俺の幼馴染



俺には幼馴染がいる。

おっとりしていて優しくて、小柄だけどとても頼もしい。
そしてバレーボールが好きな女の子。 



俺にとってバレーボールは物心ついた時から近くにあった遊び道具。家族が言うには僅か0歳にして姉貴のボールに齧り付いていたらしい。
そして俺の祖父——一与さんが地元のママさんバレーのコーチだったこともあり俺も自然とバレーをするようになった。

その日もいつものように一与さんに着いて体育館を訪れると俺と同い年くらいの女の子がいた。自分以外の子供をここで初めて見て珍しいなと思った。でも特に話すこともなかったので俺はボールを一つ貸してもらい壁に向き合った。

一与さんや姉貴みたいにボールを自在に操れたらと思いながらトスの練習に励む。でもまだまだ上手くできなくて壁に当たったボールは斜めに飛んでいってしまった。

「あ、ごめん!」

座っていた女の子の背に当たり慌てて駆け寄る。小さな背に大きなボールが当たってしまいヒヤリとした。泣いてやしないだろうかとその子の様子を伺う。

「大丈夫だよ。はい、ボール」
「ありがと」

でも女の子は俺を安心させるかのように笑ってボールを返してくれた。
大丈夫?の一言くらい声をかけるべきだったが、なんだか気恥ずかしくてお礼しか言えなかったのはよく覚えている。

また壁に向かってボールを放つ。でもやっぱりまだ上手くいかない。あと何だか心臓がドキドキして妙に手が震えた。

転がっていくボールを拾っては壁に向き合うということを続けているとさっきの女の子がこちらへ近付いてくる。少しびっくりして固まってしまえばその子は目の前まで来て俺とボールを交互に見た。

「ねぇ、私にも教えて」

それが幼馴染である彼女との出会いだった。



家族以外で初めてバレーができる人に出会った。彼女は俺の幼馴染と呼べる人になり今思えば初めてできた友達だった。

いつも体育館に来る俺とは違い、彼女は週三日程度母親と共に訪れた。
その度に俺はバレーボールのことをたくさん教えた。言葉では伝わりにくいところは実際に見せてやる。そうすれば「すごいね。こうやるの?」と俺を真似て一緒に練習していた。
彼女に褒められたくて、また教えてあげたくて俺はたくさんたくさん練習した。

小学校へと上がると周りはゲームや漫画に夢中になった。でも俺はそれらを一つも持っていなかったし興味もなかった。俺は変な奴なのか?
でも体育館に来て彼女に会うとそんなのどうでも良くなった。日が暮れるまでバレーをするのは楽しかった。その頃には俺も彼女もバレーボールクラブに入って試合をするようになっていた。

ある日、俺はセッターになりたいと言った。理由は単純、一番ボールに触れるし長く試合に出られると思ったから。そしたら彼女は「飛雄らしいね」と言って笑ってくれた。

どのポジションがやりたいかと聞けば頭を抱えてしまった彼女に俺はリベロはどうかと提案した。彼女がそばに居ると安心するから、頼りになる場所にいてほしかったのだ。

「そっかぁ。じゃあやってみようかな」

これからも一緒にバレーができると思うと嬉しかった。



姉貴が高校進学を機にバレーを辞めた。
中一の時に一与さんが亡くなった。
ようやく正セッターになれたのに試合が思うように進まない。

気付けば独りになっていた。

幼馴染はそんな俺を見ても何も言わなかった。でも離れていくことはなかった。帰りが一緒になると女バレの友人に断りを入れて俺と帰ろうと言ってくれた。それに俺がどれだけ救われたかきっと彼女は知らない。

中学最後の大会で幼馴染が怪我をした。後遺症も残らず完治したというのにバレーを辞めると言う。
物凄く腹が立った。

試合に負けた後は黙々と練習をしていたことを知っている。
仲間が点を取れば誰よりも喜んでいた。
バレーの楽しさを当時の俺よりも知っていたはずなのに何故そんなこと言ったのか理解できなかった。

ふざけんな。勝手に辞めんなよ。なんでそんな絶望じみた顔してんだよ。

「もう少し人の気持ち考えてよ!だからみんな飛雄から離れていったんじゃない」



初めて彼女が声を荒げているところを聞いた。
そして目が合えば、とても苦しそうな顔をしていた。

一度、彼女にバレーをしていて楽しいのかと聞かれたことがあった。ちょうど俺がチームから孤立しかけていた時だ。あの時、彼女の言葉の意味を理解できたていたらこんな顔をさせずに済んだのだろうか。


ごめん。
そんな顔をさせたいわけじゃなかったんだ。
そんな事を言わせたいわけじゃなかったんだ。


白鳥沢に落ちた俺は烏野高校に進学した。
彼女がどこの学校に行ったかは分からない。 
落ち着いたら謝ろう。県内にはいるんだしまた会えるだろうと高を括った。

でもしばらくして母親から彼女が関西の方へ引っ越したと聞かされた。
予想外の出来事に、どうして俺はあの時すぐに謝れなかったのだと後悔した。でももう時は戻せない。

もし、俺がバレーで有名になったら彼女は気付いてくれるだろうか。連絡をくれるだろうか。
それもまだバレーを好きでいてくれたらの話だが…



「飛雄くん、ちょっとええ?」

ユース合宿三日目の夜、自販機で飲み物を買っていたら宮さんに声を掛けられた。高校ナンバーワンセッターと呼ばれている人だ。この人のトスを打たせてもらったが、自分が上手くなったと錯覚するほどのセットアップだった。

「はい」
「俺んとこのマネージャーから」

丁寧に書かれた癖の少ない文字。その手紙を受け取って裏面を見た。そしてその名前と同じ言葉が宮さんの口から発せられた時、心臓が止まりそうになった。間違いなく俺の幼馴染の名前だった。

「これ渡してくれ頼まれた。謝りたい言うとったで」

宮さんにお礼を言って俺は部屋に戻った。直ぐに封を開けようとして、でもハサミがないことに気付く。借りに行こうか迷ったけれどすぐに読みたかったから仕方なく手で開けた。

ごめんね、の言葉から始まって俺を気遣う言葉がたくさん書かれていた。そして今は稲荷崎でマネージャーをやっていると記されている。自分がプレーしているという訳ではないらしい。それを少し寂しく思いながらも読み進めていく。

「私は今もバレーが好きだよ」

でも最後に書かれていた言葉を見て安心した。
それと同時に只々嬉しかった。
大切にしたいと思っていた手紙を思わず握り潰してしまうほどに。

俺も返事を書こうと思い売店でレターセットを買った。
何度も何度も書き直して、気付けばすごい枚数になっていた。でも読んで欲しかったからそのまま入れた。

そして最後に一つだけ我儘を書いた。
自己満足になってしまうかもしれないけれど、これだけは言わせてくれ。


いつかまた、お前とバレーがしたい。


◇ ◇ ◇


春高二日目———

二回戦目は優勝候補と言われる稲荷崎高校。
そして幼馴染の彼女がいるところ。

開会式のときに宮さんには会えたけどマネージャーである彼女には会えなかった。
「あいつ来てますよね?」と宮さんに聞けば「来とるよ」と教えてもらった。そして「泣かせたら承知せえへんからな」と付け加えて睨まれた。なんだったんだ?

慣れない高い天井に、板じゃない床。
それでも全国という空気にのまれることなく無事に一回戦を突破した。



二日目を迎え、朝早くから会場入り。
彼女の姿がないか目だけで探していれば日向に「便所か?」と聞かれた。「お前と一緒にすんなボケェ!」と喧嘩になったのは言うまでもない。

アップを行うも、日向は昨日の星海さんの試合を見て空回りしている。日向の顔面にボールがぶつかったタイミングで再び頭に血が上った。

「日向ボケ———っ!」
「は、え?影山!?」

俺が見間違うはずがない。
髪型も着ているジャージの色も違うけれどあの横顔は変わらない。
日向を置いて俺は駆け出した。

「−−っ!」
「飛雄……?」

俺は約一年ぶりに彼女の名前を呼んだ。


 




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