前だけを向いて



開会式では飛雄の姿を見ることはできたけれど、その後稲荷崎は都内の体育館で練習があったため会うことはできなかった。

春高一日目、シード校の為稲荷崎の試合はなし。ただ烏野高校の試合を少しだけ見ることが出来た。

それはちょうど飛雄がサーブのターン。
威力の高いボールが相手選手に拾われ烏野のコートへと戻る。それをリベロが拾うがサーブ直後の飛雄は体勢が整わない———と思ったのに完璧なトスを上げ日向君が得点を決めた。ざわめく会場。実況のアナウンスが飛雄のことを期待の一年生だと紹介していた。

飛雄には技術もセンスも熱意もある。でもその熱意故、中学時代は誰も飛雄についていくことができなかった。そして誰も彼のことを見ようとはしなかった。
でも今の飛雄はあの頃とは違う。
会場の皆が、いや世界が飛雄を見ようとしている。

「ハァ〜!?合宿ん時と顔ちゃうやん。こわいわー」
「っ侑先輩!?」

手すりのところから覗き込むように試合を見ていればすぐ隣に侑先輩がいた。どうやら飛雄のことを言っているらしい。確かにあの飛雄は私が知っている飛雄とは違う。でも“こわい”なんて言わないで欲しい。

「ああいうかんじやなかってんけどな。それに、アレ 、、何モン??」

そして侑先輩の興味は烏野十番に移る。
あれが飛雄の手紙にもあった日向君だ。手紙には八割方、日向君に対する愚痴し書かれていなかったけれど最後に「スゲー奴」と書かれていた。飛雄にそこまでのことを言わせた日向君は確かに“スゲー奴”だった。

「あの子は飛雄の相棒ですよ」
「相棒……?」

自分のことでもないのについ得意げに話してしまった。

「明日の試合、楽しみですね」
「まだ飛雄くんとこと当たるか分からへんやろ」
「きっと当たりますよ」
「へぇ。まぁそれでも勝つのは俺らやけどな。そろそろ行くで」
「はい」


後ろ髪を引かれる思いで会場を後にする。
飛雄、絶対に勝ち進んでね。


◇ ◇ ◇


春高二日目———
稲荷崎にとっては初戦となる対烏野高校戦が始まる。

昨日は都内の体育館を借り調整を行っていた。そしてホテルへと戻ったところでコーチから初戦の相手が烏野高校だと知らされ私は小さくガッツポーズをした。



試合が始まる前の三十分のコート練習の時間。
マネージャーの私は朝早くから応援のため来てくれた吹奏楽部とOBの方々に挨拶をしに行っていた。といっても私よりも彼らの方がよほど場慣れしているので応援席の場所といくつかの注意事項を伝えてすぐに体育館へと戻った。


ようやく飛雄に会える。だけどさすがにアップ中に話しかけるのは迷惑だろう。試合が終わって直ぐに……あっでも試合後にはどちらかが負けているわけで、そうなると気まずいのでは?どうしよう。意外とタイミングがなさそうである。こんなことなら手紙に連絡先を教えて欲しいと書いておけばよかった。

もやもやした気持ちのままコートへと向かう扉に手を掛ける。
駄目だ、今は試合のことに集中しないと。飛雄には会いたいし話もしたいけれど、私は稲荷崎のマネージャーなのだ。部員達のことを第一に考えないと。
気を引き締めアップをしている選手たちの元へ向かう。

「−−っ!」
「飛雄……?」

入って直ぐに、自分の名前を呼ばれた。
男の子で私の下の名前を呼び捨てにする人なんて一人しかいない。いや、そうでなくても聞き間違えるはずがない。だってそれは私がずっと会いたかった幼馴染の声なのだから。

私は進行方向を変え、彼の元へと駆けだした。
彼はすでにコートを隔てる仕切りのところまで来ていた。

「飛雄、久しぶり」
「おう、元気してたか?」
「うん」

話したいことがたくさんあったはずなのに、いざ目の前にいるとなると頭が真っ白になった。でもそれは飛雄も同じだったようで互いの間に数秒の沈黙が訪れる。
何を話そうか視線を彷徨わせていると、飛雄の方が先に口を開いた。

「手紙ありがとな。宮さんからお前がマネージャーやってるって聞いてびっくりした」
「飛雄も手紙ありがとう。私も飛雄が烏野でバレーやっててそれでユースに呼ばれたって聞いて驚いたよ」
「あぁ。……お前はさ、」
「あのね飛雄」

彼が何を言いたいのか分かったから、私はその言葉を遮った。時間だってあまりない。それにこういうことは率直に言った方がいい。

「私、やっぱりバレーが好きだよ。マネージャーになったのは成り行きだったけどすごく充実してるんだ。それに今は地元のクラブチームで偶にだけどバレーやらせてもらってる。だからね、あの時怒ってくれてありがとう」

色々なきっかけがあったのは確かだけどあの時の飛雄の言葉がなければ今の私はいなかったかもしれない。ここまで真剣に再びバレーと向き合うことはできなかったかもしれないのだ。
手紙にも書いたけれど、このことは直接言いたかった。

飛雄は切れ長の目を少し見開いて、不器用に笑った。そして「よかった」と言ってくれた。
よかったな、ではなく「よかった」という言葉に飛雄の優しさが見えた気がした。

「気合入っとんな〜」
「い"っ」

左肩に重みを感じ重心が揺らぐ。踏み止まる前にその人物が私のことを支えてくれたが、生憎お礼を言うつもりはない。肩が痛いです、侑先輩。

「飛雄くん元気にしとったー?」
「!チワッス」

見上げればすぐそばに笑顔の素敵な侑先輩の顔がある。でもこの笑顔がどういう意味の笑顔 、、なのか私は知っている。そのことに即座に気付き、次の言葉が発せられる前に飛雄の顔色を窺った。

「今日がんばってな??俺、下手糞と試合すんのほんま嫌いやねん」

でた、侑先輩の爽やかな嫌み。
侑先輩は飛雄の後ろにいた日向君にまで笑顔の ガン 、、を飛ばしている。それを聞いてしまった他の烏野の人たちの顔色も悪いようだった。
私だったら絶対に言えない。でも先輩にはそれを言うだけの実力がある。

「それはすみません———でも、弱くはないので大丈夫だと思います」

そして飛雄もまた、弱くはないというだけの実力があった。飛雄の後ろにいる日向君も嬉しそうである。私もその言葉を聞いて嬉しくなってしまった。

「楽しみにしとるわ。ほな行くでマネージャー」
「うわぁっ!」

侑先輩に肩を抱かれ、回れ右をさせられる。どうやら私を開放する気はないらしい。確かにふらふらと飛雄と話していた私が悪いのだがそんなことしなくてもちゃんとチームのところに戻るのに。

「分かりましたから離してくださいって」
「飛雄くんのところにでも行かれたら堪らんしな」
「行きませんよ…」
「宮さん!」
「ん?」

飛雄の呼びかけに侑先輩が首だけで振り返る。私も振り返りたかったのに侑先輩の腕にホールドされ動けなくなっていた。

「そいつに馴れ馴れしくするのやめてもらえますか?」
「なんで飛雄くんにそないなこと言われなあかんの?」

バチバチバチっと背後で火花が散っているのが分かった。そして侑先輩の腕の力が強くなってミシッと骨が鳴ったような気がする。普通に苦しいのだが。
というか喧嘩勃発?後ろを確認したいのだが侑先輩のせいで首すらも動かせずにいた。

「俺の幼馴染なんですけど」
「俺らんとこのマネージャーなんやけど??」
「っ侑先輩!北先輩が来ましたよ!」
「ほんまか?!早よ行くで!」

テレビ取材から戻ってきた北先輩の姿を見つけ慌てて侑先輩に声を掛ける。先輩の腕は相変わらず私の肩に置かれたままだ。そのため二人三脚のように二人してみんなのいる方へ走っていくはめになった。

飛雄とは話せたが最後はバタバタになってしまった。
そしてもう一つ、飛雄に言い忘れていたことがある。

でもそれは試合後に取っておこうか。



「集合しいや」

北先輩の一声に私は前だけを向いた。
もう後ろは振り返らない。


 



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