親心子知らず


パリと日本の時差は七時間ほど。だから日本にいる友人や家族とのやり取りは基本的にメールやチャットだ。にも関わらず昨日から今日に掛けてやたらと私のスマホは電話の着信を告げていた。一分あたり百円以上も通話料金が掛かるにも関わらずだ。

「ひぇ……」

そしてその着信音に怯える今日この頃である。もちろん電話相手は自分が親しくしている人たちばかりなのだが、だからこそ根掘り葉掘り聞かれるためこちらとしては受け答えに疲れてしまう。
ダイニングテーブルの上で震えるスマホへと視線を向け、椅子に腰を下ろしながらゆっくりとスマホへと手を伸ばす。そして伏せていたディスプレイを覗き込むように僅かに傾けた。

「……っ、はい…!」

本当はこのまま無視して着信が鳴り止むのを待つつもりだった。しかし表示された名前を見た瞬間、その選択肢は消える。使命というか義務というか、ともかく反射的に画面を指先でフリックした。

『あっもしもし?急にごめんなさいね』
「いえ、大丈夫です!」
『そっちはお昼過ぎなのかしら?』
「そうですね、ちょうど一時くらいで……」

すでに何度か会ってはいるが電話越しに話すのは初めてだった。第一印象もよかったしそれなりに人柄も分かっているつもりだけれど顔が見れないからか緊張でスマホを握る手が湿る。でも理由はそれだけではなかった。

『なんだか不思議な感じね。今はお家にいるの?』
「はい。仕事も休みなので」
『凛もいるのかしら?』
「クラブチームの方に行ってます。凛も休みなんですけど少し体を動かしたいみたいで」
『全く…彼女を放っておいてあの子ったら……』

電話越しに凛のお母さんは小さくため息をつく。それに対して私は目の前にもいないのに片手を顔の前で振りながら、全然いいんですよ!と笑い声を交えて返した。凛のお母さんは心配性なのか真面目な性格なのか、凛関連のことになると重く考える節がある。

『貴方にもたくさん迷惑かけてるでしょう?』
「そんなことないですよ。寧ろ私の方が迷惑かけてますし助けてもらってますから」
『いいのよ無理しなくて。だってあの報道だって凛のせいよね?』

やっぱりあのニュースを見て連絡してきたのか……
——リン・イトシ熱愛 日本人女性と熱烈なキス——そんなバカップル丸出しの報道が出たのがつい先日の話。以前にもこんなことがあったが今回は私からしたのもあって凛と共犯である。そしてこれが日本でもニュースになったらしく私の元へは友人やら家族から代わる代わる連絡がきていた。

「誰のせいでもないです。あの報道は事実で、私も凛も納得しているし覚悟もできていましたから」

元より事情を知ってる友人からは「早く結婚しろよ」と笑われ、家族には「少しは人目を気にしなさい!」と怒られたものの凛との交際は受け入れられている。

『別に責めてるわけじゃないのよ。ただ、そっちは色々と過激でしょう?報道された後に会見や文書での報告もしないで大丈夫なの?』

凛のお母さんも私たちの関係を認めてはくれている。しかし信用まではしてくれていないようだった。それは私に対してというよりは凛個人に対して思うことがあるらしい。いつだったか、凛がその場から席を外した時に「あの子が何を考えてるのか、母親なのに未だによく分からないのよ私……」と悲しい顔をされたことがあった。

「凛は、自分はあくまでスポーツ選手で芸能人ではないから不要だと考えてるみたいです。その時が来たら改めて報告はすると」
『その時≠チていうのが今なんじゃ……え?』

電話越しに低い声が聞こえた。その後、一度電話が遠のいてから『お父さんに代わるわね』と早口で告げられる。そのままワンテンポおいて凛のお父さんが電話口に出た。

『久しぶりだね』
「ご無沙汰しています」
『急にすまなかったね。私も妻も君たちのニュースを見て心配していたんだ』

私が職を見つけフランスで凛と同棲するとなったとき、出国前に凛の両親の元へ挨拶に行ったことがあった。その時に初めて凛のお父さんと顔を合わせたのだが、自由人な息子たちとは違い非常に厳格な印象を受けた。

「すみません……」
『謝ってほしいわけじゃない、言葉通り私たちは心配なだけなんだ。凛は昔から衝動的なところがある。ただでさえ注目を集める生き方をしている中で後先を考えない行動は将来君たち自身を苦しめることになる』

だけど悪い人じゃない。表情こそ乏しいが自分の子どもたちを大切に思っているのだ。「息子に寄り添える人ができてよかった」と私に言ってくれた言葉は今もはっきりと覚えている。

「確かに衝動的なところはあったと思います。でも何も考えてないわけじゃないです。その時≠ェいつになるかは分かりませんが中途半端なことだけは絶対にしません」

だから私のことを認めてくれたご両親に私も応えたい。そして凛のことを信じてほしかった。親からしたら自分の子はいつまで経っても子どもなのだろうけれど、大人になったのだと知ってほしかった。

『そうか。出過ぎた真似をしてすまなかった』

お父さんのホッとした声と、その後ろで胸を撫で下ろしたお母さんの気配が窺えた。同じ自由人でもこの二人から見たら弟の方が世話の掛かる息子らしい。

「そんなことないです。寧ろ気に掛けてくださってありがとうございます」
『いつまで経っても子離れできなくてね……長々と悪かった、困ったことがあったらいつでも連絡してきなさい』
「ありがとうございます」

相手が切るのを待ってから静かにスマホをテーブルに置いた。それと同時に、やはり気を張っていたのかどっと疲れが押し寄せる。脱力した体を預けるように背もたれへと寄りかかれば、ポンと頭の上に何かが乗っかった。

「母さんたちからか?」
「凛?!」

上を向くように首を反らせばそこには凛の姿が。いつ帰ってきたというのか。しかし私がそれを聞く前に先に凛が口を開いた。

「さっき帰ってきた」
「さっきって?」
「お前が電話に出たあたり」

最初からいたんじゃん……となると会話も全部聞いてたってことになるよね。ならば隠すつもりもない。

「ニュース見て、心配になって電話くれたみたい」

ずっと上を向きっぱなしなのも辛いので椅子に座ったまま体の向きを変える。凛は私の頭から手は退けたものの立ったままだった。

「俺じゃなくてお前にかよ」
「昨日試合があったから気を遣ったんじゃない?」

凛よりも聞きやすいと思ったから私の方に電話をくれたのだろう。それを本人もわかっているから凛はそれ以上なにも言わなかった。

「お父さんが困ったことがあったらいつでも連絡してきなさいって言ってたよ」
「あの人らじゃ何もできねぇだろ」
「こらっご両親からの優しさは素直に受け取りなさい」

子どもたちを諭すように先生っぽく言えば凛の眉間には僅かに皺が寄った。でもそれも一瞬ですぐに表情が戻る。

「お前を困らせるようなコトはしねぇよ」
「そんな心配してないよ。というか凛の悪口言ってたわけじゃないからね?」

全部話を聞いてた体(てい)で話していたが向こうの声は聞こえていなかったわけで、誤解がないよう訂正する。しかし凛が引っ掛かったのはそこじゃなかったらしい。

「長いコト待たせる気ねぇから。つーか散々こっちが待ってたんだよ」

不意に伸びてきた手が顎に触れ、指で支えるようにしてグッと上を向かされる。そうなってしまえば顔の位置は固定され凛を見つめ返すことしかできなかった。

「お前は俺だけを見てろ。もう逃げんじゃねぇぞ、次逃げたら殺す」

なにその世界一最低で最高のアイラブユーは。きっとその言葉は凛にしか言えなくて受け入れられるのは私しかいないんだろうね。上等じゃん。

「じゃあその時≠ワで凛だけを見て待ってるね」
「アホか、一生見てろ」

私の返事を待たずしてそのまま唇を塞がれた。元よりイエス以外の選択肢はなかったのだ。

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