稲荷崎vs烏野



春の高校バレー二回戦
Bコート第二試合
稲荷崎高校(兵庫)VS烏野高校(宮城)


一セット目———

まずは稲荷崎、侑先輩のサーブから。
応援席からはブラスバンドの軽快な音楽が背中を後押しする。そして侑先輩の合図とともに静寂へ。これがいつものルーティーン——のはずだったのに……

「そおおおおれっ!」

女の子の掛け声が会場に響く。なんて事をしてくれたんだ。サーブの時は静かにしてくださいと試合前にもお願いしていたのに。

「すみません…」
「自分が謝ることじゃあらへん。それにあれくらいで侑の集中力は切れへんで」

思わず隣に座っていた黒須監督に謝ればそう言われた。
そして侑先輩の二回目のサーブ。しかしそれは僅かに流れてしまいアウト判定となった。

「……大丈夫ですかね?」
「……まだ序盤や」

雲行き怪しいが応援席からのW洗礼Wもあり、烏野のサーブもネットに引っ掛かり再びサーブ権が稲荷崎に移る。
しばらくは互いのサーブミスで点の取り合いが続いた。
実況席からは侑先輩と飛雄の名が呼ばれ、正に東西セッター対決との解説がなされていた。

その時、私の前に目を見張る光景が広がった。
今まで高身長の中に埋もれていた影が大きく跳ねたのだ。
それは烏野十番、日向君の姿だった。

うそでしょ!?いま何メートル跳んだ?尾白先輩と角名先輩のブロックよりも高く跳んでいた。二十センチ以上身長差がある先輩たちよりも高く跳んだのだ。今大会、最低身長のMB。でも身長差をカバーできるほどのバネと速さに誰もが着いていけなかった。
しかし打つのを忘れてしまったらしく、ボールを落した日向君に飛雄がめちゃくちゃ怒っていた。

幼馴染の相棒はどうやらとんでもない子だったらしい。
いや、だからこそ飛雄の相棒なのだと思った。
飛雄は日向君に怒っていたけれど、その横顔はどこか楽しそうだった。

でも稲荷崎も押されてばかりではない。
角名先輩がとるはずだったボールに侑先輩がすかさず割り込む。

〈ファーストタッチをそのままセットした宮侑!これを尾白アランが強烈に決める!〉

稲荷崎は型にはまらない。今の侑先輩のセットは奇襲の意味も当然あるが“初戦の空気には呑まれない”というアピールと威圧でもある。
稲荷崎には優秀な選手がたくさんいる。だが決して慢心はしない。高校ナンバーワンセッターがいようとも、全国エース五本指の一人がいようとも、そしてインターハイ二位の実力があってもそれに自惚れない。
稲荷崎の部員は常に “最強の挑戦者”であるのだ。


烏野高校一回目のタイムアウト———


「侑、初っ端のサーブ微妙やったなぁ〜?マネージャーも呆れとったで。な?」
「えっ!?」

戻ってきた先輩たちに黒須監督が何を言い出すかと思えばまさかの私がだしにされてしまった。治先輩たちは半笑い、そして侑先輩には睨まれた。

「………スパイクサーブの調子が出ない分、今日はジャンフロの調子がいいのかもしれませんね」
「おーおー随分えらなったなぁ自分」
「ひぃ!?痛い、痛いです!」

監督に話を振られたからには何か言った方がいいかと思い、ありのままを言ったら頭を片手で鷲掴みにされた。
でも事実、侑先輩はジャンフロの練習をかなりしていた。元旦の時のゲーム然り、昨日の練習の時でさえスパイクサーブよりもジャンフロの方を多めに打っていたのだ。

「先輩ならどちらもできると思いますが昨日の練習を見たかぎり、私はジャンフロの方がいいかと思っただけです!」

半ば叫ぶように言えばようやく侑先輩から解放された。
先輩達にはまだしも、隣にいた監督にまで笑われたのは腑に落ちない気もする。しかし、結構なことを言ってしまった割には侑先輩の機嫌はいいように見えた。

「まぁその助言は有難く受け取っとくわ」

そんな会話をしていればタイムアウトの時間は終わってしまった。
会場には烏野高校の応援に来た和太鼓の音も混ざりより賑やかな声援に包まれている。監督と共にベンチに戻るも、私はハタと自分の言葉を思い返し隣に座った監督を見上げた。

「すみません、攻め方に対して口を出してしまいました」
「別にええよ。ある意味、的を射た発言やったで。それに俺が言うより君が言うた方があいつらは何倍も素直に聞きよるからな」

マネージャーにしては出過ぎた発言であったが悪いことではなかったらしい。
そして事実、次のサーブのターンで侑先輩は四歩の歩数で位置取りをしジャンフロできめてみせた。リベロでも取れなかったサービスエース。確実に調子は上がっている。そして侑先輩のあの表情。あれはW面白いことWを思いついた時の顔だ。

内心ひやひやしながら見守っているとついにその時が来た。
治先輩が床を蹴り最高打点まで飛び上がる。それに合わせ侑先輩のトスがぴったりとハマった。

この位置、頃合い、この角度———
―どんぴしゃり―

飛雄と日向君がやったマイナステンポのバックアタックをそっくりそのまま決めて見せたのだ。

「あいつらノッてきたな」
「はい。いい流れですね」

侑先輩のトスの精度もいつもよりキレている。先ほどまでの速さはないが治先輩へのセットアップからの攻撃は十分にスピードがあった。

そして侑先輩はよく見えている。
飛雄はレシーブが乱れたときほど速攻を捻じ込んでくる。それは彼の気の強さと技術故の思考。また、“乱れたときはサイドからエース”という定石を外すためでもある。それに加え、侑先輩たちの速攻を見せられた直後であるなら飛雄は確実に日向君にトスを上げる。

〈シャットアウト!稲荷崎、今度は本家を封じた!!〉

侑先輩の指示で動いた尾白先輩、角名先輩、治先輩が日向君の攻撃を止めた。

でも日向君はへこんでなんかいなかった。
先ほどと同じタイミングの飛雄からの速攻。先輩方の反応も早く今回も止められると思ったのに日向君は侑先輩のブロックに当て点を取っていた。

稲荷崎 私たち は“最強の挑戦者”だ。
でも彼等もまた“バレーボールへの挑戦者”なのだと証明してみせたのだ。

そして侑先輩たちの速攻には烏野のMBが追いついてくる。向こうのブロックも確実にこちらへ慣れ始めていた。

十七対十六と、一点差まで詰められたところで黒須監督はタイムアウトを取った。

「俺のサーブどやった?」

ドリンクを配っていれば侑先輩にドヤ顔で呼び止められてしまった。まださっきのことを気にしていたのか…

「すごくよかったですよ。さすがです」
「せやろ?」
「マネージャー俺には?」
「ええっと、治先輩も侑先輩の無茶ぶり速攻に対応できていてさすがだと思いました」
「なぁ俺は?」
「俺には?」

え、何故みんな私に意見を求めるんだ。貴重な休憩時間なんだから休んでくださいよ。
しかしあまり邪険にもできずそこそこの感想を述べ受け流していく。いつもは北先輩が助けてくれるのだが生憎ここにはいない。


タイムアウト後は一進一退の攻防がなされた。

しかし稲荷崎は一歩及ばず、第一セットを先取したのは“未知の古豪”烏野高校であった。





二セット目———


確かに私は稲荷崎を応援しているのだが、この試合ばかりは烏野の選手に同情してしまい胃が痛くなった。というのも侑先輩は烏野のリベロを狙ってサーブを打っていたからだ。

その人のことは知っている。烏野高校というよりは“千鳥山中の西谷”と言った方が馴染みがあった。私が初めて中総体でベストリベロ賞を取った時に彼もまた同じく表彰されていたからだ。
西谷さんは上手い。中学の時も上手かったがそれよりもさらにサーブへの対応が速くなっていた。でもジャンフロには苦手意識があるらしい。それに気付いた侑先輩から徹底的に狙われていた。

烏野高校一回目のタイムアウト———

別に烏野高校に味方するわけではないが、こちらに戻ってきた侑先輩に思わず冷たい目を向けてしまった。同じリベロとして、そして共に表彰台で肩を並べた西谷さんに同情してしまうのは許してほしい。

「強い奴からサービスエース取ったらキモチええやんか」
「出たよ」
「なんやねん角名」
「侑は時々びっくりするくらい考えナシだよねっつう話」
「はぁ!?何やねん失礼な!マネージャーもなんか言うてや」
「えぇ…」

そしてまた私に話を振らないでくれ。
素直に、同じリベロとして見ていて胃が痛くなりましたと言えば侑先輩に怒られた。

「最初にリベロに打て言うたのマネージャーやんか!」
「えっ言ってないですよ」
「インハイんとき古森くん相手にサーブ打て言うたやん!俺の調子がええならリベロ相手に戦える言うたの覚えとるで!」

まさか半年前の会話がここに来て引っ張り出されるとは。確かに言ったがまさかこのような形で実行に移され、そして戦うどころか本当にリベロを負かすなんて思ってもみなかったのだ。でもあれだけ練習をしていればある意味当然の結果であったかもしれない。

「まさか本当にやるとは思ってもいなかったです。……でも向こうのリベロおそらく立て直してくると思います」
「そうやろか」

侑先輩はそれ以上何を言うわけでもなく私の手からドリンクを取っていった。その背を見送って近くにいた角名先輩にもドリンクを渡す。

「マネージャーも言うようになったね」
「北先輩がいない今、私がしっかりしないとかなって……角名先輩もそろそろ準備ができた頃ですか?」

二セット目中盤。スロースターターな角名先輩のエンジンが掛かるころだ。その頃合を計れるようになった私は答え合わせをするかのように聞いてみた。

「どうだろう。でもマネージャーにはそう見えたの?」
「はい。勘ではありますが」
「じゃあ見といてよ」
「わっ」

くしゃりと頭を撫でられた。
角名先輩は表情をあまり表に出さないので私ではまだまだ先輩の考えを読み取れないところがある。
でもどうやら私の勘は当たっていたらしい。角名先輩は百九十センチのMBと飛雄の二枚ブロックを抜いて点を決めていた。

その流れに乗り尾白先輩が続けて得点を取っていく。
ローテが回り角名先輩がサーブのターンで理石君がピンチサーバーとしてコートに立った。私は彼にだけ聞こえる声で「頑張って」と応援した。

理石君は今までピンサーでしか試合に出たことがないらしい。しかしその試合もサーブミスで一発終了と言う苦い思い出があると教えてくれた。だからこそ、この試合でそのトラウマを消し去ってほしかった。

〈ここは確実に入れに行った一年生、理石平介〉

「あっ」

思わず声が出てしまい、隣の監督の顔を伺えばやはり微妙な表情をしていた。そして予想通り、会場はブーイングの嵐に包まれる。
稲荷崎に“ボール出し係”はいらない。彼らは常に挑戦するという宿命を背負っている。だからこそ味方であるはずの応援団も弱気なプレーには渇を入れる。稲荷崎の“鬼応援団”の話は聞いていたがここまでひどいブーイングが起こるとは思ってもみなかった。

サーブ権は烏野高校の飛雄へ。
飛雄がボールを上げた瞬間に私は鳥肌が立った。

圧倒的なスピードに絶妙なコース。美しいと言いたくなるようなノータッチエースだ。
飛雄はいま、物凄く調子がいい。
会場のひりつく空気を全身にまとってバレーをしていた。

でもそれは侑先輩達も同じだ。調子の乗ってきた烏野を力でねじ伏せていく。
でも流れは完全に烏野高校へと持ってかれかけて 、、、いた。

〈ちょーっと力が入り過ぎたか、大きくアウト〉
〈稲荷崎にはたまにこういうのありますよねえ〉

「ホームラン勝負とちゃうぞ!!」
「(お前も偶にやるやろが…!)」
「お前がいらん事言うからや」
「あた!」

治先輩の盛大なサーブミスに侑先輩が突っかかる。バレー部名物双子乱闘が今まさに起こりかけている。尾白先輩が宥めてはいるがこの流れは非常にまずい。

「監督、呼びますか?」
「あいつらはほんまに……頼む」

溜息をついた監督を残し私は控えの選手がいるところへと走った。
もちろん呼んでくる相手は誰か決まっている。

「北先輩、準備お願いします」
「わかった」

尾白先輩に代わりコートへと入った北先輩を見て部員の様子が変わった。そして入って早々に北先輩から声を掛けられた銀島先輩は真っ青な顔をしていた。会話の内容までは聞こえなかったがきっと“正論パンチ”を喰らったに違いない。

失礼な言い方になるかもしれないが北先輩に“スター性”はない。身体的にも技術的にも特別優れているわけでもない。その実力は“まぁ上手い方”。でも北先輩は練習でできたことを本番でも必ずやる。

だから私達は驚かない。
それが北先輩に対する一番の称賛であることを知っているから。

〈瞬く間に二十五点を取りました稲荷崎高校!!〉

実況が会場に響く。最後の流れも悪くなかった。
第三セット目もこのままの空気で押し通せるはず。





三セット目———


「侑、お前さっきの烏野セッターのサーブ見てスパイクサーブやりたなっとるやろ」
「っ!!」
「―――リベロ潰し始めたんなら最後までせえや」
「んウィッス!」

そして悪い方へ調子に乗りかけていた侑先輩のテンションも北先輩が戻していた。北先輩の言っていることは怖いくらいに当たる。まるで未来にでも行って見てきたかのように。

侑先輩の心中を察しながら唖然としてその光景を見ていたら振り返った北先輩と目が合ってしまった。私は悪いことをしていないというのに思わず肩が跳ねてしまう。

「マネージャーもあれくらい言ったってええんやからな」
「そこまではさすがに…」
「やってもらわなあかんねん。この春高で俺も居らんくなるしな」

北先輩の何気ない一言に私は一瞬固まってしまった。
そうだ、三年生はこれが最後の大会なのだ。分かっていたつもりなのに唐突に現実を突き出された気分になった。

試合が始まりコートを見ると烏野はローテを回してきているようだった。おそらく一番身長の高いMBで双子速攻を止めるつもりだ。
確かに二セット目よりもブロックされる回数が増えた。でもそれも侑先輩のサーブで断ち切れると思った、のに———

〈烏野高校、宮侑のサーブを一本で切りました!!〉

西谷さんがついに侑先輩のジャンフロを取ったのだ。
その波に乗り烏野高校がシンクロ攻撃で攻めてくる。この攻撃はすでに何度も受けているがまだ稲荷崎は対応できていない。だからこその攻めだったと思う。

飛雄はバレーが上手いしセットアップも的確だ。将来が有望視されるのも分かる。
そして稲荷崎ここに来るまでは及川先輩が一番スパイカーに敬意を払える人だと思っていた。
でもそれは目の前の光景で完全に覆された。

赤木先輩のレシーブが詰まり、低い位置にボールが落ちる。苦しい体勢と状況。本来であればアンダーで取ってレフト側に上げるであろう場面。それを侑先輩はボールの下に滑り込み、ブロックを十分に引き付けてオーバーでセットアップしてみせたのだ。

今の素晴らしいセットアップに会場のどれくらいが気付いたであろうか。
侑先輩はお調子者であったり時に勝ち気で高圧的。それが裏目に出て暴走することだってあるし治先輩との喧嘩はしょっちゅうだ。でもスパイカーに対して誰よりも真摯で献身的。
優劣を付けるつもりはないけれど、侑先輩こそがスパイカーに最上級の敬意を払えるセッターだと確信をもって言うことが出来た。

これを目の当たりにして飛雄はどう思ったのだろうか。怖気づくことはないとは思うが眉間に皺を寄せてはいないだろうか。
そんなことを考えながら烏野のコートを見れば飛雄は真剣な顔で、そして少し笑っているようだった。

「ここに来れてよかった」

そう口が動いているように見えた。



「去年を、昨日を守って明日何になれる?何かひとつでいい今日挑戦しいや」

ピンサーとして再び呼び出された理石君に向かって監督はそう言った。彼は監督の言葉を嚙みしめていたが、私も同じ気持ちになった。
そしてその言葉を飲み込んだ理石君は強気のサーブで得点をきめ、烏野にタイムアウトまで使わせた。私が拍手をしていれば監督もまた小さくガッツポーズをしていた。

二十五点の半分である十三点を稲荷崎が取りコートチェンジが行われる。

稲荷崎を不安定さが残るチームだという人は少なくない。事実、個々の実力は高いが上手く嚙み合わなかったり攻めの姿勢が裏目に出ることもある。でもその逆がある事が“最強の挑戦者”と呼ばれる所以なのだ。全国二位という結果がその証明。でもその結果をもすでに先輩方は消化している。

今考えていることは“今日何をする”かだ。

―双子速攻 マイナステンポ“裏”―

治先輩のセットアップから侑先輩のスパイクが決まる。

“思い出なんかいらん”

その言葉が彼らの強さの理由である。



逆転された上に想定外の攻撃をされ焦る烏野高校。
早くこの空気を切りたいのだろう。それはこちらも分かっている。だからこそ彼らが決めたいスパイクを、先輩方は意地でも止める。

「侑先輩、すごく見えてますね」
「あぁいい流れや」

オーバーネットを誘い逆に点をもぎ取った侑先輩に感動する。
その後もブロックに阻まれつつも稲荷崎の猛攻は止まらない。侑先輩は確実にノッている。現にまたファーストタッチで治先輩にボールをセットした。そして治先輩もまた見えているしノッている。ブロックが着いてきているのを確認し自分へセットされたボールを尾白先輩へと再びセットしたのだ。

絶対に決まると思った得点。会場の誰もがこのまま稲荷崎が押し切るのだと思っていた試合。でもただ一人だけ冷静に稲荷崎彼らを見ている人がいた。

〈リベロ不在ながら強烈な攻撃を完璧に上げてみせたMB日向翔陽!!〉

マグレだったのかもしれない。でもそう考えるには彼の位置取りは確信を得たものがあった。
たった一点。これを取られたとしても稲荷崎リードは変わらない。でも取られたらダメなやつだ。嫌な風を吹かす一本。

「死守や!」

黒須監督の一声が選手たちにまで届く。いや、そうでなくても彼らもこの一点が大きな一点であることに気付いていた。
スパイクを打っても決まらない。それは日向君が全力でボールを追いかけているから。速過ぎる。ギリギリのところで赤木先輩が繋ぎ侑先輩が返す。ほぼほぼラッキーと言う形ではあったが粘りのラリーに勝ったのは稲荷崎だった。

ここではさすがに烏野高校は二回目のタイムアウトを取っていた。
それもそうだ。ブレイクでもなければマッチポイントを握る一点でもない。それでも相手の心を折るには十分な一点だったのだ。

戻ってきた先輩方にベンチ席を譲りドリンクを配る。

「飯食うみたいにバレーしよる」

治先輩が日向君を見ながらそう言っていた。
その例えに、どういう意味なのかはわからなかった。でも再びコートに戻った日向君と烏野の選手たちの顔を見てなんとなく解った。
彼らはまだ諦めていない。そして心も折れてはいなかった。

〈ここはあっという間に切ってきました烏野!〉

そして点差は十八対十七にまでに縮められた。



監督からの指示で私は再び北先輩を呼びに行った。

「ここで俺を入れることは消極的な“守り”やろか?」

ベンチまでの僅かな移動距離の間に、北先輩は私にそう聞いてきた。それは半ば独り言のようにも聞こえたが私は監督がそう考えているようには思わなかった。でも確信は持てなかったので「あくまで個人の意見ですが」と付け加えて思っていることを伝えてみた。

「北先輩がいると皆が安心するんです。だから後先考えずに多少の無茶しても大丈夫だって思ってブレーキ掛けずに突っ走れる。これは稲荷崎とっての最大の“攻め”なのだと思います」
「そうか」

北先輩は笑っていた。試合中に笑うのなんて珍しい。

私が言ったことが確かに現実になった。
侑先輩達はもう一度マイナステンポ“裏”をやってみせた。しかしタイミングが合わなかった。それでも落ちかけたボールを北先輩が素早く拾い上げ相手コートへと返したのだ。

でも烏野だって負けていなかった。彼らは全員が点を獲るために走りこんでくる。皆が飛雄のトスを貰うために跳んでいるのだ。誰もが自分にボールが来ると信じて。その光景に目頭が熱くなったのは言うまでもなかった。

捉えたと思えた北先輩の腕が乱れ稲荷崎の横断幕にボールが当たる。
二十点目において烏野高校に背中を掴まれた。

しかし稲荷崎にだって勢いがある。先にマッチポイントまで乗せたのは先輩達の方だった。

それでも烏野は諦めない。
烏野の速攻をギリギリのところで上げた尾白先輩。その乱れたボールをも完璧にセットして見せる侑先輩。

でも飛雄だって負けていなかった。
試合終盤、長いラリー、乱れたレシーブで尚、美しくアンテナまで伸びるトス———
スパイカーに最大限の選択肢を与えるトス。その“脅迫”ともいえるセットアップに鳥肌が立った。

〈劣勢崖っぷち、ここで際どすぎるストレート一本!見事に決めて来た田中龍之介!!〉

その後は飛雄のサーブを皮切りに“本家”である日向君の速攻が決まり烏野がリードの流れを取る。でもすぐに銀島先輩が点を取り返す。

祈るような気持ちで試合を見守る。
でも祈ることすら違うようにも思えた。

侑先輩は一言でいうなら“優秀”や“天才”という言葉で片付けられてしまう選手なのかもしれない。事実、その活躍は目覚ましくそのように取り上げるメディアも多くいる。でも誰よりもひたむきで、まわりにどう思われようとも突き進んで決して失敗を恐れない。だからこそ今の先輩がいる。最初から何もかも持ち合わせていたわけじゃない。それを知っているからこそ私は祈るのではなく、侑先輩のことを信じて両手を合わせ握りしめた。

互いがそれぞれ勝つつもりでいる。
“ここでキメた奴がヒーローだ”という気持ちで皆がコートに立っている。


三十対三十一
烏野高校マッチポイント———

ここでの真っ向勝負。
例え相手のマッチポイントだろうと怖気づかない。

侑先輩からの速攻に治先輩もついていく。

―双子速攻 マイナステンポ“背”―

この位置、頃合い、この角度———
―どんぴしゃり―



絶対に決まると思っていた。
私も監督も先輩達も、そして烏野の人たちでさえ。

でもあの 、、二人には見えていたのだ。


〈「ここぞ」というタイミングの宮兄弟の高速バックアタックなんと…なんと止めてみせた烏野一年生コンビ!!!〉


飛雄と日向君の周りに仲間が集まる。
飛雄は皆の中心にいた。

戻ってきた先輩方は泣いているわけでも怒っているわけでもなかった。

稲荷崎の応援団は選手たちに大きな拍手を送った。
いい試合にはいつだって称賛だ、と力強くそう言った。


三十対三十二
勝者 烏野高校


 




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