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私達は負けたが春高はまだ終わっていない。

稲荷崎はシード校のため実質二日目からの参加だったので、今日は春高三日目に当たる。
魔の三日目とも呼ばれる今日は一日に二試合行われる。そしてここまで残ったとあってどのチーム強い。

最終日までの宿は抑えていたので、試合がなくても私達はまだ東京に残っていた。
先輩達のように「昨日はもう消化した」なんてことは言えないけれど、夏のインターハイのためにもここで少しでも情報収集はしておきたい。

そう思い自由時間となったいま、私は対戦校の一覧表と睨めっこしていた。
飛雄のいる烏野高校の試合も気になるが、あの井闥山学院も三日目まで勝ち進んでいた。また桐生八率いる狢坂高校、アーロン・マーフィが監督を務める鴎台高校、木兎光太郎の活躍が目覚ましい梟谷高校——他にも気になる学校がいくつもある。

「マネージャーここにおったんか!」

どの試合を見るか未だに決めかねていると侑先輩に肩を叩かれた。よほど急いでいるようだが緊急召集でもかかったのだろうか。

「何かありましたか?」
「早ようこっち来ぃや」
「はい?」

早足で歩く侑先輩の後をやや駆け足で着いていく。時折すれ違う人が「あれ宮侑じゃね?」「高校ナンバーワンセッターの…」「稲荷崎も惜しかったよな」「うわっ本物?」と先輩の噂話が聞こえて本当にすごい人なんだと実感した。まぁ敗退の話は些か耳が痛かったが……

「ほれ見てみ、おったで」

侑先輩が大きいので体をずらしてその先を見ると、黄色に黒のラインが入ったジャージを着た人達が見えた。
先輩は速度を落とさずにその人達の方へとまた歩き出す。

「侑先輩ストップ!止まってください!」

えっ、ちょっと待って。
マジか、マジで?いやいや、心の準備ができてない。

侑先輩のジャージを引っ張りなんとか止まってもらえるよう試みるが、お構い無しにとずんずん進んでいく。
確実に心拍数を上げていく私の心臓。やばい、心臓発作が起きて死ぬかもしれない。
そんな私の気も知らないで先ほど見えた二人組の前で先輩は足を止めた。

「佐久早くん、古森くん久しゅう」
「宮侑……」
「あ、稲荷崎の宮君!昨日の試合見てたわ〜残念だったなぁ」

ヤヤヤヤバイ。生の古森元也さんだ。高校ナンバーワンリベロの古森さんだ。私が夏のインターハイを見てファンになった古森さんだ。まろ眉が可愛い古森さんだ。本物の古森さんだ。もう"古森"というワードがゲシュタルト崩壊しているが古森さんだ。

隣には同じく井闥山学院の全国で三本指のスパイカーと呼ばれる佐久早聖臣さんもいる。
しかし、そんなことより隣の古森さんである。

「烏野高校…あの白鳥沢を倒して、稲荷崎も倒したのか」
「どっちが勝ってもおかしくない試合だったな。次のインターハイで君らと戦えるの楽しみにしてるよ」
「俺もや。そん時に烏野含め借りは返させてもらうからな」
「それよりお前インフルの予防接種は受けたのか?受けたとしても効果が出るのは二週間後だからな。それ分かってるか?」
「今俺めっちゃええこと言っとんねん!佐久早くんはもうちょい空気読んでもらえる?!」
「まぁまぁ……それより宮君の後ろにいる子は?」

うわぁあぁぁ生古森さんと目が合ってしまった!尊いっっ!!
サッと侑先輩の後ろに身を隠す。いや、流石に失礼だったか…しかし、これ以上古森さんを見たら私の目は潰れる。私には彼の尊さという後光が見えるのだ。

「うちのマネージャーやねん。で、ユースのとき古森くんに手紙届けて言うた子」

何という公開処刑。
侑先輩としては善意かもしれないが私としたらたまったもんじゃない。ファンだからこそ一歩離れたところから見ていたいのだ。
思わず逃げ出しそうになったところを、先輩の腕が伸びてきて私の襟元を後ろからがっしりと掴んだ。まるで母ライオンが子ライオンを運ぶ時のような状態で前へと突き出される。

「こ、心の準備が……」
「俺が優しい先輩でよかったなぁ。ほれ、生の古森元也くんやで」
「あ、古森です。手紙くれたの君だったんだ。俺ああゆうの初めてだから嬉しかったなぁ。ありがとう」
「〜〜〜っ尊いっっっ!!!」

古森さんが私に話し掛けてくれている…!
やや頬を染めて照れながら話しかけてくださっている!!
嬉しい。けど辛い。尊すぎてしんどい。

そういえば手紙は古森さんのところまで届けられていたのか。あの後私から特に聞くこともなく、また侑先輩も何も言ってこなかったのでてっきり処分されたのだと思っていた。それもありここで手紙のことを話題に出されると恥ずかしい気持ちになる。

「宮くん、この子動かなくなっちゃったけど大丈夫…?」
「元よりちょびっと変わった子やねん」
「突然変異のウイルスに侵されていないだろうな?」
「ウォーカーやあるまいし!ちゃんとした人間や!」
「うぉ……?は?」
「ウォーキング○ッドや!リックの活躍を……あーもーアラン君助けて!!」
「あの、君大丈夫?」

いまだ心臓は爆速で動いているがこんなチャンス二度とないかもしれない。
稲荷崎と井闥山で交流があるわけでもないし、基本は全国での試合でしか会うことが出来ない。そして会えたとしても対戦相手であれば悠長に話もできない。

これは千載一遇のチャンス——
私は顔を上げ古森さんを見た。例え今日、目が潰れたとしても私は後悔しない。

「古森さんのこと以前よりお名前は知っていたんですけど試合を直接見たのは昨年のインハイの時でした。何度もブロックでボールの軌道が変わっても絶対に拾い上げているその姿を見てファンになりました。そしてスパイカーの助走距離の確保まで考えている動き。ボールを上げられたことに満足してしまう自分とはえらい違いで……あ、私これでも中学の時バレー部でリベロやってたんです。だからこそ古森さんのその判断力にすごく感動しました。間近で見て震えました。次の試合も応援しています。ありがとうございます」
「あ、ありがとう」
「ここからバスで二十分のところに総合病院がある。早く連れて行け」
「根は真面目な子やねん!せやからそんな事言わんといて!」

突然の出会いだったから言いたいことの五分の一も伝えきれなかった。
あぁ、尊いしんどい息できない。

「そろそろ集合時間じゃないか?」

佐久早さんの一声で古森さんが時間を確認する。きっともうアップの時間だ。あまり時間を取らせるのも申し訳ない。
しかし、もう一つだけなんとしてでもやりたい事がある。これだけは本人に会わないとできないことなのだ。

「あのっ最後に握手してもらってもいいですか?」
「うん、もちろんいいよ」

恐る恐る右手を差し出すと、ほどよい強さで握られる。やっぱり手の皮は厚くてこの手で何度もボールを拾ってきたのだと思うと感慨深かった。来世は古森さんに拾われるボールに生まれ変わりたい。

「幸せ…もう手を洗えないかもしれません」
「あ"ぁ?お前、人の手にどれだけの細菌がいるのか知っているのか?握手は他人と細菌の共有をすることなんだぞ。今すぐ洗え」
「佐久早くん、これは比喩やから!だから手に持っとるアルコール消毒液しまって!」

名残惜しいがこれから試合がある古森さんをこれ以上足止めするわけにはいかない。
首がもげるほど頭を下げてお礼を言い、応援していますと激励の言葉を伝え二人とは別れた。

佐久早さんには別れ際に「絶対に手は洗え」と言われた。三時間ほど堪能したら洗いますと答えるとゴミを見る目で見られた。意味がわからなかった。

「侑先輩、本当にありがとうございました!今生の思い出になりました!」
「よかったなぁ…」

テンションが高い私とは裏腹に侑先輩は疲れた顔をしていた。「ツッコミ不足や…」とぼやいていたが、こちらの意味もよくわからなかった。

未だににやけが止まらない。この気持ちはどこかに記しておいて、次に手紙を書く時に読み返すことにしよう。前回は確か便箋二枚程度だったが次は三十枚ほど書けそうである。

「ちょっとええか?」

握手してもらった右手を見ながら余韻に浸っていると、あろうことか侑先輩の手が重ねられた。そして無遠慮に触られ、撫でられ、最終的には指と指を絡めてぎゅっと握られた。

「………は?」
「よかったなぁ、高校ナンバーワンリベロとセッターに握手してもろうたなんてきっと世界で自分だけやで」

私は顔面蒼白になり手を引っ込め右手を見た。侑先輩の平均より高い体温のせいで右手は温かくなっている。なんてことをしてくれたんだ。

「何するんですか?!古森さんのぬくもりが消えちゃったじゃないですか!!」
「イケメンでバレー上手くてこんなにも後輩想いの先輩に手握られて嬉しいやろ?何が不満やねん」
「古森さんじゃない時点で不満でしかないんですよ!もう一度会いに行ってきます!」
「やめや!みっともない!」
「離してください!また侑先輩に同じ事されても嫌なので次はよろけたついでに抱き着いてきます!」
「アホか!全身にアルコールぶっかけられるで!!」


散々暴れた結果、襟元を掴まれ子ライオンのように試合会場まで連れて行かれた。
その後は合流した治先輩と共に色々な試合を見て回ることになった。


 



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