宮兄弟の誕生日



「今週の金曜は何の日でしょうか?」
「ゴミの日です」

破れたネットや空気の抜けたボールをゴミ袋へと詰めていく。長年倉庫の奥底に仕舞われていただけあってひどい有り様だ。

「いや、そうやのうて」

もう一枚ゴミ袋を広げ、再び倉庫へと戻ろうとしたら大きな影に道を塞がれた。
大変申し訳ないがいま先輩に構っている暇はないのだ。

「何ですか?治先輩」

今の私は少し不機嫌だった。
以前から顧問の先生よりお願いされていた倉庫掃除の真っ最中だ。
バレー部が使っている体育館倉庫は二つある。一つはスコアボードやボールがしまってある日常的に使う倉庫。もう一つが古くなった備品が仕舞われている倉庫。

今は後者の倉庫を部活時間の合間を縫って一人で片付けている。別に掃除自体は苦ではない。むしろ、私も何処に何があるのか知っておきたかったので時間ができたら率先してやろうとしていた仕事なのだ。

だかしかし、そこに仕舞われていたものが問題なのだ。
バレーに関わる備品なら分かる。しかしさらに奥から十年前のグラビア誌や明らかに高校生が持っていてはいけない本が大量に発掘されたときの私の気持ちが分かるだろうか。
やっぱり男の子だからしょうがないよね、なんて笑えない程の酷い内容にすごい量だ。ゴミ袋もきっと足りない。

まぁでもこれは今のバレー部の人達には一切関係のない話ではあるのだ。だがしかし、一刻も早くこの如何わしい物を片付けたいという一心で口調はキツいものになってしまった。

「あー…別に大した事やないんやけど……」

じゃあ呼び止めないでください、と思ったが私の強い口調に思いの外しょんぼりさせてしまったので申し訳ない気持ちになった。

「すみません、つい当たってしまって………えっと金曜日でしたっけ?特に思い当たることはないですが…」
「ヒント、パイ投げ」

パイ投げと言われて最初に思い出したのは、ある一つの動画であった。

八月二十一日は銀島先輩の誕生日。
その日もいつものように練習を終え、着替えのため部室に戻った銀島先輩にパイが投げられたのだ。もちろん主犯は宮兄弟。パイを投げられた銀島先輩の顔面は真っ白になり部室のドアがクリームだらけになる大惨事。そしてそのまま北先輩のお説教コースに突入するという大変記憶に残る誕生日だったのだと、角名先輩に一連の動画を見せてもらいながら教えてもらった。

「誰かの誕生日なんですか?」
「そう。俺とツムの誕生日やねん」
「そうでしたか。………治先輩もパイを投げて欲しいんですか?」
「ちゃうわ!何でそんな物騒な話になんねん」
「いだっ」

先輩の掌の側面が頭にヒットする。自分の腕力をいまいちよく分かっていない先輩の手刀は割と痛い。頭を摩りたいところではあるが手が汚れていたので諦めた。

「プレゼント欲しいねん」
「別にいいですけど先輩なら他の人からたくさん貰えるんじゃないですか?」
「ここはひとつ、可愛い後輩からも貰っときたいやん」
「はぁ」

こんな可愛げのない自分でも治先輩の中で可愛い後輩認定はしてもらえているのか。それはもちろん嬉しい。でもどんな反応をしていいのか分からなかったので曖昧な返しになってしまった。

「反応うっす」 
「すみません……そんなに高い物は買えないですがいいですよ。何か欲しいものはありますか?」
「ガトーショコラが食べたいねん。ナッツ入りのやつ作って」

あぁ、それなら作れる。中学の時はバレンタインになると大量生産してクラスの友達や部員に配っていたし。久しぶりに作るが何とかなるだろう。

「いいですよ」
「ワンホールがええ」
「分かりました。作ってきますね」
「当日楽しみにしとるわー」

すれ違い様にポンっと頭に先輩の手が乗っかる。治先輩の手は大きいのでこのまま鷲掴みにされぶん投げられるかと思ったがそんな事はなかった。
さて、流石に誕生日プレゼントとしてお渡しするのだから失敗は許されない。渡す前に何度か練習しておこうか。

その前に———

「片付けないと……」

再びゴミ袋片手に倉庫へと足を踏み入れた。





来たる、十月五日———

久しぶりに作ったガトーショコラ。一度目は焼きムラが出来てしまったが二度目は上手く焼く事ができた。
二度目に焼いた方を箱に詰め学校へと向かった。

本当は朝練の時に渡したかったのに、今朝は部活動中の練習メニューについて先生達と話し合っていたので治先輩に会えずに終わってしまった。
しょうがないので部活の前か後に渡そうと思い教室にまで持って行くことにした。


今日も滞りなく授業が進み、何事もなく放課後を迎えられると思っていた。

しかし、私は今日という日を舐めていたのだ。
イケメンで、バレーが上手くて、他校にまでファンがいる双子の誕生日を。 

「今日は先輩らの誕生日やんな?これ渡してくれへん?」
「こっちが侑先輩のでこっちが治先輩のね!」
「中に私の連絡先入っとんねん!連絡くださいって伝えてもろうてええ?」
「あのーこのクラスに男バレのマネさんいるって聞いたんやけど……」

来るわ湧くわの宮兄弟ファンの女の子達。何故みんな私に頼むんだ。自分で渡してくれ。
でもそれを言うと角が立ちそうだったので代わりに渡してあげることにした。

来るもの拒まずで引き受けた結果、最終的に私の机の上はプレゼントで雪崩を起こすほどになってしまった。思わず私の誕生日か?と言いたくなる。まぁ、なんせ二人分なのだからこうなる事は仕方がないのかもしれないが……

「あんた、これ持ってけるん?エコバッグ貸そか?」
「助かります…」

友人から借りた布製のバッグと自分のサブバッグにプレゼントを詰めた。さすがに潰すわけにはいかないので丁寧に。紙袋のものは腕に引っ掛けて、それでも溢れてしまった物は友達に手の上に積んでもらった。

普段なら更衣室に寄って体育館に行くのだが、これを置いたら二度と持てなさそうなので部室に向かうことにした。部室という名の男子更衣室なので普段は行かないのだが今日はしょうがない。

なんとかプレゼントを落とす事なく部室へと辿り着く。しかし、手が塞がっているのでドアをノックする事ができない。呼び掛けてみたが返事がないところをみるに誰もいないようだ。

「あ、尾白先輩!助けてください!」
「うぉっどうしたんやその荷物?!」

部室前で四苦八苦していれば尾白先輩がこちらへとやってくる。私が声を張り上げればわざわざ走って来てくれた。申し訳ない…

「部室、入らせてもらうこと出来ますか?もう、限界です……」
「分かった!」

先輩は鍵を差し込み素早くドアを開けてくれた。雪崩れ込むように部室に入り、目の前のベンチの上に荷物を置いた。プレゼントは全て無事である。自分、よく頑張った。

「これどないしたんや?」
「一年の女の子達から宮兄弟へのプレゼントです。渡すように頼まれて…」
「それは大変やったな。それにしてもえらい人気やな」

本当ですよ。
今日あった出来事をやや愚痴りながら先輩に報告すれば同情の目を向けられた。

「なんや、自分苦労人やな」
「マネージャー以外の仕事が多くて困りますね…」
「部室開いとるやん。ってマネージャーも居ってどないしたん?」

現れた侑先輩とプレゼントの山を交互に見る。
すでに侑先輩の手にはいくつかの紙袋が握られていた。二、三年生からのプレゼントなのだろうか。一年生の分と合わせればすごいモテようである。

「代わりに渡してほしいと頼まれました。侑先輩の誕生日プレゼントだそうです」

侑先輩の分と治先輩の分でプレゼントの山をおおよそ分けて伝えた。最悪間違っていたら互いに交換してくれ。

「おぉ〜!一年生からか!何入っとるんやろ?」
「そういえば連絡先を入れてくれてる子もいました。連絡くださいって言ってましたよ」

そう言伝を頼まれたプレゼントはいくつかあったがどれかは忘れた。言われた通りに伝えたから良しとしよう。これ以上の責任は取れない。

「なんでマネージャーおんの?」
「本当だ」
「治と角名やん。お疲れー」
「お疲れ様です」

治先輩に続き角名先輩が部室に入って来た。
尾白先輩と一緒になって挨拶をする。

「あれ治先輩の誕生日プレゼントです。一年生の女の子達から」
「これまたぎょうさんあるなぁ」
「すごっ」

角名先輩はポケットからスマホを出して写真を撮っていた。
早速プレゼントを開けている侑先輩とは裏腹に治先輩は他人事のように見ているだけだった。

「俺のは?」
「左の山のやつがそうです」
「そうやのうて、マネージャーからのプレゼント」 
「あっ」

すっかり忘れていた。
プレゼントを広げている侑先輩の脇を通り過ぎ、綺麗にラッピングされた山を漁る。
ピンクに水色、赤いリボンに上質そうな紙袋。その中から簡素な茶色の紙袋を取り出す。味が確かなのは違いないが、こんなことならもっと可愛らしく包装してくればよかった。

「これです。どうぞお納めください」
「おおきに」

タタッと駆け足で戻り、治先輩に差し出す。
何それ?と後ろから尾白先輩と角名先輩に覗き込むように見られたので経緯を説明した。
ガトーショコラを希望されたのでプレゼントとして作りましたって。

「はぁ?!なんでサムだけ?!」

しかし、それを聞いていた侑先輩が私と治先輩の間に割り込んできた。そのあまりの勢いに後ろによろけるが尾白先輩に支えてもらう。お礼を言って、急いで二人から距離を取った。
侑先輩が治先輩の襟を掴んで揺さぶっているが、どうして先輩は怒っているのだろうか。

「サム!お前どうゆうことや!」
俺が、、今日誕生日なこと伝えて、 俺が、、マネージャーにプレゼント欲しい言うた。お前は言わへんかったやろ?」
「なんや抜け駆けしよって!マネージャー、もちろん俺にもあるやろ?」
「え、そのガトーショコラ二人で食べるんじゃないんですか?」
「俺の分なんやから、ひとりで食うつもりやってんけど」
「はぁぁあぁ??」

マジか。ワンホールと言われたから二人分のプレゼントとして言われたものだと思っていた。

「ふざけんな!フォーク二本入っとるやんけ!」
「俺が右手と左手使うて食べるんでツムの分はありませーん」
「サムが貰ったプレゼント殆ど食いもんやろ?全部食ったら太るで?このブタ!!」
「ガトーショコラは別腹なんで太りませーん」

意外な程のガチ喧嘩だ。
侑先輩には本当に申し訳ないことをした。でも知らなかったにしろ分けて持ってくるべきだったのかもしれない。双子とはいえ、二人は別々の人間なのだ。

「あの、今度侑先輩には別に用意するので……」
「そういう問題やない!!」
「マネージャー、今度はレアチーズケーキが食べたい」
「お前は黙っとれ!!」
「こりゃ北が来るまでほっといた方がええな」

尾白先輩は諦めたように遠くを見ていた。そして角名先輩は先程から動画で撮影をしている。さすがブレない。

このまま私が居ても双子の喧嘩は収束しないであろう。
他の部員もそろそろ来る頃だと思い、私は静かに部室を後にした。





その日の部活は最悪だった。

侑先輩と治先輩から漂う空気がピリピリしていて、部員全員が関わらないように遠目で見ていた。
ドリンクを持って行く時、小声で尾白先輩に私が去った後のことを聞いた。そうしたら北先輩が来るまでの間、取っ組み合いの喧嘩にまで発展したらしい。
北先輩の「お前ら何やっとんねん」の一言により喧嘩は収まったようだが険悪ムードは残ったまま。

この空気の悪さは完全に私のせいである。
まずは侑先輩の方をなんとかしなければと遠目から伺うが、正直怖くて声が掛けられない。

「マネージャー、ちょっとええか?」

スコアボードの準備をしていれば銀島先輩に声を掛けられる。どうしました?と聞けば「さっきは大変みたいやったなぁ」と同情の声をもらった。しかし銀島先輩の目的は別にあったらしく、私の身長にまで腰を折って小声で話し始めた。

「実はあいつらに誕生日の時の借りを返したいねん」
「……と言いますと?」
「顔面にパイを投げつけたい」
「えぇ?!それはほんきっ……もがっ?!」
「声がデカい!」

瞬時に口元を塞がれて言葉が途切れた。
銀島先輩のやり返したい気持ちは分かる。でも今のあの二人の状態を見てもなお実行したいのだろうか。正気か?

「やめた方がいいですよ。あの二人の機嫌最悪じゃないですか」
「やるんなら今日しかないやろ。家庭科室の冷蔵庫かりてパイも冷やしてあんねん」
「それに北先輩に怒られるんじゃ……」
「そこはまぁ上手くやるわ」

絶対にやめておいた方がいいと思う。どう転んでも最悪の未来しか見えない。
でも銀島先輩はやる気だ。こうと決めたら一直線の熱い先輩を止めることなど私にはできない。

「でな、マネージャーには上手くあの二人を部室に連れてきて欲しいねん」
「無理です」
「部活終わったら俺がダッシュでパイ取りに行って、その間マネージャーは二人を足止め。で、頃合いを見計らってあの二人を連れてくるんや」
「無理です」
「ドアを早めに三回ノック。これを合図に俺がドア開けてパイを投げつける作戦や」
「無理です」
「マネージャーにしか頼めへん仕事やねん」

私の声、聞こえてないのかな?と疑いたくなるレベルの会話である。というかもはや会話として成立していない。

「銀、マネージャー捕まえて何やってんの?」
「作戦会議」
「角名先輩助けてください!」

銀島先輩はもう一度、例の作戦を角名先輩に向けて説明する。「マネージャーが二人のギスギスした空気も直して連れてくる予定や」という言葉は聞かなかったことにした。これ以上、難易度を上げないでくれ。

「絶対無理です!二人で大喧嘩でも始められたらそれこそ死人が出ます。私は断固反対です!角名先輩もそう思いますよね?」
「でもやられたらやり返さないとね」
「せやろ?」

それからトントン拍子に話が進み、結局断れなかった私は銀島先輩に協力することになった。もうどうにでもなれ。

部活後になると侑先輩はいつものように居残り練をする。治先輩は時と場合によるが今日は残るみたいだ。しかしいつもは二人一緒にいるのに今日は体育館の端と端に分かれてしまった。
 
銀島先輩と角名先輩は早々に体育館を後にする。「後は任せた!」と言われたので計画はやはり実行されるらしい。
私はどちらに声をかけようか迷った結果、先に侑先輩の元に向かうことにした。

「侑先輩、誕生日プレゼント用意してなくてすみませんでした」
「もうええよ」

そう言って先輩はそっぽを向く。ボールは持っているがあまり練習する気はないらしい。
侑先輩との付き合いは短いが誰が見てもいじけているのが分かる。

「何か欲しいものはありますか?」
「ジバのサイン」
「もう少し現実的なもので」
「だからもう要らんて」

私から距離を取ろうとする侑先輩の背中を追いかける。
先輩からしたら相当うざいのかもしれないが、私なりのケジメを付けさせて欲しい。それに今先輩を一人にしてはいけない気がした。
だから私は見方を変え、もう一押し頑張ることにした。

「来年、侑先輩に誕生日プレゼントを送りたいのでご意見をください」
「………来年?」
「先輩の誕生日プレゼントを今日用意することはできません。だから今年の分は個人的なプレゼントとして私が勝手に用意します。でも来年は当日に渡したいので欲しい物を教えてください」

すごく強引ではあるが、これが私の現状考えうる最適解である。
ようやく私の顔を見てくれた先輩。少し緊張しながら反応を伺っていると、また顔を背けられてしまった。

「侑先輩?」
「ま、まぁ?そんなに祝いたいんゆうなら考えてやってもええけどな!」
「はい。来年は当日に渡しますよ」

どうやら機嫌は損ねなかったらしい。多少上から目線ではあるが侑先輩らしさが伺えてほっとした。

「まだ欲しいもんは思い浮かばへんけどサムより先に欲しい」
「治先輩より?」
「そんぐらい優遇してくれてもええやろ」

治先輩より先に渡すことの何が優遇なのか、いまいちよく分からないがそれは絶対条件らしい。正直、一年先までそのことを覚えられる自信がないのでスマホのカレンダーに打ち込んでおこうと思った。

「分かりました」
「絶対やで!忘れたら次こそ承知せえへんからな」
「分かりましたって。指切りでもしときます?」 
「それもそうやな」

冗談半分に言ったつもりが先輩の方から小指を差し出されて思わず固まる。しかしこちらから言った手前、断るのも変なので私も小指を差し出した。先輩の骨張った指が触れ意外にも優しい力で絡められる。
「針千本のーます」と言って先輩はあどけなく笑った。

「約束やで」
「針千本飲まされたくないので守ります」
「何やっとるんですかぁー」

どすっと背中に重みを感じる。その勢いの頭が下がり、前のめりにつんのめった。

「別にサムに関係あらへんやろ」
「二人でコソコソ話しとんのが気になったんや」
「お、重い……治先輩退いてください」

ペシペシと抵抗の意を表し治先輩の腕を叩く。
ようやく解放され、軽くなった背中を伸ばした。視界に入った壁時計を見ると二十分ほど時間が経っていた。もう部室に行ってもいいだろうか。

「先輩方、今日はもう帰りましょう。試合形式のゲームを五回もやったんですから体が疲れているはずです」
「はぁ?練習せんと体がおかしくなるやろ」
「俺もまだ練習するつもりやってんけど」
「集中力が切れたままの練習は怪我に繋がります。明日は丸一日部活ですし、その気力は明日へ取っておいてください」
「なんや自分、随分言うようになったな」
「北さんみたいや」
「まだまだ北先輩には及びませんよ」

二人の背中を押し体育館を出る。
「マネージャーどこまで着いてくるん?」と聞かれたのでちゃんと帰るか見届けますと言って部室まで一緒に行った。
さて、いよいよこの時が来てしまった。

「先に言っておきます。すみませんでした!」
「はぁ?」
「何やねん急に」

侑先輩と治先輩の本日最後になるであろう端整な顔立ちを視界に写し、私はドアを早めに三回ノックした。そして素早くドアの前から退く。

「ハッピーバースデー双子!俺の誕プレ受け取れや!!」

パッパンッ!!
という勢いのある音と共に真っ白なクリームが飛び散った。

「ぶっ??!!」
「うっわ。ツムえらい不細工になったな」
「あれ?治の方には当たってないじゃん」
「両手はむずいな。しくったわ」

一瞬のことでよく分からなかったが治先輩の方は無傷である。しかしその隣の侑先輩の顔面には二枚の紙皿がへばりついてた。
部室にはスマホで連写をしている角名先輩と、悔しがる銀島先輩の姿。どうやら双子にそれぞれ投げつけるつもりが、誤って二つとも侑先輩に当たってしまったらしい。

「銀!何すんねん!!」
「俺の時の仕返しや」
「何で俺ばっかり!あの時サムも一緒にやったやろ!」
「侑にだけ当ててもうたわ。投げ方ミスった」
「日頃の行いの差なんじゃない」
「ブッサイクやなぁ」
「二度も言わんでええわ!」
「くっ…ふふふ」

お皿が剥がれた侑先輩の顔は輪郭が分からないほどクリームまみれで、可哀想と思いながらも笑いが込み上げてしまった。

「なにマネージャーも笑っとんねん!自分も共犯者やろ」
「銀島先輩に頼まれて……だから先に謝りました」
「許さへんで」
「は?え、ちょっと何するんですか!?冷たっ」

侑先輩は自分に付いたクリームを拭って私の左頬に擦り付けた。逃げようとしたら腕を掴まれそのまま右の頬にも付けられる。

「パワハラだ!イジメじゃないですか!」
「先輩に手ぇ出したらどうなるか教えたるわ」
「ちょっと、顔近付けてこないでください!」

銀島先輩と治先輩は爆笑、角名先輩はスマホを動画に切り替えて撮影していた。ここに私の味方はいなかった。

「何やっとんねん」
「いっ!?」

本日二度目の台詞であるそれに、その場にいた全員が固まった。

「北先輩……」
「侑とマネージャーがクリームまみれ。廊下も汚れとるし声が向こうまで聞こえとったで」
「いや、これは銀が———」
「全員部室に入り。話はそれからや」

北先輩は無の表情でそう言った。
それから怒鳴るでもなく、殴るでもなく、ただただ述べられる正論に皆が黙って俯いた。私もクリームまみれのままそれを聞くことになった。解せぬ。

時間としては数分、しかし体感では三時間ほどのお説教を受けたような気分だった。
ようやく北先輩のお許しが出て解散に。廊下の掃除は銀島先輩達が行って、私と侑先輩は水道で顔を洗ってくるように言われた。

「ベッタベタや。髪まで付いとる」
「時間が経つと固まりますね」
「……すまへんかったな」
「私の方こそすみませんでした。でも私も一生に一度の経験ができたと思います」
「遠慮せんでもマネージャーの誕生日にパイ投げやったるからな」
「やめてくださいよ!」
「冗談やって」

水道の蛇口を締め顔の水分を拭いながら侑先輩は笑った。その姿が意外にもかっこよく見えて、水も滴るいい男とはこういうことかと一人納得した。

「ほな帰るか」
「そうですね」

薄暗い廊下、もうすぐ今日が終わるのか。長い一日だった。

そこで私はふと大切なことに気付いた。
そういえば———

「侑先輩」
「なんや?」
「お誕生日おめでとうございます」

恥ずかしながら、私は一度も先輩達にお祝いの言葉を言っていなかったのだ。

「今更やな」
「今更ですみません。でも言ってなかったなぁと思いまして。治先輩にもまだ言っていませんでした」

きょとんとした侑先輩の顔を見て私はよく分からず首を傾げてしまった。
もしや先程鎮静化した怒りを再び呼び起こしてしまったのだろうか。

「サムにも言ってへんの?」
「はい。プレゼント渡しただけでした」
「俺だけに言うてくれたやんな?」
「えっ、まぁ、そうですね…?」

侑先輩は嬉しそうに笑う。私は先輩の考えていることが分からなくて、益々首を傾げることになった。

「今年はそれで十分やで」
「はい…?」



双子の誕生日はこうして幕を閉じた。

そして後日、侑先輩には"私の個人的なプレゼント"としておいしさイナズマ級の某チョコレートを箱で送った。
そしたら「手抜きだ!!」と逆ギレされた。だって前に手作りは苦手って言ってたから……

「はぁ!?俺がいつそないなこと言うた!?」
「治先輩から聞きました」
「だってツムいっつも俺に女子からの手作りの差し入れ寄こすやん」
「それとこれとは別や!マネージャー、来年の誕生日…いやバレンタインは手作りで頼む!」
「は?!ずっる!俺もバレンタインはまた手作りで頼む!」

そして誕生日のみならずバレンタインの催促までされた。一言もあげるだなんて言ってないのに。

「なんで私が……」
「「あ"ぁ??」」
「………作ります」


そして今日もまた、押しに弱い私は頷くことしかできないのだ。


 



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