イケメンのスーツ姿は反則


フランスの中心部、セーヌ川の北岸に面したパリ八区。世界で最も美しい通りとも言われるシャンゼリゼ通りから一本裏に入れば白を基調とした石造りの建物が並んでいる。しかし一階部分を店舗としている場所は壁をガラス張りにしたり赤く塗装したりと現代様式も垣間見れて面白い。歩いているだけでもテーマパークに来たかのようなワクワク感があるしスーパーマーケット一つ取ってみても外観がお洒落だからつい立ち寄りたくなってしまう。でも今日は明確な目的があるため我慢。

「こんにちは」

入店時には客側が挨拶するのが暗黙の了解となっている。
凛がドアを開けてくれて私が先に足を踏み入れながら挨拶をすれば奥から店員さんが顔を出す。おおよそ四十代くらいであろうその男性はブラウンのスーツにチェック柄のシャツを合わせていた。私が会うのは今日で三回目になるが毎回違ったスーツでしかもお洒落に着こなしてるのが本当にすごいと思う。まぁそれも仕事柄を考慮すれば当然のことなのかもしれない。

「やぁ、今日はキミも一緒なんだね」
「はい!完成したものを一番に見たくて一緒に来ました」
「だそうだリン」
「うるせぇから仕方なく連れて来ただけだ」
「と言いつつ私に予定を合わせてくれたんですよ」
「…………」
「はははっなら期待して待っていてくれ。さぁリン、キミのとっておきは向こうの部屋に用意してあるよ」

仏頂面の凛を送り出せば私の元へは別の店員さんがやってきてソファへと案内してくれた。
洗練された店内に溶け込むような二人掛けのソファへと腰を下ろす。部屋の角にはウッド調の分厚い扉がありこの中がフィッティングルームと繋がっている。またこの位置からでは見えないが店のさらに奥には大量の生地やボタンが並べられた部屋がある。その数と言ったら凛が今までしてきた舌打ちの数よりも確実に多い。

「待たせたね」

十分ほど待ったところで目の前の扉が開かれた。私たちを出迎えてくれたブラウンスーツの男性がにこやかな笑みを浮かべこちらへと歩いてくる。その表情に、これは期待できると確信した私はソファから立ち上がり開かれた扉の先を見つめた。しかし残念ながら立っただけでは部屋の中までは見えない。

「じゃあ本日の主役を紹介するよ。さぁリン、キミの恋人がお待ちかねだ」
「わぁ……!」

言い回しが上手な店員さんからの盛大なフリで登場した凛は、私の期待をはるかに上回るほどかっこよかった。

ネイビーブルーをベースとしたシャドーストライプのスリーピース・スーツ。凛の骨格と体型に合わせて作られたそれはぴったりと身体に馴染んでいるのは勿論のこと、フレンチスタイル特有の構築的且つ柔らかな仕立てには独特の華やかさがある。スーツの裏生地には海をイメージしたデザインのターコイズブルーを、ネクタイもブルー系だがよく見ると薄っすらと模様が入っている。フランス独特の色彩やデザイン感覚を組み合わせて作られたそれは世界でたった一つしかないオーダーメイドスーツだ。

「どうだ?」
「すっごく似合ってるよ!かっこいい!」

今度、ヨーロッパで活躍するプロサッカー選手を集めてパーティーが行われるらしい。それに凛も招待されたためこうしてスーツを作りに来たのが二カ月ほど前の話。元より既製品ではサイズが合わないためオーダースーツを頼むことは決めていたのだがフルオーダーにまでしたのは糸師冴の助言があったからだ。

何でも「どうせ作んなら一から作れ。みっともねぇ恰好してっと日本人は舐められるぞ」と言われたらしい。意外にもそれを素直に受け取った凛がリシャールさんにお店を紹介してもらいここまで足を運んだ。

「そうか」
「ほとんど私が決めちゃったけど凛はどう思う?」

凛がオーダースーツを作ると聞いた私はぜひ一緒に行かせてくれと頼んだ。だって自分にはそんな機会一生ないし単純に興味があったからだ。そしていざスーツのデザインや裏生地、カフスボタン一つに至るまでの膨大な種類を目にした私はそれはもう感動したのだが凛に至ってはどうやらそうじゃなかったらしい。

自分の中で「絶対にナシ」というものはあれど好みに関しては曖昧らしい。まぁこれだけの種類があればその気持ちも分かるのだが早々に考えることを放棄し「お前が選べ」と言われてしまったものだからほぼ私がオーダーしたようなものだった。

「悪かねぇな」
「動きやすさはどうだい?」

私たちのやり取りを遠巻きに見ていたブラウンスーツの男性が凛へと歩み寄る。私は一歩引いて彼らの様子を見守った。
私は前回のフィッティングには立ち会えなかったのだがその時にサイズの細かい調整をしたらしい。今日、確認してみて問題なければこのまま持ち帰ることができる。

「腕も動きやすいし窮屈さもない」
「少しいいかな」

凛のほうは問題ないようだった。そして店員さんの最終チェックも終わりこれで完成となった。実際に生活の中で使用してみて不都合があればまた調整してくれるとのこと。

「ありがとう。これでパーティーにも胸を張って参加できる」
「こちらこそリンのとっておきを仕立てられて光栄さ。また何かあったらいつでも頼ってくれ」

二人は握手を交わし、そして私とも「素敵な日を過ごしてくれ」と言って握手をしてくれた。
スーツは結局、皺にならないようにということで郵送で届くように手配してしまったけれど気持ちとして良い買い物をした気分である。といっても私のものじゃないけど。ただあのスーツを着た凛を一番に見れたというのが何よりも大きな収穫であった。

「良いスーツが出来て良かったね。これで凛も少しはパーティーが楽しみになったんじゃない?」
「あ?めんどくせぇに決まってんだろ」

気持ちばかりの変装として黒のキャップとサングラスをかけた凛の隣りを歩く。近くにコンコルド広場やルーヴル宮があるからか一本裏手に入ったこの道にも観光客らしき人も多い。中にはアジア圏からの観光客も見られ日本人の私たちが極端に目立つことはなかった。

「だって試合以外で青い監獄≠フ人達に会うのも久しぶりでしょ?同窓会みたいでいいじゃん」

全国から集められたユース年代三百人のフォワードの中から、ただ一人のストライカーを選別するプロジェクト『ブルーロック』。そこで己のエゴを開花させたストライカーたちも今や凛と同じように欧州のクラブチームにて目覚ましい活躍をしている。

「会ったって話すコトねーだろ」
「潔くんが凛とサッカー討論会したいって言ってて廻くんは凛とお酒飲みたいって言ってたよ」
「おい、なんでお前がそんなコト知ってんだ?」

それはこの間、優さんが仕事でフランスに来た際に廻くんも付き添いで一緒にいて、そのときに三人で食事をした時に廻くんとも連絡先を交換したからだった。そして一週間ほど前に廻くんがドイツにいる潔くんの家に遊びに行ったとき私に電話をくれて色々と話を聞いたのだ。

「凛もみんなと会えるの楽しみにしてるよって言っちゃった」
「なに勝手に思ってもねぇコト言ってんだ。つーかアイツらと頻繁に連絡取ってんのかよ」
「まさか。廻くんから連絡もらったのもこの前が……ん?」

そういえばこの話、凛にはしてなかったわ。しかし面倒なことになりかける前に自分のスマホが着信を告げた。おお、これぞ正に助け船かと思いきやディスプレイを見て絶句する。そこに表示されていたのは『蜂楽廻』の三文字。このタイミングでは同じ船でも黒船に近い。

「どうした?」
「なんでもな……あっ!」
「チッ」

そして様子の変化をいち早く察知した凛に呆気なくスマホを奪われた。その素早さと言ったら観光客の食べ物を掻っ攫うトンビと同等の速さだった。周囲にいる観光客の皆さんも飲食物の食べ歩き及び歩きスマホは絶対にやめた方がいい。

『やっほー♪急にごめんね、キミに聞きたいコトが——』
「うっせぇオカッパ、二度と掛けてくんな」

電話は当然の如く切られて連絡先も当然のように消されスマホは投げるようにして返された。こんな感じの凛を見るのは久しぶりだ。寧ろ懐かしいとさえ思える。

「もー……」
「フン」

他者とのコミュニケーション能力が重視されるヨーロッパ圏において、凛も少しは対話に慣れ本音と建前を使い分けれるようになっていた。しかし怒りの沸点は相変わらず低い。そしてこうなってしまえばこちらの話を聞き入れてくれないことは分かっているので文句は言わなかった。廻くんにはあとで優さん経由で謝ろう。

「凛がどう思っているかは別としてさ、みんなが凛と話をしたいのは事実なんだから楽しまないのは勿体ないと思うよ」

ただ一つだけ言いたいのは凛は思いのほか回りからほっとかれるような人間ではないってこと。やっぱりそれは凛が廻くんたちよりは年下でなんだかんだお兄ちゃんっ子な部分があるからだろうか。凛の本質を知っている人たちからは案外可愛がられていたりする。
私がそう言えば凛は盛大に眉間に皺を寄せていた。どうやらこれ以上の小言はやめておいた方がよさそうだ。それに私の真の目的は別にある。

「それでたくさん写真撮って来てよ」
「あ?なんでアイツらの写真撮らなきゃなんねーんだよ」
「違うって。みんなの写真もそうだけど凛の姿が見たいんだよ」

さっきスーツを着た姿は見れたけどパーティーの時はプロの人にメイクも髪もやってもらうって言ってたし、今以上にかっこよくなった凛を見てみたい。ネットニュースで記事になるよりも早く見たいのだ。

「凛はもう着慣れちゃったかもしれないけど私にとっては新鮮なんだよね。当日は会えないしパーティーのあとも一泊するってことだからせめて写真だけでも欲しいな」

実は私も独占欲が高いタチだったらしい。未だ凛との関係は世間的には公になっていないがそれでも彼女≠ニして凛の全てを誰よりも知っておきたい欲がある。この気持ちを彼ら流に言い表すならば『エゴ』だ。

「……気が向いたらな」

不意に繋がれた左手に、きっと凛は写真を撮って来てくれるのだと確信した。

そのまま二人でシャンゼリゼ通りを歩き微妙な下り坂を通って東一区方向へ歩いていく。この辺りも久しぶりに来たなぁと観光客気分で景色を見ていればふとあることに気が付いた。こっち帰り道じゃなくない?

「どこか寄りたいところでもあるの?」
「おう」

この後予定はないからいいのだけれど凛はそれ以上のことを教えてはくれなかった。……あっもしかしたらパティスリーに寄りたいのかな。

定期的に甘い物を摂取したくなるのか時たま凛は大量のケーキや焼き菓子を買って帰ってくる。それをブラックコーヒーと共に黙々と食べる姿はハムスターみたいでちょっと可愛い。無心で食べているときほど凛は飲み込む前に二口目を運ぶため頬が膨らんでいるのだ。

しかしそれをニマニマしながら見ていると「何見てんだよ」と容赦なくにやけた口にフォークを突っ込んでくるのは恐ろしい。私は私で買って来てくれた分を頂いた後でさらに食べさせてくるものだからその時はお陰様で体重が〇.五キロ太った。因みに凛は一グラムも変わっていなかったらしい。解せぬ。

「ちょっと待って、凛ここって……」
「いいから入れ」

さて、連れて来られたのはどこの店かと看板を見上げればそこはパティスリーどころかベーカリーでもなかった。

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