゃあ着替えてからお店集合ね」

そして私もこの後、女友達四人とランチに行く予定を入れている。平日だと安いのが嬉しいよね。ただ、キラキラしたOL女子が多いと予想される店に制服で行くのは気が引けるので、一度帰って着替えてから集まることになっていた。

「りょーかい」
「名前は場所分かる?」
「地図送ってもらったから大丈夫だと思う。じゃあまたあとで!」

ランチはもちろん楽しみだがその前に一仕事するため、急いで彼を追いかけた。
教室を出て階段を下りて、昇降口まで早足で歩く。しかし中々姿が見えない。最近は暑さのせいで干からびていることも多いけれど彼もまた明日からの夏休みに浮かれているのだろうか。といっても彼の場合は毎日のルーティーンに学校≠ニいう項目が抜けるだけで連日同じような日々を送りそうだが。

「凪くん!」

校門を出て五メートルほど先に白いわたあめを発見。彼は塀の影に隠れるように、少しでも涼しい場所を選んで歩いているようだった。アスファルトによる陽炎を目のあたりにしてしまえばその気持ちは分からなくもない。しかし残念ながら彼の大きな体は影の内には収まっていなかった。

「……ん?」

ゆっくりと振り返った凪くんは太陽の日差しに目を細めてこちらを見た。白地のワイシャツに、おまけに肌も色白なものだから彼自身が太陽光を反射して眩しいくらいだ。私もその姿に目を細め、再び足に力を入れて駆け寄った。

「よかった、追いついて」
「苗字さん元気だね」

そう呟いた凪くんは今にも溶けだしそうな顔をしている。涼しい顔をしているようでこめかみや首筋には汗が伝っていた。やはり見た目通り暑いのは苦手そうだ。

「凪くんが見えたから頑張って走ったんだよ」
「俺?」
「うん!これ渡そうと思って」

はい、と差し出した紙袋を凪くんへと渡す。本当はもっとはやく作って渡したかったけど、そうしなかったのは午前で授業が終わる今日にしたかったからだ。保冷剤をたくさん入れてきたけれどやっぱり夏場に生ものはちょっと心配だし。

「なにこれ?」
「ゼリー」
「俺に?」
「そう。この前、家で作ったら弟たちにも好評だったんだ。せっかくだから凪くんにもどうかなって」

友人への助言のために始めたお菓子作り。彼女にはネットで調べた映えそうなお菓子の作り方をコツと共に教えてあげた。そして調べる過程で興味が湧いてきて最近では自分でも作るようになっていた。
そして凪くんへと作ったのは助けてもらったお礼も兼ねて。先日、嘘をついてまで私を呼んで一緒に逃げ出してくれた。凪くんにとっては気まぐれだったのかもしれない。でもあの一件以来、例の男子生徒に声を掛けられることも減ったので本当に助かったのだ。

「ありがとう」

喜んでいるのかは分からないがとりあえず受け取ってはもらえた。
そのまま凪くんと並んで歩く。聞けば彼も徒歩通学で方向が同じだった。
街路樹にとまった蝉が鳴きだせばより一層暑さが増した気がする。そんな中、凪くんが思い出したように口を開いた。

「弟?前に妹がいるって言ってなかったっけ?」

かなりのラグをおいて会話が巻き戻される。ゼリーよりそっちの方が気になるんだ。というか凪くん、よくそんなこと覚えてたね。

「うち五人兄弟なんだ。弟三人と妹一人」
「すごっ大家族だ」

凪くんは兄弟いる?と聞けば一人っ子だと教えてくれた。確かに誰かのお兄ちゃんや弟くんをやっているイメージはない。だからこそマイペースな彼が出来上がったのだろうか。きっと彼のご両親も放任主義なんだろうな。

「うちここだから」

ぽつぽつ会話をしていれば一つのアパートの前で足を止める。何の変哲もない白い壁の鉄筋アパート。ここって確かうちの学校の寮なんじゃなかったっけ。少し前に県外からの受験者数を増やすためにアパートを借り上げって話を聞いたことがある。

「もしかして凪くんって一人暮らし?」
「うん」
「実家は?」
「神奈川」
「夏休みに帰省する予定ある?」
「めんどくさいから考えてなーい」

凪くんのルーティーンから学校≠ェ抜ける夏休み。きっと彼の毎日は寝る⇔ゲーム(どちらも部屋の中で完結)の繰り返しだろう。そしてその中に食事が挟まれるとも思えない。加えて彼には親しい友人がいない。
ここから導き出される答えはそう、孤独死。

「凪くん、スマホ貸して」
「え?」
「ロック解除してちょうだい」
「あ、うん」

制服のポケットから取り出したスマホを、顏認証を済ませた後に渡される。ホーム画面には見事なまでにゲームアプリのアイコンが並んでいた。まさかLINEもやっていないのかと危惧したが普段使わないアプリとまとめられているのを発見することができた。

「ありがとう。スマホ返すね」
「なにしたの?」
「私の連絡先入れといた。何かあったら連絡してね」

このままでは夏休み明けにクラスメイトが一人減るかもしれない。これは冗談ではなく割と本気でそう思っている。しかし当の本人はそんなことは全くもって思っていないようでスマホ画面をじっと見つめていた。

「多分何もないと思う」

しまった、凪くんってこういう性格だった。何もないことが通常運転でそれが苦じゃない人。小学校の絵日記の宿題でも『きょうはなんにもないすばらしい一日だった』と毎日書いて提出するようなタイプ。

「そ、そっか……まぁ緊急連絡先の一つとして覚えておいて」
「分かった」

本当は三日に一度でいいから生存報告して!と言いたくなったが、私のお節介で彼を縛り付けるのも気が引けた。
凪くんはなおもじっと画面を見つめていた。そして画面をタップする仕草を見せれば私のスマホに通知がくる。すぐに画面を確認すれば『ほとばしる俺!』というコメント付きのよく分からない生物がそこにはいた。凪くんは随分と面白いスタンプを使うね。

「これは……」
「俺のお気に入り」
「なんか口元が凪くんに似てるね」

よくみればアイコンも同じキャラクター(?)であった。お口のばってんマークがうさぎの時代は終わったらしい。これからは凪くんのトレードマークかな。そう思っていれば凪くんがお口をばってんにしながら声を掛けてきた。

「緊急じゃなくても連絡していい?」

クラスメイトになんて緊急じゃないときに連絡を取る方がむしろ普通である。例えば明日遊べる?とか課題範囲どこだっけ?とか。この前言ってたやつ駅前のコンビニで見かけたよ、みたいな。そんな雑談の方が普通。

「もちろんいいけどそれってどんなとき?」

でも凪くんがわざわざそう申し出てくれたことがちょっと嬉しかった。なんか友達っぽい気がする。『少し話すクラスメイト』から『友達』に昇格できたような優越感がある。

「曜日間隔狂いそうだから偶に教えてくれると嬉しい」

ただ、思ってたのとはちょっと違うかなぁ。
まぁそんなところも凪くんらしくはあるけどね。

「わかった。じゃあ私も帰るね」

こちらが手を振れば凪くんも胸の前で小さく振り返してくれた。
果たして彼が今日の昼ごはんすら食べるかどうか心配ではあるが、自分の腹の虫も鳴き始めたので家へと急いだ。



「めっちゃ美味しそう!」
「名前のそれなに?」
「パストラミビーフのサンドイッチだって」
「ねぇ並べて写真撮ろうよ!」

凪くんと別れた後、無事に時間通りお店に着くことができた。そしてランチセットで出てきた皆の料理はどれも美味しそうだった。ただ、写真を撮るより先に、家でも再現できないかなぁと考えてしまう私は女子高生にしては可愛げがないだろうか。

「みんなにもLINEで送るね」
「オッケー」
「ありがと!」
「ありが……ん?」

自分でも撮った写真を眺めていたら画面にポップアップが現れた。その送り主は本日新たに追加された『友達』から。びっくりしてすぐに開けばそこには一枚の写真とスタンプが送られていた。それを見て思わず笑みが零れる。

「どうしたの?」
「ううん、何でもない」

食べ終わったゼリーのカップと『ごっつぁんです!』と叫ぶ謎の生物。
凪くんとの距離はもしかしたら自分が思っているよりも近いのかもしれない。

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